第4話「人の自由」
今日もいつもと変わらない。
同じ青空に少し冷えた空気。
隣には全く出番を与えられず、放置されたままの箒。
いつもの場所に腰を降ろした勠路。
しばらくして、こつんっと小石が転がってきた。
一つ、二つ、三つ………。
それでも無視を決め込む勠路。
やがて、転がる石も無くなった。
一安心と軽く息を吐いた、その時だった。
「おぉぉーい!!そこの座ってる男ぉぉぉおー!!!」
この瞬間、勠路は今までに無いくらいの速さで走った。
そして、慌てて鉄格子の向こうにある少女の口を手で押さえたのだ。
「何考えてるんだ…!」
「ふごふご…」
何か言ってるが口を塞がれ、言葉にならない。
だが、彼女の表情は「してやったり」という顔をしていたのが、また彼のしゃくに障る。
監視達が来ないのを確認し、ようやく彼女から手を離した。
「お前なぁ…監視の事考えて無いのか?」
「知らぬふりをするお主が悪いのだろう?」
彼女――――森羅はかつて見せたたあの「にやり」とした笑みを浮かべた。
どうもこの企みがありそうな笑顔が嫌いだと、勠路は心底思った。
森羅から少し距離を置いた場所まで下がる。
ちょうど、彼女の手が届かない位置だ。
森羅は手を伸ばして彼に触れようとするが、どうしても届かない。
「何故、離れる?」
少し曇った表情に、ほんのちょっとだけ良心が痛んだが、背に腹は変えられない。
「関わりたくないんだよ」
「どうして?」
まるで、淋しがるな幼子のように、勠路を見つめてくる。
それでも、彼はゆずらなかった。
「お前………魂を食べるんだろ?」
彼のその一言に、森羅は目を丸くさせたが
その直後に「ぶっ」と噴出し
「あはははははっ!!!」
お腹を抱え、大声で笑い出した。
何と無く…ばつが悪い勠路は顔をしかめる。
彼女は本当に可笑しいらしく、涙が出るほど笑い続けた。
数分ののち、ようやく落ち着いたのか、肩で息をしながら顔を上げる。
「………」
「悪かった、悪かった。まぁ、そう怒るな。」
機嫌の悪い勠路の表情に、森羅は未だ笑いの消えない顔で謝った。
「いや、お主はそんなくだらぬ噂なんぞ気にも止めない奴だと思っておったのでな。
まさか、信じて怖がるとは思いもしなかったからな。
予想外過ぎて、可笑しかったわけよ。」
涙を拭いながら、そう話す森羅に、益々顔を歪める勠路。
「信じているわけではない………」
彼にとって大事なことは、噂が本当か否かではない。
数多の恐ろしい噂を本人自身が知っているとして、それに対しどのような感情を持っているか。
人一人が死んだとて、この少女が何を思っているのか。
ただ、そういう事を気にしていたのだ。
「………いくら噂を積まれようと、噂は噂。
真実は私の中にしか無い。
だが、人の感情まで縛ることは出来まい。
だーかーらー、信じるも信じないも人の自由!…だな。」
やれやれという表情で、気楽に話した森羅だった。
だが、突如、勠路が油断した隙を狙い、手を肩まで精一杯伸ばし、彼の襟を捕まえ引き寄せた。
届かないそぶりは全くの演技で、実はギリギリ届く距離だった。
彼女の策士ぶりに勠路は内心「卑怯」という文字が浮かんだ。
馬鹿みたいな力が加わり、一瞬の間に鉄格子に引き寄せられ、目前には彼女の顔があった。
だが、そこにはあどけない少女の顔では無く。
鋭い視線の凛とした大人の顔があり、彼の全身が凍りついた。
「お前は私が恐ろしい人間に見えるのか?」
真っ直ぐな視線に目がそらせない。
今まで感じたことのない威圧を、全身で感じる。
幼い幼い。そう思っていた。
だが、こちらが本当の顔だろうか?
この華奢な体のどこに、こんな強い覇気を持っているのだろう。
短い時間ではあったが、淡々とそんな考えを巡らせた。
答えない勠路に対し、森羅は変わらず見つめ続けていた。
やがて彼はゆっくりと大きい息を吐いた。
一度視線を外し、静かに視線を元に合わせ、ただ一言だけ放つ。
「………馬鹿っぽい」
たった、その一言だけ。
その言葉に、森羅の目は再び丸くなり、やがて噴き出し。
もう一度、腹を抱えて笑い出した。
そんな彼女の様子に、呆れるしかない勠路だが、内心思ったのは
『これのどこが恐ろしいんだ』
ということだった。
続く