第10話「珍しいものじゃない」
「………勠路、見たい脱いで。」
「駄目だと言ってるだろ。絶対駄目。嫌なら触らせんぞ。」
しょぼんとしながら、彼に触れる。
服の上から、抱き着いたり、手の平で撫でたり。
傍から見れば、じゃれているようにしか見えないだろうが。
これも、森羅にとっては大事な"情報収集"だ。
油断していると、服の中に手を入れられたり、
それこそ、他人に触られてまずい場所まで触ろうとするので、
それはそれは、厳戒体制で向かわねばならない。
本当にこれで絵が出来ているのか不安だが、
壁には大きな布がかけられている。
完成するまで誰にも見せたりしないそうだ。
そのために、彼がいる間は、片時も彼から離れず情報収集している。
時には背中から触れたり、足が触りたいと散々駄々をこねられて、
仕方無しに、鉄格子を外した窓枠に腰をかけて足を触らせる。
どさくさに紛れて、際どい所を触ろうとするので、何度もその手を掴む。
その度にふて腐れるのだが、気にしない。
揚句、服を脱いで見せろと言い始めて、嫌だの一点張り。
真面目に相手にするだけ無駄だと、ようやく学んだ勠路だった。
「一回でいいから!上だけでもいい!」
「欲を出せば全身脱げか」
「いいのか!?」
「話にならん。全部駄目だ。」
ぷうと頬を膨らませる森羅だったが、その手は常に彼の体を這いまわる。
変な話だが、その動きにいやらしい気分になった事は無い。
「じゃあ、私も脱ぐから!な?」
「益々、わけがわからん。何故お前の裸を見らねばならん。」
「けっこう凄いぞ!?」
「いらん、興味無い。」
またもや、しゅんと凹む森羅。
だが、その右手は勠路の手に捕まれた。
「見れないなら、せめて触ることぐらい…。」
「見るも触るも無し。文句言うな。もう来ないぞ。」
それは嫌だとばかりに、彼の体にぎゅうと抱き着く。
恐らく情報収集がてらだろう。
「興味本意で触れたり見たりしていいものじゃない。」
びしっと言い切る勠路だったが、森羅は不思議そうな顔をしながら言った。
「そんな珍しいものじゃないだろ?」
「……………」
「なんだ?私が経験もないとでも思ってたのか?」
「……………」
「絵を描くためなら、私は何でもしてきた。体を売る行為もそれなりにしたぞ。」
常々、森羅のこういう性格が怖いと思った。
何も言わなくても、いとも簡単に人の考えを感じ取る。
「ただ、何でそういう行為をしたがるかはさっぱりわからん。
私に良さはまったく理解出来ないな。」
「………それは、望んだわけじゃないからだ。」
ふっと体を離し、じっと勠路を見つめる森羅。
「望めば、したいと思うのか?」
「あまり難しく考えるものじゃないだろ。」
「難し過ぎて、私にはわからん………。」
考えることをやめて、再び勠路にべったりと引っ付く。
「そういえば、何の絵を描いてるんだ?やっぱり龍か?」
「まだわからん。」
「………真戒に龍を描けって言われて無かったか?」
「私自身、感じたものを描くだけ。
完成しなくては、自分でもわかんないよ。
それに、なんで化け狐の言う事聞かなきゃいけないんだ。」
「お前、責任者に向かってよく暴言吐けるな。」
「同門相手に敬意払ってどうすんだ。」
「同門?」
「私と化け狐は同じ師匠の元で学問や美学を学んだんだよ。
まぁ、あいつに才能なんてなかったけど。」
話を聞いて、絵をたしなむ真戒の姿を想像し、あまりの似合わなさに笑いがこぼれた。
そんな勠路の内心を見透かして、森羅も笑い出した。
続く