第13話「世の中の摂理」
森羅は鳳凰を描いた後、不死鳥を描いた。
それは鳳凰を買い取った豪商の愛娘を見て、気に入ったからである。
娘の名前は"鈴葉"大人しく、心優しい女性だった。
森羅の情報収集にもなんら躊躇いなく、提供出来るような性格も持ち合わせており。
その躊躇いの無さに森羅のほうが驚いたが、
「自分の望みのものを描いていただきますのに、
森羅様が望みのものを頂けないのは、
世の中の摂理を捩曲げるものですわ。」
と、笑顔で話した。
そして、彼女が鳳凰の絵を眺める視線が
たまらなく優しいことも、気に入る理由だった。
「森羅様、この鳳凰も私と同じ方法でお描きに?」
「そうだ。これは男だがな。」
「きっと、とても優しい方でいらっしゃるのですのね。」
森羅も鈴葉を気に入っていたが、鈴葉も森羅の事を好いていた。
お嬢様という身分のためか、彼女の周りはよそよそしさがあふれている。
それを鈴葉自身、さびしく思っていた。
だが、森羅は人懐っこく、身近で明け透けなく接してくる。
それが、鈴葉にとって喜ばしいことだったのだ。
ある日、画材を調達するために、街へ鈴葉と共に出掛けた。
森羅はついでと、鈴葉に「鳳凰に会ってみるか?」と誘ってみた。
鈴葉はたいそう喜んで返事をした。
案内した先は"体売り"の店。
鈴葉自身、話には聞いたが来るのは初めてのことだ。
だが、店の周りは大騒ぎ。
豪商の愛娘が森羅万象と一緒にやってきた。
名だたる著名人がこんな場所にお忍びでも無く堂々とやってきた。
森羅はともかく、純粋培養のお嬢様だ。
なんて方を連れてきたのだ、と店主も大慌て。
当の本人である森羅は専らそんな世間体など気にしない性である。
鈴葉に至っては、まるで社会見学のようにまじまじと辺りを見渡す。
そんな二人の話を聞いて1番慌てたのは、目的の人物の想嵐だ。
彼は物凄い勢いで出てきたかと思うと、
二人の手を引っ張って急いで店から離れた。
周りの人間は想嵐の懸命な努力に賛同の拍手を送ったとか、送ってないとか。
近場の菓子屋に二人を座らせた想嵐は注文を終えると、
自分も座り、森羅を叱り付けた。
「お前に会わせようと思ってだな。」
「それなら先に文をよこすなり、何なりしてくだされば良いでしょう!?
何をあんな場所に大切になされてる方を連れて来られるんですか!!」
「あんな場所とは失礼な。
きちんとした金の流れる立派な職場ではないか。人を喜ばせるのだぞ。」
「だからと言って、誰でも彼でも体を重ねるんです!
純粋なものでは無いことぐらい理解してください!!」
「私はしてない。」
「あんたは別です!!」
ふて腐れながら菓子を頬張る森羅にらちのあかない説教で疲れる想嵐。
しばらく二人のやり取りを黙って見ていた鈴葉だったが、やがて声をあげて笑い出した。
むきになった自分を恥ずかしく思う想嵐だったが、
あまりに鈴葉は楽しそうに笑うので、つられて笑い出した。
森羅は何が楽しいのかわからず、菓子を頬張り続けた。
これが二人の出会い。
それから何度か会ううちに、やがてそれは恋に変わる。
最初、鈴葉の父親はもちろん反対をしかけたのだが、
彼女がいっそう元気になったのと、実際に想嵐に会った時の聡明さに驚いたこともあり、
僅かな間に二人の仲を認めた。
流石に職業がと、想嵐に自分の仕事を手伝わせたところ、
これまた周りが一目置く才能を見せた。
だからこそ、結婚もすんなりと決まったのだ。
鳳凰と不死鳥を象徴に、一族は栄えた。
想嵐も家族と共に過ごせるようになった。
愛する人との間に子供も出来た。
順風満帆で幸せな日々だった。
不死鳥が完成して姿を消した森羅だったが、
彼女から結婚の祝いの文を送られてきた事は本当に驚きだった。
森羅は二人の姿を見て、“幸せ”というものを少し学んだのだ。
そして、しばらく経った後で、森羅が再び二人の住む街にやってきた。
特に理由があるわけでは無かったのだが、
何となく二人に会いたくなったのである。
来訪を告げる手紙を受け取った想嵐と鈴葉はその日を待ち侘びた。
だが、悲しい知らせがある。
この時、既に森羅の絵画に魅入られ、
心を病んだ者がいたのだ。
続く