第16話「すっげぇ気に入ってんだ」
勠路が岩牢城に入所し、およそ一月。
ついにその日はやってきた。
持ち場が変わるのだ。
真戒に持ち掛けても良かったのだが。
囚人は囚人。決まりには従わねばならない。
これ以上、特例として扱われるわけにはいかなかった。
この間の一件で、彼が森羅と関わりを持っていたことが知られた。
それでもお咎め無しという異例の処置をとられたのだ。
あの一件を知るのはごく一部の監視だけではあるのだが、
それにしても、不信感が出てもおかしくない状況で、
変わり無く二人が会えていたのは、やはり真戒の手腕なのであろう。
あれから森羅は、絵を描き続けた。
時々、怯えることがあったが、勠路がその度になだめた。
そろそろ時間をむかえる。
窓から外に飛び降りた勠路は森羅に向かい合い、目を合わせる。
「………大丈夫か?」
「情報はいっぱいもらった。描けるはず。大丈夫。」
どこか、強がっている風にも見える彼女の表情に不安を覚える勠路だったが、
そっと彼女の耳元に一輪の花を飾る。
「これから寒い時期になる。なるべく食事はとって、温かくしておくんだぞ。」
「大丈夫、真冬に野宿したけど平気だった。」
その答えに、彼は森羅の額を軽く指ではじいた。
むっとした彼女の顔は確実に痩せていた。
1番、精神的に痛みを受けたせいだろう。
普段以上に食事をとらなくなった。
「お前が平気でも、俺が心配する。」
その言葉に、森羅は目を丸くし、生まれて初めて頬を赤に染めた。
「なんだよ…。」
その態度に、勠路も顔を赤くする。
「い、いや…、たぶん、これが"嬉しい"ってことなんだろうな。」
戸惑いながらも、少しずつ感情というものを理解する。
彼女の成長に喜びを感じる勠路はまるで親の気分だと、彼女の頭を撫でた。
それじゃ、と言って忘れずに鉄格子をはめ込み、
笑顔を見せ背を向け、寝床へ帰っていく勠路。
「勠路!」
森羅に呼び止められ、振り返る。
「私は世間知らずだけど!
でもっ………お主の心が天のように広いことは知ったぞ!!」
ぽろぽろと涙を零す彼女に今一度近寄り、額に口づけを落とす。
「天は大袈裟だ。」
涙を指先で拭いながら、笑みを浮かべる。
「それに、今生の別れのような言い方をするな。
言ったはずだ、お前の知らない世界を案内してやると。
ここを出たらまた会おう。な?」
ゆっくりと頷く森羅に「もう泣くな」と一押しし。
ようやく勠路はその場を離れた。
彼の姿が見えなくなり、床に座り込む森羅。
『―――嘘をついた。』
生まれて初めて嘘をついた。
彼にもう一度会う日は来ない。
わかっていながらも、嘘をついてしまった。
心が酷く痛んで涙が止まらない。
こんなにも苦しいものを知ることになるなんて。
一晩中、悲しみで泣き続けたのだった。
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「おう、お帰りー。」
「ただいま。」
牢に戻ると映錬がいつものように声をかけてきた。
そこに想嵐は居ない。
あの事件が起こり、別の牢に隔離されたのだ。
映錬はたいそう心配したが、
答えようとしない勠路の様子に、それ以上の追求はしなかった。
夕食を口に運びながら、いつも以上に味気無いと想いにふける勠路。
そんな彼に映錬は彼に話しかけた。
「なぁ、勠路。
お前はいつも何かを背負ってる顔をしてるな。」
彼の突然の言葉に驚いて動きが止まる。
「俺なんかは、女のケツ追っかけて、気が付いたらここにいれられたんだが…。」
んーと真剣な顔して話し出す彼の真実は、
あまりに彼っぽくて、思わずふっと笑みがこぼれた。
そんな彼の笑みを映錬は見逃さず、笑顔で彼を見つめた。
「想嵐のことを話さないのは、理由があってのことだろうな、お前は頭がいい。
あ、顔もいいがな。あと、性格も俺の次にいいくらいだ。」
胸を張る映錬に、堪えきれず笑いがこぼれてしまう。
すると、急に心配そうな表情を彼は見せた。
「神女様の事も………そうだな。
たぶん他にもいろんな事を背負ってんじゃないかと、俺は思うわけだ。
だけどな、俺はお前のことも想嵐のこともすっげぇ気に入ってんだ。
そんな奴らに曇った顔はさせたくねぇ。
だから…だからよ。
せめて俺の前ぐらい、背負ったもん置いて、力を抜いて寛げよ。」
映錬は勠路の眉間のしわをぐいーっと伸ばす。
そして、
「お前はもう少し、力を抜いて好きなように人生を過ごせ。もったいないぞ。」
と、付け足した。彼の言葉に勠路の気持ちはすっと軽くなる。まだ話は続く。
「それに、お前が落ち込んでいたら、きっと神女様が淋しがると思うぞ。俺なら淋しい。」
ふと、どこかで似たようなことを言われたことを思い出した。
「映錬は森羅に似てるな、少しだけど。」
「し、神女様に~!?ど、どこがだ!?」
彼の大袈裟な態度に、またも彼女の姿を思い出し、声を出して笑った。
少し落ち着いて、勠路は本心を口にする。
「お前が居てくれて嬉しいよ、映錬。」
「おう!」
無邪気な笑顔を見せる。
きっと、こういう明け透けない所が彼女を思わせるんだろう。
勠路はそんな風に感じた。
「ところで勠路、神女様ってどんな方だ?
やっぱり、小難しい方なのか?」
「そうだな、一言で言えば…天真爛漫…いや、破天荒……う~ん、我が儘………。」
「どっちにしても、難しいみたいだな。」
夜更けまで話して聞かせた。
こういう好奇心旺盛な所も似てる。
そして、彼の存在に感謝したのだ。
続く