第25話「お前は諦めろ」
「違う!!死んで欲しかったんじゃない!!」
「森羅、落ち着くんだ。」
泣き叫ぶ森羅を力強く抱きしめる勠路。
「どうしてっ、どうして!!真戒!真戒ぃっ………。」
勠路はようやく気がついた。
真戒は森羅と幼少期を共に過ごした。
誰にも興味を持たない彼女が唯一覚えていた存在。
憎み口をたたき合うのは、彼だけだった。
本人が気がつかなかっただけで、本当は師と並ぶほど大きな存在だったのだ。
良く言えば悪友のようなものだろうか。
静まり返る広場に、ただひたすら彼女の泣き声だけが響く。
囚人達の中にも、彼女の悲痛な声に心を痛め、涙を流す者もいた。
「森羅!!」
勠路の怒声まじりな声に、びくりとなる森羅。
ようやく彼女は彼と目を合わせた。
「天が選んだ事だ、お前の責では無い。」
でも、としゃくりあげる森羅に、勠路は苦笑する。
「想嵐は助かった。」
その言葉に、想嵐の無事を確認する。
彼は申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
「あと、天が下さねば、俺の手で斬らねばならなかったしな。」
これで森羅の気持ちが晴れるわけでは無いことはわかっていた。
だが、ほんの少しでも安らいで欲しかったのだ。
それでも泣き続ける彼女は、叫び声をあげず、彼の腕の中でひたすらに涙を流す。
そんな様子の彼女に想嵐は近づき、正座をし、頭を下げた。
「お伝えしたいことがございます。」
その言葉に森羅はびくりと肩を震わせ、勠路は警戒した。
「妻は、近々森羅様に話すつもりでした。
“我が家でお世話をさせて欲しい”と。」
森羅は目を丸くさせた。
「放浪の旅は危険がたくさんあります。
だからこそ、一緒に住んでいただきたいと。
出来たなら、家族になって欲しいと…
妻はずっと…ずっと、その事ばかり口にしておりました。」
鈴葉はずっとそのことを願っていた。
森羅と一緒に過ごしたかった。
彼女のおかげで幸せになれたのだから、
せめて森羅を守って差し上げたいと。
そして森羅が町に戻ってきたことを知り、準備をしていたのだ。
「私は己の未熟さ故、貴女様を傷つけてしまいました。
ですが、これだけは信じてください。
私も妻も森羅様を姉や妹のように慕っております。
許せずとも、その心だけは信じてくださいませ!」
想嵐のそんな姿に勠路はふと笑みをこぼした。
そして、森羅は違う涙を零す。
「勠路、聞いたか?私を家族に望む者がいたのだぞ。」
「あぁ、驚きだな。」
「本当に驚きだ。」
森羅は頭を下げたままの想嵐にそっと手をのばし、優しく撫でる。
ようやく顔をあげた彼に森羅は言う。
「有難う、想嵐。いつも、お主達は優しさを教えてくれるのだな。」
想嵐は涙を流す、感謝や喜びや色んな感情が胸をいっぱいにし、言葉が出てこない。
あれほどに酷いことをしたというのに、この女性は何一つ怒りを見せない。
それどころか、こんな自分にまでお礼を言ってくれたのだ。
「貴女様が私に鈴葉を……幸せを教えてくださったのです………!!」
ようやく言えたのはその言葉だけだった。
だが、すぐに落ち着いて、今度は勠路に頭を下げた。
「何故、俺に頭を下げる。」
「また、命を救っていただきました故。」
想嵐は、龍の飾りに見覚えがあった。
あの絶望の夜、炎の中から助け出してくれた人物が持っていた物と同じ物だった。
「なら、これからはその命、大切に扱え。」
「はい!!」
ようやく、平和が訪れた。
悲しみは残るが、森羅をここから出してやれる。
これからたくさんのものを一緒に見てまわる。
彼女の額に口づけを落とし、喜びを伝える。
だが、彼女は顔を隠した。
しょうがない、と思って顔を上げさせようと頬に触れた。
途端、彼女が咳込んだ。
泣き過ぎたのだと、背をさすってやる。
けれど、咳は徐々に酷くなる。
おかしいと思った次の瞬間、
森羅は勠路から離れ、そして吐いた。
「みっ、見るなっ……。」
森羅の赤い衣服が別の赤に染まる。
勠路は気づいてしまった。
彼女が何故あまり食事をとらないのか。
とらないのでは無い、とれないのだ。
体が弱く、とる力が無かったのだ。
彼女を引き寄せ、顔を上げさせる。
口のまわりには生々しい赤がついていた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ………。」
師は知っていた。
彼女が生まれながらに体が弱く短命であることを。
だからこそ、自由に生かすことを許した。
そして、誰かと添い遂げても長くは無い。
相手を悲しませるのだと教えたのだ。
森羅はその事を勠路に黙っていた。
自分自身で、もう長くないとわかっていた。
だから、彼に再び会うまで、もたないと思っていたのだ。
勠路は彼女の赤を自分の袖で拭う。
「それで俺が怒ると?」
彼女を再び抱え上げた。
「映錬!」
突然呼ばれ、驚いて転げる映錬。
勠路は彼に近づき、鼠の印が入った小さな木の板を手渡した。
「もうすぐ役人が来る。
それを見せ、事のあらましを説明しろ。」
「え!?俺が!?」
「話すの得意だろ?」
「お前はどうすんだよ!?」
その言葉に、勠路は笑みを見せ「任せたからな」
と言って、出口へ去って行った。
「大事にしろよー!!」
という大声に、軽く手を振って、姿を消した。
城の外に出る。
近くにつながれた馬を勝手に出して、
それに森羅を乗せ、自らもまたがった。
「り、勠路………?」
「知り合いに腕利きの医者がいる。
まずはそいつに会いに行く。海を見るのはその後だ。」
「勠路!」
「お前は諦めろ。」
「え?」
突然そう言われ、わけがわからない森羅。
「俺はお前を離さん。一生俺のそばにいさせる。」
言うや否や、唇を奪い、深く口づける。
ようやく離したかと思うと、さっさと馬を走らせた。
森羅は胸がいっぱいだった。勠路の存在が、彼女の救いだったから。
続く