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人鬼  作者: EKAWARI
第一章 疾風族の里編
7/19

06.1人目

ばんははろ、EKAWARIです。

今回の話は疾風族の里編最終回、というわけで叔父さんと甥っ子さんメインに据えてみました。

ちなみに、金斗羅の特異能力を具体的に描写していないのはただの仕様です。

次章で金斗羅と夜月族の能力、金斗羅の名前の由来は出てきます。



 ほんとうにわかっていたんだよ。

 ぼくにはうんめいをかえることなんてできないって。

 だっていつだってぼくは、ただやくそくされたおわりをみる、それだけだったんだから。

 それでも、それでもね、なにもしないのもやっぱりいやだった。

 それだけなんだよ。






 06.1人目



 自分よりも3歳ほど年上だった妻は、やはり当然の帰結のように、自分よりも早い寿命を迎え、ベットに深く身を沈めながら、目を細めて拙者にこう言った。

「ごめんなさいね」

 そう、本当にすまなさそうに口にして、うつらうつらと彼女は言葉を紡いでゆく。

「貴方を1人にさせてしまう」

 妻との間に生まれた子供は全部で6人いたが、全て女の子ばかりで、その末の娘もあと3ヶ月もすれば嫁に行くことが確定していた。

 そっと妻の手を握る。

「そんな心配、そなたがすることではない。拙者は大丈夫だ」

 安心させるように微笑みかけてそう口にしたのに、妻は更に悲しそうに顔を曇らせて「貴方は、寂しがりだから」といって泣きそうな顔で笑った。

 妻とは幼馴染で、はとこだった。当主の跡継ぎ兄弟の遊び役として幼い頃から一緒に育てられた。

 才能に溢れた兄と、長の息子とは思えぬほどに風の才に恵まれていなかった弟。自然と比べられることが多い自分達に、そういう感情を持ち込まずに接したただ一人の女の子。

 容姿は並だけど、笑えば愛嬌があって可愛くて、年上なのに天真爛漫で子供っぽい、かと思えば大人のような聡さも時には持ち合わせていた彼女に惹かれたのはいつだったのか。でも、告白してきたのは彼女からだった。

「あんたは、寂しがりだから、だから私がずっと一緒にいてあげる」

 体の大きさと身体能力を除けば、全てにおいて兄に劣っていた拙者にとって、それが唯一、兄よりも自分を選んでくれた者の言葉だった。

 勿論、兄者のことは尊敬している。だけど、彼女が自分をとってくれたから、1人でも兄よりも自分を肯定してくれるものがいたから、だから拙者はあまりに違いすぎる兄をそのときになって初めて素直に認められるようになったのだ。

 そうだ、自分は決して強いわけではない。そのことは自分自身よく知っている。

 でも、それでもいいのだと、彼女が自分を認めてくれたから、だから自分はこれでいいのだとそう思ったのだ。自分にとって彼女はそういう人だった。

 その、彼女の人生ももう終わる。

「ごめんなさいね・・・緑爆ロクバク。出来たら貴方が・・・」

 その続きを彼女がいうことはなかった。まるで眠るように、まどろみに身を落とすように、そんな風にして彼女は死んだ。

 葬儀は慎ましく行われる。末の娘も僅かな間だけ参列して、すぐに未来の婿殿の下へ向かった。もう、この家への興味など失せたかのように。振り返りもせずに未来だけ見て、娘は通り過ぎていく。

 それぞれの未来を描いて過去せっしゃを置き去りにする。

 灰になってまかれた妻の亡骸、白く染まった妻の遺髪を祭壇に置いて、広い家で1人。

 かつて賑やかだったはずの家に1人っきり。

 ・・・ああ、寂しいな。

 1人は寂しい。

 1人は虚しい。

 1人は、苦しいなあ。

 1人は、辛いわな。

 がらんどうの部屋。誰も迎えてくれるもののなくなった家。そうして、外に目をやって、嗚呼と思った。

 萌黄色の三つ網をたらした幼子が1人、そこにはいた。

 幼くして、母を亡くした萌黄詞。兄の息子でありながら、その生まれ持った異能を不気味がられ、大勢の大人に囲まれていながら、独りっきりの子供。

 兄は萌黄詞を愛している。だが、兄にとって優先するべきは子供ではなく、疾風の民と里なのだ。長というのは、総じて忙しい。いくら愛情をもっていようと其れを示せるかどうかはまた別なのだ。

「バクおじぃ」

 無表情、無感動にすら見える声と表情。子供らしくないと、不気味だと里人が言う其れ。だが、それは里人に心を傷つけられ続けた優しいこの子が受けた、心の傷の深さをあらわしたものなのだ。

 滅多に逢えぬ父親の代わりのように、そっと控えめにすがり付いてくる小さな手。

 そうだ、この子と自分は・・・同類だ。

 そうさな、1人は寂しい。1人は虚しい。

 だから、そのすがり付いてくる小さな手をとった。その手は拙者にとっても、救いであったのだ。

 2人なら、寂しくはないなぁ。

 1人で生きていけるほど人は強くはない。人をベースに人から生まれた人鬼もそこは同じなのだ。

 拙者はこの小さな甥っ子に救われた。たとえ無才な身だとしても、それでも、この子、萌黄詞を守ろう。共に生きよう。老い先短い身の上だけど、それでも縋りついた手を離したくはなかった。

 それだけだった。

 それでも、それで充分だった。誰かを守ろうと思うのに、それ以上は必要なかった。


                 * * *


 翠の衣をなびかせて空に浮かぶ、萌黄色の三つ網と、額に緑のバンダナを巻いた幼子。年端も行かぬ幼さだというのに、その子供は歳に似合わぬ才を顕わに、緑の竜巻を従えて疾風族の里を見下ろしていた。

 すっと、指を立てる。そして、その小さな人差し指を、無感情な顔をしたその幼子、萌黄詞は、黒髪の男に向かって指差した。

「ッ!」

 ゴゥッ、とそんな耳を劈くような風の圧縮音を立てて、萌黄詞の手から生まれた竜巻は男に向かって飛ぶ。それをすばやい跳躍で避け、黒髪の男、金斗羅は、巨大竜巻から逃れようと、複雑に入り組んだ路地と家々に向かって駆けた。

 風の暴力、圧倒的な異能の力で生まれた其れは、家々を飲み込み、薙ぎ倒して進んでいく。

(なんて、無茶苦茶だ)

 人工的に創り出された超自然物。矛盾しているようだが、そうとしか言いようのないその力はとんでもないものだ。こんな現象を操るのがこんな小さな子供だというのは一体何の冗談か。

 空に浮いたままの萌黄詞の手から次から次へと竜巻たちが生み出され、それは猟犬のように金斗羅を追っていく。里中無茶苦茶だ。そんな、一歩間違えれば確実に風の餌食となる状況で、金斗羅は今更ながらに覚悟を決めた。

 あの子供を殺す。

 だから、金斗は飛んだ。金皇鬼を右手に、左手は空手で、幼子が今放った竜巻に向かって飛んだ。

「・・・ッ」

 萌黄詞は驚きにだろう、無表情な顔で、僅かに目を見開く。それを見ながら、金斗羅は竜巻のある一点に向かって真っ直ぐに金の短剣を突き刺し、そのまま、それを軸に竜巻の真上に向かって飛んだ。ガッと、風を作り出す間もなく、刹那に現れた黒髪の人鬼におさげを掴まれ、大人の男をも支える重さに耐え切れずに風の加護を失い、地上に向かって落下していく。その最中、金斗羅は右手に金皇鬼を手にして、今すぐここから逃げ出したい自分の気持ちと戦いながら、慈悲のように目を瞑った。だから、走りこむ陰も見ず、地上に着いたときがこの子供を殺す時だと、そうそんな覚悟を決めていた。

 そして、刃を肉に沈ませる。

「バクおじぃ・・・っ」

 抉ったのは、左手で握りこんでいた三つ網の主ではなく、緑爆の割り込んで入った左手の掌だった。

 ぶちぶちと、千切れる音がする。皮膚が千切れている。掌のど真ん中に金の刃を受けながら、そのまま根元に押し進むようにして、大男は金斗羅に向かって手を突き出し、身体を捻って、金斗羅の腹部をけりつけた。

 無茶な姿勢で打ち出された其れは、本来の威力までは発揮されなかったが、体重がのった豪足を前に、金斗羅は5mばかり飛ばされる。反動で、幼子の髪も手放した。

「ぐっ・・・」

「おぬしは・・・」

 血反吐を吐くようにして、緑爆は怒りの声を上げた。

「おぬしは、どこまで下種なのだ!このような、幼子に手をかけようとは、恥を知れっ!」

 カッと、いつも細めている目を見開き、動かない右手や、右肩や左手のひらから流れる大量の血もそのままに、それでも緑爆は戦意を漲らせて、型を取り、そしてそのまま風の刃を纏って男は駆けた。

「ゥォオオオオオーー・・・!!」

 最期の命を燃やすような大音声を上げて、男は駆ける。それを見て、金斗羅は思い知った。この男は本気だ。止まる気などないし、自分を本気で殺しにかかっていると。そう、だから、金斗羅が己で考えるよりも先にその右手が動いた。

「だめ・・・っ」

 大男を殺す為だけに放たれた無我の一閃、それを風による瞬間加速によって入れ替わるように受けたのは、幼子だった。いや、その表現は正確ではない。その無意識によって放たれた金斗羅の一撃を前に、幼子は入れ替わりにすらなれなかった。

 刃は萌黄詞の肺ごと、庇おうとした叔父の緑爆を貫いていた。

 二対の金の瞳が動揺に揺れながら、萌黄詞を見る。叔父のごつごつした戦士の手が優しい動きで萌黄詞の白い頬に這わされる。

「萌黄詞、何故・・・」

 信じられないような、喪失感に襲われた目をしてそんな言葉を漏らす叔父を前にして、萌黄詞は、ああやはりこうなっちゃったかと、そう思った。

 たとえ、運命を変えようとしてもこの結末になることはかわらない。そのことは昔っからずっと、誰でもない萌黄詞自身が何よりも知っていたこと。

(それでも、それでもね・・・)

 かわらないかもしれないけど、それでもやっぱり何もしないよりはよかった。

 これで、よかった。

 きっと、なにもしなかったら、それこそ自分が許せなかったから。

「バクおじぃ・・・」

 必死に手を伸ばした。ひゅーひゅーと、息が漏れる。自分の声がちゃんと発音できているのか、自信がない。がたがたと震える指で大きな叔父の体を目指して彷徨わせる。指の感覚がもう遠い。

(ごめんね)

「ぼくもね・・・まもりたかった・・・よ」

 いつも自分を守ってくれた大きな背中と手が好きだった。自分とはまるで違う優しい笑顔が好きだった。沢山のものを貰ってきた。嬉しかった、楽しかったよ。でも、もう返せない。

 もう、自分は何も返せない。

(ぼくはね、バクおじぃを、ぼくもね、まもりたかったんだよ)

 いつもまもってくれたぶん、それをありがとうをかえしたかった。

 ほんとうはわかっていたよ、この結末も。

 でも、それでもぼくもバクおじぃのように戦って守りたかったんだ。結末がわかっているからって諦めるのは、それはとても嫌だったんだ。もう、諦めるのは嫌だったんだ。疲れたよ、苦しいよ、逃げたくないよ。もう、取り残されるのは嫌だ。

(ごめんね)

 嬉しくてもね、悲しくてもね、顔に出せなくて、でもバクおじぃだけが気付いてくれた。そんなこととか、母が死んだ夜、忙しい父や、それまで可愛がってくれたのにどこかにいってしまった女の人たちと違って、ただ1人何もかわらず、自分の頭を優しく撫でて一緒にいてくれたこととか、凄く嬉しかったんだよ。伝えたい言葉は沢山あるんだよ。いっぱいのありがとうをあなたに伝えたい。

 でも、もうその術はない。

 目蓋が重い。重い。視線がぼやける。もう見えない。ここで目を本当に閉じたらもう、本当にお別れだ。そのことを誰より萌黄詞は知っていた。

 ああ、伝えなきゃ。これだけ、これだけは伝えなきゃ。

「あり・・・・・が・・・・・・・・・・と・・・ぅ」

 ぽとりと、伸ばされた紅葉のような手が力を失い、地面に落ちる。

 今年6歳になったばかりの子供はもう、事切れていた。

「ぁ、あ」

 死体なんて何度も見てきた。それでも、緑爆は喪失感を隠せず、声を低く漏らして、そして激情のままに、血まみれで穴の開いた左手を握り締めて、大男はなんの戦術も考えることすらなく、甥っ子を死に追いやった男に向かって殴りかかった。

「ぁああああーーー!!」

 いつの間にか、とても静かに涙を一筋流していた金斗羅は、これまた何一つ考えることもなく無意識に任せるままに、今死んだ子供に刺さっている刃を抜いて、それで緑爆の首を両断した。

 さくりと、まるでスイカを切り落とすかのような身軽さで、大男の首と胴が離れる。

「あ・・・・・・」

 本当に、そんな風にあっさりと、彼らの生は終わった。

 軽い、刃はあまりに軽い。命はこんなに重いはずなのに。

「・・・ぐ」

 唐突に、吐き気がこみ上げてきて、金斗羅はその衝動のままに胃液を吐いた。

「が・・・・ふ、ぅ・・・っ」

 気持ちが悪かった。胃の中が気持ちが悪かった。

 人間ならば、これまで食べる為に何度か殺してきた。赤子のほうが肉も柔らかいし、あとくされもないからと、殺して食べたことが何度もあった。

 だけど、だけど・・・同族を殺すのは、人鬼を殺すのは文字通りこれが初めてだった。

 人鬼は人間から生まれた。人鬼自体、人間をベースに造られた人造亜種で、価値観や寿命や他にも色々違いはあれど、それでも言葉も通じるし、知能も同程度で、近い生き物ではあった。だから、長を殺す事だって、胸糞悪くても大丈夫だと思った。だが、大違いだ。どんなに近いようでも、人間と人鬼は別種の存在。その同族を、俺は殺した。その事実は思わぬ以上の圧迫感となって金斗羅を蝕む。

 吐き気が止まらない。無様な姿を晒しながら、心のままに金斗羅は吐き続けた。

 それを青色のまなこが、観察するように無感動に見続ける。

 音もなく、匂いもなく、美しい容姿をした小柄な少女は、もうただの死体になりさがっただけの幼い子供の頭をぐしゃりと踏みつけ、血まみれ首なしで転がる大男の腹を椅子代わりにして腰をかけ、そして金斗羅にむかって「気はすんだ?」そんな言葉を、くすりと笑いながらかけた。

 血の気の引いた顔をして、金斗羅はそんな少女・・・青雷を見る。

「酷い顔。あーあ、男前が台無しだね」

「オマエ・・・」

 ちゃかすような声をかけ、猫のような笑顔でくすくすと笑う少女に、怒りと屈辱と嫌悪と侮蔑がない交ぜになったような声を漏らす金斗羅に対し、「なんて顔をしてるの」なんていって少女は楽しそうに青年を観察した。

「命じたのはボクだけど、やったのは金斗だよ」

 くすくすくすくす、と少女は笑う。

「そんな風にする資格、ないんじゃない?まさか、これで旅やめるなんて言わないよね・・・?ま、村を破壊したのは殆どあの子だけど、疾風族を金斗が壊滅させたーって噂すぐひろまると思うし、まさか金斗、にげられるなんて世迷い事は考えてないよね?」

 この手は、既に紅く染められた。そのことを嫌が応にも少女は自覚させる。

「感傷タイムは、そろそろ終わりにしなよ。そら、彼らがやってきた」

 ぞろぞろ、ぞろぞろと緑爆の命を聞いて、一度はひいて隠れていた疾風族の戦士たちが武器を手に現れる。

「さっさとしないと囲まれちゃうよ?」

「・・・乗れ。逃げるぞ」

 ぼそりと、感情も血の気もひいた声でそう青雷に言葉をかける。

「なんだ?戦わないの」

 えー、残念なんて能天気にすら聞こえる愛くるしい声でかけられる声を無視して、金斗羅は疾風族の里を後に駆けた。

 もう、何も考えたくはなかった。




  続く




というわけで、疾風族の里編でした。

次回は、登場人物プロフィール②で、萌黄詞と緑爆の紹介になります。

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