第3話「魂喰らい」
第3話「魂喰らい」
その日の夜の話。
勠路のいる牢獄には10人ほどの囚人が収容されている。
大の大人が雑魚寝出来る程度の狭さではあるが、それを不満に思ったことは無い。
幸運にも、同じ牢獄を共にする囚人と言えど、割と軽い罪の者が多く。
性格が穏やかな人間ばかりだったため、過ごしやすい環境なのだ。
その中でも話をするのが2人ほどいる。
美味しくもない食事をとりながら、他愛のない話をするだけの仲だが、つまらないと思うことも無かったのだ。
「おい、勠路」
話しかけてきたのは、1番の話し相手、そして昼間に交代を教えに来た男である。
名前は"想嵐"といい、性格が一段と穏やかで、面倒見がよく、
勠路が初めてここに来た日に、色々な事を教えてくれたのがこの想嵐である。
「お前…昼間にあんな場所で何やってたんだ?」
少女がいる牢獄の物陰に隠れていたのを見られていたのだ。
勠路は必死に言い訳を考える。
「あー…、いや…、どんなやつがいるんだろうと思って……」
「え、お前、あの牢屋に近づいたのか!?」
興味津々で話に入ってきたのは1番お喋りな男、名前を"映錬"という。
「だ、大丈夫なのか…?」
「何が…?」
映錬の不安そうな顔に、首を傾げる勠路。
彼の脳天気な答えに、驚いたように目を丸くした映錬は言った。
「だって、あそこに入ってるのは、"魂喰らい"罪人なんだろ~!?」
「何だそれ?」
勠路の反応に、想嵐と映錬は同じように呆れた顔をした。
「お前、知らないのか?魂喰らいの"森羅"のこと!」
「しんら……?」
それがあの少女の名前なのかと、勠路はようやく知った。
一人納得する彼に対し、周りは益々呆れだす。
そんな様子にいたたまれなくなり、とりあえず聞いてみることにした。
「そんなに怖いやつなのか?たくさん人を殺した?」
一瞬ではあったが、まだ幼さを残した少女の姿だった。
それが、魂喰らいなどというえげつない異名をつけられる。
そんな想像がどうしても一致しなかった。
「いや、有名な絵描師だよ」
「………絵描師……」
全く予想外な答えが返ってきて、軽く悩む勠路。
そんな彼に映錬は顔を近づけ、話はじめた。
「ただの絵描師じゃないぞ?森羅の描く物は素晴らし過ぎるんだ。
あまりに凄いから、見た者は魂を取られてしまう……そんな噂なんだよ。」
「へぇ………」
「お前、信じて無いな?」
「いや、魂を取られるって…そんな夢見たいな話をされてもなぁ…。」
どうしても、あの少女と噂が結びつかない。
勠路は怪訝な表情を浮かべた。
そんな様子に、想嵐が話を付け足した。
「まぁ、あくまで噂には過ぎないが、ほとんど食事をとらない。
そうか、魂を食べてるのか、って話が広まってるんだよ。」
想嵐の話に、あぁ、なるほどと納得した。
「しっかし、どんな絵を描くんだろうなぁ~」
「なんだ、見たことないのか?有名なんだろ?」
「有名は有名だ。素晴らしいのに、ごく一部の人間しか見られないってな。」
「でも、魂取られるんだろ?」
「それぐらい凄いってことだろ!? 死んでもいいから、一度ぐらい見てみたいもんだ~!」
駄々をこねる子供のような映錬の姿に、勠路は笑みをこぼす。
一方、想嵐はぽつりとこぼした。
「独占欲だよ」
その一言に、勠路と映錬はじっと想嵐を見つめた。
「森羅の描いた物を見ると、ありとあらゆる人間が魅入られる。
そして、"これは私の物だ"と、誰にも渡さない、誰にも見せない、そんな想いにかられてしまう。
中には、想うあまり絵画と共に焼身自殺をする人間もいるほどだ。
だからこそ、滅多に見れるものじゃない。」
「………それも噂なのか?」
勠路の問いに彼はとても悲しい笑みを浮かべ、
「噂ならよかったのにな」
と答えた。
天真爛漫な少女だと思っていた。
だが、その才はあまりに残酷で…。
勠路はふと
『あいつは、この話を知っているのだろうか?』
と、心の中で思った。
続く