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第26話「太陽より温かい」

「勠路様!お久しぶりでごさいます!」


「よう、坊主。先生はいるか?」



年端もいかない幼い子供が山奥の小屋から出て来た。

森羅は初めて訪れる寂れた診療所らしき場所に怯えていた。

何故なら、そこは診療所と言うにはあまりに寂れており、

人が住んでいるということにすら驚きを隠せない場所だったからだ。


だが、もっと予想外だったのは、医者が女性だったということ。

思わず勠路の顔を見た。

彼は森羅の気持ちに気づかず、


そんじょそこらの医者より、腕がいい。

俺が知る中で1番の医術を持っている。


と、力説してくれた。

ので、男女の関係は無かったとわかった。

噴き出す森羅に首を傾げる勠路。

案外、勠路という人間は鈍い男なのだ。


診察が終わり、森羅は少年に字を教えていた。

珍しい光景だが、どうもわかりやすく教えているようだ。


勠路は医者から結果を聞いた。

治療出来る病では無い。

彼女の病は生まれもったもので、

今ああして動けているのが不思議なくらいだと。

だが、これから徐々に体は弱っていく。

歩く力さえ奪われる事になるだろう。


落胆する彼に医者はありったけの薬を渡す。

その薬は病を治すものでは無いが、抑える効果がある。

栄養価の高い物を食べさせる事。

そして、寒さが体に障る。

なるべく暖かい土地で過ごさせるように。

と、注意をした。

なるべく、長く生かせるにはそれしか方法が無かった。


そして、医者達に別れを告げ、馬を走らせる。

暖かい土地へ向かうのだ。



「勠路………ん?龍鼠?ん?勠路?んん?」


「何を言ってんだ、お前は。」



勠路にしがみついて、森羅は眉をひそめる。

どう呼べばいいのかわからんと言い出した。

彼はため息をついて答える。



「"龍鼠"は称号みたいなもんだ。


 俺の本名は勠路。まぁ、好きに呼べばいいが……。」


「じゃあ、勠路にする。」



そうか、と頭を軽く撫でてやる。

しばらく馬を走らせた所でようやく小さな村に着いた。

手頃な宿をとり、一休みをした。


そして再び、森羅が口を開く。



「なぁ、勠路。」


「ん?」


「お主、岩牢城で何をしたかったんだ?


 あと、私はいつ"龍の絵描師"になった?


 それと、上司を殴ったって話は嘘か?」



真っ直ぐに見つめて、一度にいくつもまくし立てるので、まるで尋問を受けている気になった。



「俺は帝に岩牢城に行けとしか言われて無い。


 何か怪しい空気だから、探れと。


 お前が"龍の絵描師"になったのは、俺がそう言ったからだ。」


「お主が決めたのか!?」


「帝からはお前の好きなようにしろって言われてる。


 必要であれば龍を使えってな。」


「よほど気に入っ…」


「あの人は適当なんだよ、とりあえず解決出来ればそれでいい。」



なるほど、と理解した。



「あと、上司を殴ったのは今の仕事をする前の話。」



首を傾げる森羅。



「俺が岩牢城に入ったのは"二度目"だ。」



昔、上司を殴って岩牢城に入った。

その時に城主の明夜と知り合った。

そして、勠路を帝に紹介した人間こそ、明夜だったのである。



「人に知られてはいないが………明夜は帝の祖父だ。」



森羅は目を丸くし驚いた。

血縁者でありながら、何故、龍を掲げなかったのか、わからなかったからだ。


明夜は岩牢城を人を罰する、時には命を奪わねばならない。

決して、綺麗な場所では無いとした。

帝の手を汚してはならないという意味で、

岩牢城を造り、汚れ役を全て引き受けたのである。


そんな想いがあったからこそ、

龍を掲げるような真似は決してしなかったのだ。


勠路も四天王の中でも、汚れ役を受け持つ。

龍鼠として、時には人を斬らねばならなかったのだ。



「お前は俺が怖くないか?」



ふと不安になり、思わずそうたずねた。

森羅は、ん~と悩んだ後、勢いよく彼の体に抱きついた。



「怒られたら怖いかも。」



まるで子供のようなことを言うので、頬をつねってやった。

だが、森羅の子供っぽさはまだまだあった。

薬は苦いから嫌だと駄々をこねたのだ。

呆れかけた勠路だったが、“口移し”という強行手段をとった。

ようやく、森羅が大人しく飲んだので、勝ち誇った気分になった。

彼も十分子供である。


それから何日も馬を走らせる。

なるべく、森羅の体を休ませる為に野宿は避け、きちんとした宿をとる。


帝には知らせが既に終わったであろうが、龍鼠に命令は来なかった。

だが、資金だけは送られた。二人分。

よほど気にかけてもらっているのだと、感謝した。


そして、ある日。森羅は何やら異変に気づく。



「勠路!何の匂いだ?不思議な匂いがするぞ。」



さぁ、なんだろうな。と勿体振る勠路。

森羅はそわそわして落ち着かない。

突然、彼は彼女に目隠しをして馬を走らせる。

とても怖い状況だが、森羅は彼にしがみついて身を任せた。


ざざざ…という音がする。

勠路は馬を近くの木に繋ぎ、彼女を抱えて歩く。

森羅は彼にしがみついたまま大人しく運ばれる。


やがてちょうどよい岩場を見つけ、

そこにに森羅を座らせ、ゆっくりと目隠しを外す。



「勠、路………これは?」


「これが海だ。」



一面に広がる水面。

波打って、太陽の光が反射して眩しく美しい。

見えなくなるまで、水がずっと続いている。


そっと手をのばす。

到底敵わない大きさ。

森羅は涙がこぼれた。



「何がっ…何が"森羅万象"だ!!」


「森羅?」



突然泣き出す彼女に戸惑う。



「私など、こんなにちっぽけな存在では無いか!!


 森羅万象所か何も、何一つ………!」



無知な自分が憎かった。

こうして、色んな人々を失い。

悲しみも苦しみも生んだ。

それをわかっていなかった自分が一番許せなかった。


大切な人たちの悲しみに気づけず、苦しめた自分が許せない。


悔しさ故に涙が止まらない。

だが、その涙に触れる手があった。



「森羅万象がなんだ。海がどうした。」



彼の言葉に涙が止まる。

勠路は森羅の手を自らの頬に触れさせた。



「そんな物より、涙を知る森羅のほうがずっと尊い。


 苦しみも悲しみも、人の命を想う。


 そんなお前が、世界で何より愛しい。」




森羅は真っ直ぐに見つめられゆっくりと笑みを見せた。何故なら―――――




「照れているのか、勠路。」


「うるさい。」



照れる彼も、言ってくれた本心も嬉しかった。



「勠路の心の広さは、天の……いや、天よりも広い。」


「だから、天は大袈裟だと…。」


「じゃあ、心の温かさは太陽より温かい!」



そう言って海水を勠路にかける。

むきになった彼が森羅にかけた。

彼女の動きがぴたりと止まったので、慌ててかけよる。


すると、「しょっぱい」と眉をひそめた彼女を見つけた。

勠路は笑って 「ならば、美味い海を食べに行こう。」 と、言った。


魚や貝といった海の幸を知り、森羅は「海も悪くない」と、気に入った。



続く


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