第1話「捕まえた」
それは古き国の話電気もガスもないその時代。
富と名誉ある者達が、それぞれの国を治める世の中があった。
争いも少なく、弱き意志が強き意志に逆らえない、そんな世界。
その世界の中でも人里離れ、周りには城下らしい町の存在もなく、
あるのは広大な荒れ地、そこにただ建つ一際大きな城城。
と、言っても、そこに居るは城主と何人もの監視そして、
罰を受けるために投獄された罪人達。
そう、ここは罪人の収容所として有名な場所、"岩牢城"
そして、今日もまた、一人の男がこの城に連れて来られた。
彼の名は勠路。
彼は今日から自室となる牢獄へ続く中庭を歩かされる。
ふと、顔をあげた先に見えた渡り廊下。
そこから見つめてくる視線を感じた。
手摺りに腰をかけ、だらし無く足をぶらさげる。
近くの木の枝に上半身を預けて、猫のようにけだる気に寝そべる。
仕草はまるで幼い子供。
だが、目を見張るほど美しく鮮やかな赤い衣を身に纏う。
そんな、一人の少女が、じっと勠路を見ていた。
彼と目があった少女は、目を細め、口の端をあげ、にやりと笑みを浮かべた。
この瞬間、勠路は心底「嫌いだ」と思った。
第1話「捕まえた」
岩牢城の朝は早い。
まず、囚人達は朝から夜まで働かされる。
食事は食材が与えられるものの、自分達で作らねばならない。
それぞれ、罪状により、階級を決められ、罪が軽い者=階級が低い者ほど、自由が多い。
そして階級によって、与えられる仕事が決まっている。
勠路も階級は低く、彼のいるグループはは庭の掃除や他の囚人の監視などの仕事を受け持つ。
要はたいした罪は犯していない、ということだ。
そして監視も弱い。
ほとんど見張られていない状態で仕事をしている。
仕事と言っても、彼に渡された箒は地上に横たわったまま。
肝心の本人は庭に腰をおろし、ぼんやりと空を見上げていた。
『このまま時が簡単に過ぎてゆけば、思い出すらも消えて無くなるだろうか…』
毎日のようにこの場所で、同じように過ごす。
ここに来る前はそれなりに多忙だった。
朝から晩まで、どんなに片付けても片付かない仕事が山積み。
いい加減に嫌だと思ってはいたものの、
こうも時が流れるのをじっと待つだけというのも、
正直嫌な気分になるものだ。
『後悔は無いが、幸せも無い。』
自分の犯した罪に、一度も悔いたことは無い。
だが、彼の口から出るのは大きなため息ばかりだった。
――――こつん
その時、小石が彼の横を転がって行った。
勠路はなるべく別の事を考え、気に止めないようにした。
だが、まだ小石は投げられる。
それでも、彼は後ろを振り向かなかった。
何故なら、そこにあるのはたった一人の囚人を収容している牢獄。
それぞれの階級によって、一部屋に収容される人数は決まっている。
階級が低ければ低いほど、人数は多い。
つまり、一部屋に一人収容されているということは、階級が最も高い=罪が重い者。
『関わるな、絶対に関わっては駄目だ。』
ここを離れようと、立ち上がったその瞬間。
一際大きな石が、勠路の頭に直撃した。
あまりの痛さに、思わず振り向いてしまった。
というより、悲しきかな、人の性。
流石に頭に来た、いや、頭にきた。
怒りが沸き上がり、怒鳴ってやろうと、牢獄の窓に近づいた。
「おいっ!」
声を出したその瞬間、窓の鉄格子の隙間から、両腕が飛び出し、
がしっと勠路の頭をつかんだ。
「やっと捕まえた!」
格子越しに見えたのは、あの赤い衣の少女。の、万遍の笑顔。
勠路はひと時忘れていた。
この牢獄が、大罪人の牢であることを。
そして気付かなかった。
この少女が、平穏を打ち砕く存在ということを。
続く