第11話「淋しくてたまらん」
「勠路、今日も神女様のお相手か?」
「あぁ。」
「気をつけなよ、まぁ、悪い方では無いけど。」
「…行ってくる。」
行ってくる。というのもおかしな発言だが、気がつけば日課になっていた。
各々が与えられた仕事場に行くだけなのに、毎朝こうやって声をかけられる。
終わって戻れば「お帰り」だ。
穏やかな日々が嫌なわけじゃない。
ただ、どうすればいいのかわからなくて戸惑ってしまうんだと思う。
ただし、囚人同士だが。
だが、そんなことも気にせず、ゆったりと過ごせるのは、やはり彼女のおかげなのだろうか。
こうやって、過去の記憶も流されて行くのだろうか―――――。
勠路の視線に気が付いて、顔をあげる。
今日は重点的に下半身の情報収集をしていた所。
何だかいつもと違う、隙だらけの彼に戸惑っていた森羅だった。
「………勠路、どうした?」
「ん?何がだ?」
「何だか、様子が変だ。」
「心配しなくても、会話に紛れてお前の手があと少し前に行こうとすれば、すぐに押さえ付けるぞ。」
ぎくりと手を引っ込める。
隙だらけだが、油断は全く無い。
まるで武器を持った手練れの武人を相手にしているかのようだ。
森羅はゆっくりと体を起こし、真っ直ぐに彼を見つめる。
「……嫌なら、嫌だと言え。」
「は?」
するりと窓際を降りた森羅。
拗ねたように背中を向け、体を丸めて座り込む。
「ま、待て、何で…。」
「良い事をしてるわけじゃないってわかってる。
だけど嫌だということを無理矢理したいとは思ってない。
そんなに我慢してまで付き合わなくたっていい。」
若干、泣き声にも聞こえるような、か細い声にため息が出る。
こういう所が駄々をこねる子供のようで面倒臭い。
だが、手放せばいいものを、何故だかかまってしまう男だからこそ性が悪い。
片手で軽々と森羅を引っ張り上げ、自分の体の上に乗せる。
彼女の顔を両手で固定し、きちんと目線を合わせ、真面目な顔で話す。
「お前は"人"というものを知らなさ過ぎる。
よく見ろ、俺が嫌がってる顔をしているか?」
そう言われ、勠路の顔をじーっと見つめる森羅だったが、
しばらくして「わからない」とうなだれる。
益々「面倒臭い」と内心で思うが、仕方なく彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「俺は嫌がって無い。
嫌な時はちゃんと嫌だと意思表示をしているだろ?」
こんな風に、と彼女の手首を掴んで見せる。
ううん、と未だ浮かない顔の森羅。
子供というより、赤子を相手にしてるかのようだ。
「本当か…?」
「本当だ」
その返答に、しばらく悩んだものの、
ようやく森羅は「わかった」と納得したらしく強く頷いた。
ほっとしたものの、それでも曇った表情の森羅を見て、今度は彼のほうが理解をした。
自分を心配してくれているのだと。
「あー…なんだ。ちょっと昔を思い出してたというか。
ここに来る前は忙しい場所に居たから、こうのんびりしてるのが嘘みたいでな。
そんな事を考え込んでいたんだ。」
「…お主は何の仕事をしていたんだ?」
「役所で働いてたんだよ。」
「役人だったのか。」
「まぁ、それなりに良い役職だったしな。」
「それが何でこんなとこにいるんだ?」
ずはりと聞いてきた。やっぱり、子供のような遠慮の無さだ。
だが、勠路にとっては別段嫌な話ではなかった。
「上司を殴ったんだよ。」
「………り、勠路が、殴った!?何で!?」
予想以上に驚かれて、彼のほうがびっくりしてうろたえた。
「いや、まぁ、そうだな。
ある女性が結婚してな、人の物になったというのに、
馬鹿な上司がその人にちょっかいを出してて…
その、つい我慢出来なくて。」
「酷く殴ったのか?」
「いや、一発だけだ。」
「…それだけで、ここに?」
ちょっと気まずくなって、頭をかくが、観念して素直に話す。
「その上司がここの監視の一人と親しいんだよ。
それをいいことに、好き勝手やってたわけだ。」
誰も手が出せなかった。馬鹿な上司を止められずに困っていた。
そして、最終的に勠路が手を下し、今に至る。
「………勠路、何かカッコイイんだな。」
目を輝かせて森羅が呟いた。
こういう態度はかえって困る。
「あ」
「なんだ?」
「もしかして、お主の好きな女性か!?」
「いや………。」
口ごもる勠路の態度に、益々目を輝かせる森羅。
どう言えばいいものやらと悩めば悩むほど、彼女の期待は膨らんでいく。
「姉…のような人かな。」
「姉?」
「俺は家族なんぞおらんからな。
幼い頃から何かにつけてその人が面倒を見てくれたんだ。
仕事だって、その人のおかげで………。」
感謝するべきで、恩返しだってまだだったのに。
己の癇癪で全てを棒に振った。
あの一件以来、一度たりとて口は聞けなかった。
自分の仕出かした事があまりに情けなくて。
それで、想いにふけっていた。
再び、気持ちが沈みかけた、その時。
「それは、さぞかし淋しい想いをされているであろうな…。」
「何故?」
勠路の疑問に彼女は首を傾げて答えた。
「だって、可愛がってた勠路が自分を守って捕まったんだぞ?
私がその人なら、淋しくてたまらん。」
本当に、そう思ってくれているだろうか?
ふとそんなことを考えたが、
彼女が素直にそう言ってくれた事で、何より心が軽くなった。
頭をぽんぽんと軽く撫でる。
喜ぶ彼女は"姉"というより"妹"という感じが近いと思った。
続く