第14話「私の家族は皆」
ただ一人、森羅の描いた絵に魅入られ、心が病んだ人物。
―――――それは鈴葉の父親だった。
二つの宝とも言えるべき絵画を手に入れ、
才ある婿も誇るべき愛娘がいる。
仕事もほとんど手放しの状態で、人生を楽しんでいる。
これも全て、この絵画がある故。
だが、ふと誰かに奪われてはどうしようという気分になった。
この幸せな生活はどうなる?そんな恐れが徐々に彼を蝕んでいった。
最初は絵画を他人の目につかないような場所に移した。
その次は家族すらも目につかないようにした。
そして、やがて絵画を見たいという愛娘のことを疑い出した。
だが、愛娘と婿を見ていると二枚の絵画を思い出す。
二人の幸せを見ていると、老いていく自分が孤独のように思えた。
それが狂気に変わった。
ある日、仕事を終え自宅に帰ってきた想嵐。
いつもと様子が違う事に気が付いた。
誰も出てこない。
広い家内を歩き回り、たどり着いた先は絵画が飾ってある部屋。
普段は誰も入れないその場所が開いていた。
そっと扉に手をかけると、それはいとも簡単に開いた。
目に入ったのは、血まみれで倒れている子供と愛すべき妻。
そして、火を片手に持つ、返り血を浴びた義父の姿。
義父は想嵐の姿を見て、かっと目を見開き叫ぶ。
「これはわしの物じゃぁぁあ!!!」
火から手を離す。
止めようと体ごと飛び込んだが、間に合う事は無く。
すでに燃料がまかれていたのか、
火はあっという間に燃え広がり、辺りは火の海と化す。
義父の体はすぐに火に飲み込まれた。
手を伸ばした先に掴んだのは、変わり果てた姿の妻の腕。
どうしても彼女は、彼女だけはと引き寄せる。
だが、天井が崩れ落ち、子供も彼女の姿も全て炎の中へ。
叫びながら火の中を手でかきわけるも、何も見えない。
覚えているのは、"龍の飾り"をつけた人間に、引っ張られ、
気がつけば外で呆然と燃え盛る我が家を見ていた事。
何もかもが燃えて行く。
帰るべき温かい家、美しい絵画、何より愛してやまない世界で大切な家族。
全てが炎に、闇の中に………失われて行く。
子供達の笑い声、義父の頼もしい背中、そして愛する妻の優しい笑顔。
その全てが失われる。
泣き叫ぶ想嵐の心が闇へと染まる。
そして、最後に見えたもの。
それは絵を描いた森羅だった。
彼は力の全てを出して走り出した。
彼女が宿泊している場所まで、何も考え無かった。
ただ、宿の中に駆け込み、彼女の部屋に飛び込んだ。
突然の彼の来訪に驚いた森羅だったが、火傷を負った両手、
瞳孔が開いている想嵐の状態に、寒気を覚えた。
彼女の姿を見た彼は笑みを浮かべ、涙を流し話す。
「………お伝え、したいことがございます…………
妻が亡くなりました………義父が、絵にとりつかれ……子供達もみなっ……」
全てを言う前に、森羅の細い首に手をかけ、締め上げる。
「私の家族は皆っ!!!」
泣き叫びながら、力を込める。
抵抗も出来ずに苦しむ森羅だったが、やがて騒ぎを聞き付けた、
役人達が駆け込み、想嵐は取り押さえられた。
こうして、彼は岩牢城に連れて来られた。
そして、今また森羅の首に手をかけ、締め上げる。
「まだ…まだ…、絵を描かれるのですか!?
今度は勠路を殺すのですか!?
これ以上、また命を奪うのですか!?
私の家族と同じように!! 心や魂を奪うのですか!?」
ぎりぎりと締め上げられ、徐々に意識が遠退く森羅。
泣きながら、まだ描くのかと呟き続ける想嵐。
もう駄目かと森羅が諦めかけた瞬間。
体が軽くなり、苦しさが消えた。
大きな音と共に目を開けると、そこには勠路の顔がある。
彼は解放され咳込む彼女を強く抱きしめた。
「何故だ!何故邪魔をする!?」
勠路の姿を目にし、怒声を上げる想嵐。
だが、彼に向けた視線は冷静そのもの。
そして、勠路はゆっくりと口を開く。
「お前の家族が死んだのは森羅のせいでは無い。
…………己の心の弱さのせいだ。」
その一言に、涙が溢れる。
悲しみが憎しみとなって溢れる。
この感情をどこにぶつければいいのかわからず、悔しさだけが、溢れる。
すぐに監視達が訪れ、泣き叫ぶ想嵐を押さえ付け、別の場所へ連れて行った。
そして勠路は、森羅を抱きしめる力を強くした。
彼女は「もう描きたく無い」と初めて涙を見せたのだった。
続く




