第18話「嫌じゃない」
寝たのか寝ていないのか。
それも曖昧、むしろ自分の存在すらも本当に有るのかわからない。
どろりと混濁する意識の中、森羅は地べたに横たわり、うずくまる。
寒さすら感じず、空虚な体だけがそこにあるようだった。
突然、一本の腕がのびてきて、彼女の頬に触れる。
途端に視界が鮮明になり、驚いて体を起こす。
監視が自分に触れた。
一体どうなってるんだと困惑していると、その監視は帽子を脱ぐ。
そして、笑顔の勠路が現れた。
「り、くろ……?」
「中々、似合うだろ?」
どうだ?と見せ付ける。
彼は万が一のために監視に服を借り、変装した。
そして食事を持ってきたのだ。
もちろん、取りに行ったのは監視である。
「どうして………。」
森羅は今にも泣き出しそうな表情になる。
あー…、と言って頭をかく勠路だが、観念して素直になる。
「俺が心配すると言っただろ?」
彼女は勢いよく、彼に飛びついた。
慌てて抱き留める勠路だったが、一段と細くなったことを感じ、力強く抱きしめた。
「何があった?」
「わかんない!」
「わからない…?」
「あともう少しで絵が完成するのに!
何かが足りないんだ!
何が足りないのかわからないの!!」
「落ち着け森羅…。」
泣き出す森羅をなだめる。彼女は彼にしがみつく力を強める。
「あともう少しなのに!
私が人生で1番描きたかったものなのにっ…!」
彼女の視線は壁に向けられている。
そこは布がかけられていて、絵はまったく見えない。
だが、彼女には見えているようだった。
勠路は一呼吸おいて、彼女を座らせる。
涙を指で拭ってやりながら、泣くなと慰める。
「俺は絵のことなどわからんから、
何が足りないとかは言えん。だけどな。」
そう言って食事の汁物を手に取り、さじですくって彼女の口元に運ぶ。
「少しでいいから食べろ。
そして自分を落ち着かせて、栄養を取るんだ。
そうでなきゃ、頭が働かず、わかるものもわからん。」
とても食べる気にはなれなかった森羅。
だが、彼は頑なにさじを差し出したまま、食べろと視線で訴える。
結局、根負けした森羅がゆっくり口を開いて、それを食べる。
どうだ?と聞かれて、美味しくないと答える。
じゃあ、と別の食事を口に運ばれて、
今度はまぁ大丈夫と答えると、嬉しそうに彼は笑った。
ゆっくりと少しずつ口に運ばれる。
食べると彼が安心したかのような笑みを浮かべる。
森羅はそれがたまらなく嬉しかった。
それでも、何度か食べると、それ以上は食べられなかった。
残ったのはもったいないので勠路が代わりに食べた。
それもまた嬉しそうなのが、森羅を元気にさせた。
「…でも、お主、ここに居て平気なのか?」
「あぁ、一晩は居られるようにしたからな。」
「本当に?」
「俺がここに居て困るのは監視達。どんな手を使っても俺を守るさ。」
それでも浮かない顔の森羅。
勠路は手をのばして頭を優しく撫でる。
「なんだよ、俺が居たら嫌なのか?」
「そんなことない!ここに居て!!」
彼の冗談に必死になって彼の体にしがみつく森羅。
そんな彼女の額に口づけを落とし、ここに居るよ、と答えた。
「勠路が大丈夫なら、それでいい。
お願い、ここに居て、どこにも行かないで。」
「わかった、わかった。居るから安心しろ。そんなに怖がるな。」
ふと、体を離したのは森羅のほうだった。
「勠路にずっと触っててもいい?
一晩中は嫌?少しでもいいから…。」
頼むから泣きそうな顔をしないでくれ。
と、彼は心底思ったが、口にはださず、彼女を抱き寄せた。
「だから、嫌だなんて言ってないだろ?いくらでも触ってていい。
何が足りないかわかるかもしれないしな。」
すると森羅は彼に抱きつく。
いつもの情報収集では無く、ただ抱きつくだけだった。
「情報収集しないのか?」
「これがいい。これが1番落ち着くの。」
そうかと言って、彼は彼女の髪を指ですき始める。
森羅は時々、彼の表情をうかがって笑顔を見ては安心したように腕の力を強める。
勠路は壁にかけられた布を眺めながら、いい方法が無いものかと思案する。
ここに居られるのは一晩限りだ。
その間に、森羅が描けるようにならなければと…。
そしてふと思い出す。森羅がいつもしていて、今回はしていない事。
ゆっくりと森羅の体を起こさせる。
彼女は何だ?という顔で見つめる。一方の勠路は腹をくくった。
「………森羅、一度だけだからな?」
「なに、が………。」
そう一言呟くと、彼は立ち上がり、自らの衣服の帯を外した。
そして次の衣服も脱ごうとした時、森羅の手が彼の両手を掴み、止めたのだ。
「それは駄目だ!」
「何故だ?脱げって言ってたじゃないか。」
「嫌だ!勠路が嫌がる事はしたくない!!」
必死な彼女の表情に、どこか嬉しく思った。
そして、たまらなく愛しく思えた。
勠路は彼女の両頬を優しく両手で包むと、ゆっくりと言う。
「嫌じゃない。」
照れたように、言う彼の表情に森羅が照れそうになる。
そして、ようやく森羅の願いが叶うのだ。
続く




