第21話「まさに大海原だ。」
報酬と聞いて、森羅は「そうだ」と食料のほうに手を伸ばす。
だが、その手は勠路の手に捕まれ、指を絡められた。
そして、再び深く口づけされ、ゆっくりと体を床に倒された。
見上げてすぐ間近に彼の顔がある。
いつものように優しいのに、どこかが何かがいつもと違う。
そんな様子に心臓の高鳴りを覚えた。
「りく、ろ………?」
「報酬はお前がいい。」
そう言ってまた口づける。何度も何度も深く執拗に。
唇から離れると額や頬、耳元から首筋に唇を撫でていく。
その度に、反応を見せる彼女を嬉しく想う彼は、衣服に手をかけ、外していく。
だが、途中で彼女の手で制止がかけられた。
顔をあげると、真っ赤になり涙目な森羅がいた。
心なしか、震えてるようにも見える。
「嫌か?」
「違う、と思う………。」
「怖いのか?」
「わかんないっ…心臓がばくばくして破裂しそう!」
森羅は生まれて初めて"恥ずかしさ"を体感した。
その様子に、勠路は微笑んで彼女の頬を撫でる。
「今までこんなこと無かった………
でも、勠路に触られると熱くなる!どうしていいかわかんない!」
「怖がらずにじっとしていろ。」
零れる涙を舌で拭ってやる。
なるべく怖がらせないように、頭を撫でて安心させる。
ついでに、いじわるそうな顔で言うのだ。
「俺が脱いだら、お前も脱ぐって言ってなかったか?」
「あ、う。」
「確か、"凄い"とか?」
「そんなの忘れろー!!」
「やだね」
じたばた暴れようとするので、口を口で塞いで大人しくさせる。
ふと、勠路はかつて、この少女が言っていたある事を思い出した。
「森羅。」
「な、何…?」
僅かな抵抗を見せる彼女に、柔らかく微笑む勠路は、なだめながら話す。
「前に俺に聞いたことを覚えてるか?」
「………色々聞いた気がする。」
「"望めば、したいと思うのか?"って。」
「………………覚えてる。」
照れながらも素直に答える彼女の耳元でそっと呟く。
「それを"教えてやる"から覚悟しろ。」
より一層、抵抗しかけた森羅だが、あっという間に勠路に飲み込まれる。
「勠、路…。」
衣服が外され、ありとあらゆる場所がさらされる。
痩せてはいるものの、思わず「綺麗だ」と呟いてしまい、
益々彼女の羞恥心を煽る。
「勠路っ…」
今度は勠路が森羅の情報収集をする。
優しく触れて、甘く囁いて、反応を眺めて、森羅の隅から隅までを知り尽くしていく。
「勠路!」
あまりに細いその体は、力を入れると壊してしまいそう。
彼は出来るだけそっと優しく扱う。
「勠路、勠路………」
森羅は何度も彼の名を呼び、夢中で彼の体にしがみつく。
そんな様が愛しくて、何度も理性がとびそうになるのを堪える。
そして、やがて彼女が"ねだる"ようになり、やっと願いが叶ったと、心底喜んだ。
ようやく、なけなしの理性を手放して、快楽の海に飛び込んだ。
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もうすぐ、夜が明ける。
一足先に目を覚ました勠路は、
まだ夢の中にいる森羅の寝顔を眺めながら、彼女の髪を指ですく。
こんなに安心感のある眠りは初めてで、穏やかな目覚めも初めて。
人に対して、こんな風な感情を抱いたことが無かったせいだろうか。
とにかく全てが愛しかった。
声も、姿形も、心もなにもかも、その存在がたまらなく。
ふと、近くに脱ぎすてた衣服の帯をとろうと体を起こした瞬間。
細い腕が物凄い勢いでのびて、彼の腰をつかんだ。
その意図がわかり、ふっと笑みを浮かべる。
「まだ行かないよ。」
一瞬で起きたのだろう。不安げな瞳が見えた。
帯を取るはずの手を戻して、彼女に触れる。
とことん、彼女には弱いと自ら実感した。
「まだ、もう少しだけ大丈夫だ。」
「本当?」
「本当。」
森羅の手が、勠路の頬に触れる。
どうしても彼女の体温は低く、上から手を重ねて温める。
「森羅は、まるで海のようだな。」
「海…?」
「お前の気性の荒さは波の如くすぐころころと変わる。
触れるとひんやりとした冷たさがあるのに、隙間無く包まれるようだ。」
「褒めてるのか、けなしてるのか。」
頬を膨らませる森羅に彼は膨らんだ所を指先でつついて話を続ける。
「ある言い伝えでは、人や生き物は全て海から生まれたと言われている。
絵心も知らぬ俺が感動する絵を生み出したお前は、まさに大海原だ。」
そう言われ、気恥ずかしくなり、顔を隠す森羅。
そんな彼女が少し咳込んだので、背中をさすって抱きしめた。
それに返すよう、彼女も腕を彼にまわす。
「勠路は、海を見たことがあるのか?」
「ある。もしかして、森羅は見たこと無いのか?」
「無い。」
じゃあ、まずは海を見に行こう。
嬉しそうに笑う彼に、森羅は返事の代わりにそっと口づける。
彼女は自分から何かをすると、彼は照れるのだと学んだ。
そんな彼の表情を見ると自分も嬉しくなると知った。
少し明るくなった空を見て、身支度を調える勠路。
それをさびしそうに見つめる森羅。
「森羅、お前のほうが先にここを出てしまうな。
だけど俺ももう少しで出られる。
近くに小さな村があるから、そこで待っててくれ。
すぐに迎えに行く。」
返事が無い。様子がおかしい。
顔を上げさせると、今にも泣きそうだった。
「森羅、」
「きっと、勠路は怒るぞ。」
「何故、そんなことを言う。」
「お前は私を嫌いになる…。」
やっぱり面倒な人間だと、つくづく思い知らされる。
それでも、そばに居たいと思ってしまうのだから仕方ない。
「お前のほうが俺を嫌いになるかもしれんぞ?」
「何故?」
「お前に隠していることがある。」
「何だ?」
「ここを出たら教える。
だから、ちゃんと待っていろ。
早く会いに行って、二度と離れられなくしてやる。」
「どうやって?」
「その時までの秘密だ。」
悪戯っ子のような笑顔につられて、森羅も笑う。
そして、外から合図があった。時間だ。
二人は優しく唇を重ね、離れた。
そのまま勠路は扉の向こうへ消えた。
森羅は扉を見つめたまま、思い出していた。
「お前は絵以外を求めてはならぬ。
特に人を求めてはならぬ。
誰かと添い遂げよう等とは絶対に思うな。
それは人を不幸にすることぞ。」
それを言ったのは、生前の師匠だった。
その時はわからなかったが、今は理解出来る。
だが―――――――、
『師匠、ごめんなさい。』
教えを破ったことなど、一度も無かった。
破る必要など、この先一生無いと思っていた。
『わかってる。 でも、もう少しだけ私を許して。』
流れる涙を袖で拭い、背筋を伸ばす。
諦めていた、でも、もう少しだけ、宿命に抗う。
そばに居たい人がいるから。
「真戒を呼べ!望みの物をくれてやる!」
森羅は、強く踏み出すのだ。
続く