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第19話「描きたいだけ描け」

「報酬はちゃんと貰うからな。」



そう言って勠路は衣服を脱いで行く。

じーっと見ていた森羅だったが、

流石に恥ずかしいと勠路が訴えたので後ろを向かされた。



『想嵐もこんなことをしていたのか。』



と、ふと彼を思い出す。



「脱ぐことに抵抗なんてまったく無かったんだけどね。


 流石に、体の隅から隅までひたすら観察されたり、


 ありとあらゆる場所をただ一撫でされるってことは、かえって恥ずかしかったよ。


 まぁ、新しい手法として仕事に取り入れたり出来て勉強になったけど。」



そんな風に話していた。

今、何をしているのだろうか。

一体彼がどうなったのか、それを知る術は無かった。


森羅の後ろ姿を見つめる。

見た目にもやはり痩せているのがわかる。


純粋過ぎるが故、壊れそうなほど傷つく。

それが森羅と想嵐の最大の共通点だ。


退屈だった毎日。


それを変えたのは紛れも無く、目の前の少女。

無邪気で臆病で、迷惑で。

それでも嘘偽りの無い姿が安心する。

真っ直ぐで純粋。



偽り続けながらの人生で最も憧れた人生。



勠路は一人、笑みを浮かべた。

彼女に対する想いが温かいものだと知ったから。


自分の感情を深く考えることなどしたことなかった。

けれど、この温かい想いの存在が、心を躍らせる。喜びを教えてくれる。


最後の衣服を体から離して、呼吸を整えて、その名前を呼ぶ。



「森羅、いいぞ。」



森羅が振り返ると、そこには一糸纏わぬ彼の姿。

途端に彼女の目つきが変わる。


そして、何も言わず勠路に近づき、彼の周りをゆっくりと巡る。

色々な角度から、色々な方向から、彼の体を観察する。


勠路は不思議な感覚だった。恥ずかしいと思わない。

彼女の視線は体を見ているのに、まるで別の何かを見ているようだ。


自分の体が物になったような………そんな気分。



「………勠路、本当にただの役人か?」


「何故だ。」


「物凄く体を鍛えてる。」


「それは俺の趣味だ。」



そっか、と答え森羅は彼に手を伸ばした。

だが、触れる寸前で止まる。

じーっと彼の顔を不安そうな表情で見ていた。


勠路はため息をつくと、彼女の手を掴み、

自分の頬に触れさせ、「大丈夫だ。」と安心させた。


森羅の掌が彼の体を撫でて行く。

全身くまなく、隠れた場所も、普段他人が触れない場所も。

ありとあらゆる部位が彼女にさらされていく。


それは筋肉の一つ一つを辿るように、骨の一本一本を確かめるように。


彼女が見ているのは体じゃない気がした。

その奥のもっと深く。性格、心、精神、魂。

この一つの体に存在するありとあらゆる全てのものを、彼女は知ろうとしている。

全てが彼女に飲み込まれていく。そんな感覚を感じたのだ。



『"魂喰らい"か………本当はここから来てるのかもしれないな。』



胸元をはい回る彼女の手を強く握りしめた。

不思議そうな瞳で見つめる森羅に勠路は話す。



「お前の手は冷たいな。」


「ごめん!寒かったか!?」



慌てて離そうとしたが、手は強く握られていて、びくともしない。



「森羅は寒く無いのか?」


「私は………勠路が温かいから、平気。」



そうか、と優しく微笑んで、彼女をそっと抱きしめる。


森羅は変にくすぐったい気分だった。

勠路は優しい。けれど、想嵐や鈴葉の優しいと違う。

彼の言葉や体温に触れるだけで、気持ちが緩んでしまう。

自分の中に眠っていた、ありったけの感情が湧き出る気分になる。


勠路は戸惑う。

なぜなら、彼女が突然、彼の腕の中で泣き出したからだ


ゆっくり体を離し、どうした?とたずねる。

泣きじゃくりながら、彼女は話す。



「どうして、そんなに優しいっ…。」


「また何を言い出す………。」



突拍子も無い彼女の言動には大概慣れてきたとは自負していたのだが、

優しいと褒められたのにも係わらず、泣き出されてしまう。

出そうになるため息をぐっと堪えて、彼女と向き合う。



「想嵐も鈴葉も優しかった!でも、酷い事になってしまった………。」


「りんよう?」



聞き慣れない名前に首を傾げる勠路。



「想嵐の奥さん。私が描いた不死鳥の女性。


 凄く優しかった。愛らしくて。


 二人を見てると心が休まる。


 なのに………私の絵がっ……鈴葉の父親を変えてしまった!」



ふと勠路は思い出した。

以前、仕事の関係である場所に立ち寄った時に豪商が焼身自殺をし、

婿だけが生き残った、という話があった。



『あれが、想嵐か………。』



そして、一つ気がついた。

森羅が絵を完成させられない理由。


彼は彼女の両手をそっと自分の両手で包み込んだ。



「森羅、お前が絵を描けないのは何かが足りないからじゃない。


 完成させることを怖がってるんだよ。」



今だに流れる彼女の涙を拭う。

あれからずっと泣いてる姿ばかり見ている。


勠路自身、森羅と同じく泣いた記憶が一切無い。

だからこそ、こんなに素直に泣ける彼女が羨ましかったのだ。

幾人か女性を泣かしたことはあったが(色んな理由で)

泣かれてここまで構った人間はいない。

むしろ、誰かに関わろうと思ったこと自体無い。



「怖がるな。俺は大丈夫だ、証明してやると言っただろ?


 絵に興味は無かったが、森羅の描いたものなら見てみたい。


 もしかしたら、初めて泣くかもな。」


「泣いたこと無いの?」


「あるかもしれんが、記憶には無い。」


「私もそうだったぞ。」



その言葉により一層優しく森羅を撫でる。

彼女はまた泣きそうになるのを堪えた。



「俺が信じられないか?」



ふるふると首を横にふる。



「なら、安心して描きたいだけ描け。


 じゃないと、全部脱いでる今の俺はどうなるんだ。」



あ、そういえばと気がついた森羅。

何だか可笑しくなって、二人は笑い出す。


そして、森羅は彼の上着を拾い、彼の肩にかけた。

勠路が、もう着ていいのか、と思った瞬間。

視界が布で覆われて、何も見えなくなった。


またしても突拍子も無い行動に呆れかける所だが、

彼女がそのまま待ってて、と言ってきたので、

どうにも出来ず、見えない視界のまま座りこんだ。


大きな布が外される音の次に、何かが擦れる音がしばらく続いた。



森羅は無我夢中で描いた。

今までに味わったことの無い激しさと、爽快な気分。

ただ想うがままに体を動かす。


心が落ち着かない。

体が止まることを許してくれない。

全神経が目を見開いていつも以上に敏感になる。



『あぁ、これが“楽しい”ってことなのか。』



自分が動くことによって、線が継ぎ足され、形を成していく。

それは、種が芽吹くように、小さな葉が枝に成長するように、

幾枚もの葉っぱがその身を重ね、やがて小さな蕾を生み出していく。



そして、満開の花が咲き乱れるが如く、それは完成した。



見えない視界の中で、勠路は耳をすましていた。

激しく音を立てていたものの、しばらくして、音は止んだ。

小さな声で「出来た。」と聞こえ、足音が近づいてきた。


ようやく、勠路の視界が開かれ、壁に釘付けとなる。




そこにあったのは、一匹の"龍"の姿だった。




続く


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