表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

第20話「元気出ない?」

闇から光に変わる。

外は夜のはずなのに、視界は明るい。


壁にかけられた真っ白な布に、真っ黒な物体が見える。

大きく、力強く、そして豪胆のようで繊細な。

どくん、どくんと重圧のある鼓動が聞こえてきそうな。


一匹の大きな龍が存在している。


まるで布に捕われてるかのような。

だけど、すぐにでも飛んでしまいそうで。


胸が焼けるように熱い。無意識に胸元を抑えていた。



「勠路………?」



そう呼ばれるまで、息をすることも忘れていたことに気がつく。

動かない彼が心配になった森羅だったが、ようやく彼が目を合わせてくれたのでほっとした。

そっと、彼の手に自分の手を重ねる。



「苦しいの?」


「いや…、胸の奥が焼けるみたいだ。」


「それ、私が初めて勠路を見た時と一緒だな。」



驚く彼に対し、森羅は嬉しそうに話す。



「勠路を初めて見た時、凄く胸の中が熱くなった。


 自分の中の何かが言うの"あいつを描け!"って。


 なんでかわかんなかったけど………今はわかる気がする。」



龍を眺める目をすっと細める。彼女は自分の胸に手を当てて、今一度確信した。






「私はきっと、これを描くために生まれてきたんだよ。」






今までに見たことの無い、清々しい表情の彼女がそこに居た。

幼くない、ずっとずっと大人の顔、そんな彼女。

そして、それは少し淋しげな表情に変わり、自分の手を見つめる。



「もう………絵は描けないだろうなぁ…………。」



森羅は全てを失った気分だった。

人生かけて絵を描いてきた。

何故だかわからないが、二度と「描きたい」と思えないことを確信していた。

体中にたまっていたものが全て出て行って、空っぽな体だけが残った。

そんな感じがするのだ。



「じゃあ、新しいことを探せばいい。」



彼女の両手を引き寄せる勠路。

目を合わせ、優しく頬に触れる。



「………見つかるかな?」


「見つからないなら探し続ければいいだろ。


 これから色々見せてやるし。」


「いつまで勠路は………。」



私の旅に付き合ってくれるのか聞こうとして口を閉じた。

自分の宿命を思い出した。これ以上、彼に偽ることが嫌だった。

会えなくなるということだけでも、こんなに苦しいのに。


そんな森羅の心情まで、勠路は見抜け無かった。

だが、彼女が何を言いかけたのかはわかる。



















「一生付き合ってやるよ。」















迷い無く、真っ直ぐに言う彼の意思に、涙が出そうになりながら、

森羅は「どうして?」ときいた。

軽くため息をつきながら、少し照れたように言う。



「"嫌だ"なんて絶対言うな。」



ぐっと彼女の体を引き寄せ、距離を縮める。



「森羅、俺は………お前に惚れてる。」



その言葉に森羅はきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、

視線を外し、深く意味を考え出す。

流石の彼女の鈍さに慌てたのは、一大決心をした勠路のほうで、

あぁ、もう!と呟き言う。



「つまり、俺はお前が好きなんだ!


 だから一生そばに居てくれってことだよ!」



そう言われ、あぁ、と納得した森羅。

そしてしばしの沈黙。


宙ぶらりんなままの勠路の想いと、どうすればいいのかわからない森羅。

がっくりと落ち込んで屈む彼に慌てて森羅も屈む。



「勠路っ………あ、あの、そのっ………。」


「いや、いい。大丈夫だ大丈夫。」



顔も上げず、彼女の頭を撫でる。

森羅がこういう事に疎いことぐらいわかってた。

自分も今言うつもりじゃなかった。

時が悪かったのだ。


少し顔を上げると、やっぱり泣き出しそうな彼女の表情があって、しょうがないと思えた。



「お前は俺が嫌か?」



ふるふると首を横にふる。



「こんな風に触られてても平気か?」



深く縦に頷く。これでいい、と思った。

森羅が素直に意思表示をしてくれる。

それだけでも、どこか優越感を覚えたのだ。



「なら、俺はそれで十分だ。そばに居てくれ。」



彼女の体を抱き寄せ、腕に力を入れる。

多くは望まない、ただ、彼女が側に居てくれるなら。

彼女の存在に触れられるなら、それでいいと。

心の底から、欲したことだった。


一方、森羅はふと想嵐を思い出した。

想嵐と鈴葉がしたある行為について、



「どうしてそんなことするんだ?」



と想嵐に直接聞いたことがある。

赤面して悩んだ彼だったが、きちんと説明してくれた。



「お互いに、あなたが必要ですよって意味です。」


「口で言えばいいだろう?」


「時には言葉にならない事もあります。


 それに言葉で伝えるより、行動で示したほうがいい事も。」



難しそうな顔の森羅に、想嵐は笑顔で言った。



「じゃあ、こうしましょう。


 いつか森羅様の前に、森羅様がそばに居たいと思う殿方が現れて、


 その方の元気を出させたいと願うなら、さっきの事をしてあげて下さい。


 きっと、元気になられますよ。」



想嵐はそのことを彼女に約束させた。

森羅はそんな人間など居ないと思っていた。

この時までは。



「勠路。」


「何だ?」



体を離し、顔を合わせる。

しばらく目を合わせただけだったが、

彼女は彼の顔を両手で包み込み、そのまま近づいた。


そっと唇に口づけて、ゆっくりと離す。

変わらない表情の彼に首をかしげる森羅。


表情が変わらなかったのは、あまりに驚きすぎたせいだが。



「お、お前………、何したかわかっ……。」



思いも寄らない彼女の行動に、流石に動揺が隠せない。

けれど、森羅はしれっとした顔で容赦なく言う。







「想嵐が、そばにいて欲しい奴にしろって言ってた………んだけど。」






元気出ない?と聞かれ、益々複雑な勠路だったが、

素直に嬉しさが込み上げた。



「………もう一回したら、元気出るかもな。」



じゃあ、と言ってまた触れてきたので、今度は逃がさないように、彼女を捕まえた。

そして、深く深く口づける。ようやく離れた頃、顔を真っ赤にした森羅の顔を見つけた。

勠路は照れながらも彼女に言う。



「報酬を貰うぞ」



続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ