第23話「お前だけは俺を信じてくれ」
真戒には森羅の絵画が必要だった理由が二つある。
一つは、明夜の暗殺。
もう一つは明夜亡き後の岩牢城を帝の為にと掲げるため。
だからこそ、彼女に絵を描かせねばならなかった。
そして、最大の望み。
帝すらも寵愛した森羅そのものを公に、より確実に抹殺をする。
世間は、彼女を魂喰らいの恐るべき者としている。
だからこそ、処断するにはたやすい存在だった。
彼女が人と関わりを持たない人間だからこそ、罪人として扱いやすかったのだ。
想嵐が大刀を振り上げる。
真戒は心の底からの笑みを浮かべた。
「そうら、ん………りんようはくるしんでた?」
ぴたりと想嵐の動きが止まる。
拷問を受けたせいか、意識がぼんやりとしていた森羅が、そう言い放った。
「りんよ……鈴葉は私の絵で苦しんでたの?お前も、皆、苦しんでた?」
ようやく覚醒してきたのか、彼女は涙を零しながら、必死でそう聞いた。
初めて見る彼女の涙に、想嵐はふと我に返る。
「…………ただ……ただ、私は絵が描ければそれで良かった。
でも、そうじゃない。私が描くことで、皆傷ついたんだな……」
「森羅!!」
彼女はここで初めて勠路の存在に気がついた。
「勠、路…?」
「何度も言ったはずだ!お前の絵のせいでは無い!!
人の心の弱さのせいだ!明夜はそこの馬鹿男のせいだがな!!」
「黙れ、鼠!!」
真戒が片手を上げ合図をした、すると、勠路の首元と頭上に刃が当てられる。
「勠路…!?」
「貴様の事はわりと気に入ってはいたのだがな。
ずいぶんと森羅万象の味は美味かったようだ。」
「その口を閉じろ、この下種。」
真戒の暴言に、勠路が未だかつて無い覇気を含んだ怒りを見せ、監視達が怯む。
だが、真戒は構わなかった。
「森羅、貴様もたいそう変わったものだな。
褒美に奴の命をくれてやろう。」
「やめろ!!勠路に手を出すな!! 私を殺せ!!」
「森羅!馬鹿を言う
「もう嫌だ!!私のせいで誰かが死ぬのを………苦しむ姿を見るのも嫌だぁ!!」
映錬は心が痛かった。
状況もわからず、ただ彼らのやり取りを見ているだけの自分だが、
どうしても、あんなに泣き叫ぶ彼女の姿を見て、
本当に処刑されなければならないのか?と思うと胸が締め付けられる。
その想いは映錬だけでは無く、周りの囚人達も抱いていた。
「森羅、望め。」
ただ、一言。勠路の言葉が空気を貫く。
彼の言葉に、森羅は目を丸くした。
「生きたいと望め。俺がお前を生かす。」
森羅はそれでも勠路を傷つけたく無かった。
だからこそ、拒否しようと口を開いたが、それは彼の言葉に掻き消された。
「お前は死なせないし、俺も死なん。」
こんな状況で、どこからそんな自信が出るのか不思議でたまらなかった。
だが、彼の目は自信よりも確信を持っていた。
真っ直ぐで迷いがどこにも無い、強い意志を持った瞳。
「ここにいる奴らは誰一人、信じては無いだろうな………だけど。
だけど、お前だけは俺を信じてくれ。
たとえ世界の人間、誰もが嘘だと言ったとしても、お前にだけは"本当だ"と言って欲しい。」
森羅は不思議でたまらなかった。
彼が何故、ここまで自分に執着するのか。
命が危うい状況でも、どうしてそこまで言ってくれるのか。
「代わりに、世界のどんなものからもお前を助ける。これから、ずっとな。」
いくら考え続けても答えなど出なかった。
答えなど無くても、心は決まってしまうから。
「……けて………」
小さな声が聞こえた。そこに居た誰もが静まり返る。
「助けて、勠路!!……私をここから出して!!!!!!!」
それは、あの孤高の森羅万象が初めて救いを求めた姿だった。
「任せろ。」
万遍の笑みを浮かべた勠路は、大きな口笛を一つ鳴らした。
緊張が走り、辺りを警戒する監視達だが、何も起こらない事に、肩の力を抜く。
だが、その瞬間、太陽の光が完全に遮られ、地上が闇に包まれる。
何事かと空を見上げれば、青天を覆いつくした鳥の群れが次々と飛んで行く。
異常な現象に誰もが唖然とした。
そして、彼は自分を押さえ付ける監視達を軽々と蹴り飛ばし、手枷を空に掲げ、立ち上がる。
それは一瞬のことで、目を追うのがやっとだった。
鳥飛ぶ空から一筋の白が落ちてくる。
それは彼の手枷を鎖ごと断ち切った。
そして落ちてきた物をさっと身につける。
真戒はそれを見て、驚愕していた。
勠路が身につけたのは
"白地に金の刺繍"の入った額あて
"龍の飾り"のついた大刀
この二つには意味がある。
龍は帝の寵愛を賜る者。
白地に金の刺繍は帝の側近の者。
もう一つ気がつかねばなからなかった。
真戒は今頃それを理解した。
この男は国で最も有名な"鼠"。
「真戒、残念だったな。せっかく帝は自らお前に教えてくれたのにな。」
「な、なんだと!?」
真戒は「鼠を送り込む」と言った人物が、
お忍びをしていた帝と見抜けなかった。
「俺は確かに"鼠"よ」
鼠は鼠でも"龍(帝)の鼠"
大刀を掲げ、勠路は叫ぶ。
「我!四天王が一人、名は"龍鼠"!!」
四天王は帝の護衛。
その中でも龍鼠という人物はほとんど公に姿を見せる事が無い。
何故なら、色々な場所に潜り込み事を成すのが仕事だからである。
「今より、"龍の絵描師"である森羅の救済にあたる!!
邪魔する者は帝の反逆者とし、処断する!!覚悟せよ!!!!!!!」
再び、驚きに包まれる。
森羅に称号が与えられた。
彼女は今この瞬間、帝の庇護を受ける尊い存在になったのだ。
「馬鹿な!?そんな話は聞いていない!!」
一番うろたえたのは真戒だったが、
森羅自身、突然身に覚えの無い事にわけがわからなかった。
「俺の言葉は帝の言葉だ。」
余裕の笑みの勠路の一言に真戒は返す言葉が見つからず、歯ぎしりを立てる。
「真戒、お前は俺を怒らせた。
その身で償ってもらう、後悔しろ!!」
「貴様が相手であろうとも、我が野望は消させぬわ!!」
大刀を構える勠路に、真戒も自らも刀を抜いたのだ。
続く