05.風使い
ばんははろ、EKAWARIです。
バトルシーンは好きなんですが、書くのは下手でまいります。
そんなわけで緑暴×金斗羅のバトルがメインの回。
多分、次回で疾風族の里編は終了です。
個人の器を越えた力を与えられ、それが苦痛なのだとしたら。
それはもう、きっと呪いだろう。
05.風使い
はぁ、はぁと息を切らしながら、表情に乏しい年端もいかぬ幼子・・・疾風族の跡継ぎたる少年、萌黄詞は里の中を駆けていた。
自分が行ってもどうにもならないことは、誰に言われるでもなくわかっている。
だって、あれは「災い」そのものなのだ。あれは、人鬼を滅ぼすために生まれた生命。生まれながらの不吉。思えば、あれが人鬼を滅ぼすことを予言したのがそもそもの始まりだった。
里で未来視をもつ自分の異能のことを気味悪がられてはいるが、未来視の異能もちは何も自分だけではない。アレが人鬼を滅ぼす「災い」であることを予見したのは、萌黄詞の他に2人。水龍族の巫女と、土石族の翁もまた、予見した。
だから、人鬼の4部族長は互いに連絡を取り、密かに旅立ったのだ。『災いを封じてくる』と。
思えば、運命を捻じ曲げるような言葉を発したのはあれが初めてだった。その結果はどうだったか。
あれほどまでに強かった大きな父親は、内部からボロボロになって帰って来た。それは呪いなのか病なのか。他の部族長の顛末などはしらない。それでも、父親である先代当主である緑栄のその姿を見るだけで容易に想像はついた。
そして、捻じ曲げられた運命は、今形を変えて自分たちの前に現れた。『金斗羅』という、最も原典に近しい人鬼を駒にして。
いうなれば、シナリオを描きなおしただけでしかない。
金斗羅、鬼人の末裔、彼の者の再来とかつて謳われた神童。土石族伝で聞いた噂。6年に1度、鬼人の末裔部族のうち12の部族で執り行われる交流試合大会。参加者は7~13歳の子供のみ。ルールは、異能でも武器でも何でも使っていい。殺す以外の方法で相手を圧倒し、気絶させるか、殺す手前まで追い込めば勝ちのトーナメント式の他部族合同試合だ。それに夜月の代表として7歳で参加した金斗羅は、最も若かったにも関わらず、1つの傷も負うこともなく優勝したのだという。
そんなことは、交流試合が行われるようになってからの約60年、初めてなのだと、そんな噂があった。11年も昔のことなのに、今でも伝説として語り継がれているような噂が。
そして、10年前の夜月族の滅び。それは、地上に滅多に寄越さぬ筈の人妖を、ありったけ集めぶつけた末の結末という。それにただ一人生き残った、黒髪の人鬼。金斗羅の名を知らぬ人鬼などいない。
異端。人鬼の世界において彼ほどの異端はそうはいない。
それを駒にして、何をしようとしているのか。理由なんて教えられることも無く、あれを予言した萌黄詞には痛いほどわかっている。
災いが形になったもの。それが、あの人妖の正体。いや、あれは確かに人妖ではあるけれど、どの人妖とも違う、全く異なる存在。いうなれば王。人妖の王。おそらくはきっと、「人鬼」を作ろうとしたものが、最も望んだ形に近しいモノ。
生まれついての、バケモノなのだ、つまりあの少女は。
今はまだ、極小の力でしかない。けれど、封印が解き放たれたら、その時は・・・もう、あれを止められなくなる。
でも、自分にとってはそれは終わった後に起こる話だ。自分がいなくなった後に起こる話だ。
大切なのは、今。
だから、駆ける。どうしようもない未来をその金の瞳に宿しながら。
何故、こんなことをしているのだろう。そんな自問自答を繰り返していた。空白。身体は心などおかまいなしに、ただ反応する。
「はっ!」
風を纏った拳が岩をも砕く勢いで迫る。それを黒髪の人鬼の青年は、無我の境地のまま、空中でバク転して避け、次いで息継ぐ間もなくおそいかかる風の刃を、手にした金皇鬼をもって振り払う。
「・・・!」
確かに切り裂いたはずだったそれを受けて、ぱくりと頬に一筋の傷がついた。見た目より深いにも関わらず出血は殆ど無い。
「そうか、アンタ・・・カマイタチ使いか」
ぺろり、指に唾液をつけて裂けた頬を拭いた。しゅう、と傷は見る見る間に塞がっていく。それを飄々とした顔のまま見ながら、男は「左様」とあっさり口にした。
「して、それがわかったところで、問題でもあるのかね?」
言いながら老年の戦士は駆けた。風の刃を纏った右腕で抉りこむような突きを繰り出す。そも、カマイタチ使いである男の拳は当たらなくても十分に凶器だ。拳から飛ばされた風が四方八方を切り裂く。それをわかっていても、それでも金斗羅の様子はかわらず、まるで軽業師のような足取りでステップを踏んで避け、金色の短剣をふるった。
「ああ・・・仕組みはわかった」
「何・・・?」
緑暴による猛攻はいまだ続いている。にも関わらず、淡々と、なんでもないことかのように、金斗羅は口にした。
「アンタ・・・長じゃねえな」
その時、金斗羅が何をしたのか、それは・・・緑暴にも見えなかった。そう、まるで川の流れに乗るかのように、彼の動きはあまりにも自然すぎたから。豪腕を繰り出す緑暴の懐のうちに、飛び込んできたのだこの青年は。カマイタチを起こす風の刃は放たれている。にも関わらず真っ直ぐに正面から飛び込んできた。なのに、傷一つ負うことはなく、紙一重で全ての攻撃を避けて、大男の右肩腕の付け根を狙って金皇鬼を真っ直ぐに突きたてていた。
ざくり、と筋と筋の間を縫うかのように、余分な神経を傷つけることもなく、金の刃が大男の筋肉を貫く。
「グッゥッ・・・!」
低い噛み殺すようなうめき声を小声で僅か漏らして、緑暴は目を細め相手の男を見た。金斗羅は、刃を緑暴の腕の付け根に深々と刺したまま、無理な力を込めることなく大男を息もつきそうなほどの至近距離で押さえ込み、そして言った。
「長ともあろうもんが、カマイタチしか使えないなんてありえねえ」
そうだ・・・知っている。誰にいわれるでもなく自分が一番わかっている。この身はあまりに無才。長の子供として生を受けておきながら、兄と違って風の才能はなかった。自分の力など、所詮他の里人と同格が限度だ。他のものにぬきんでいるものがあるとするのならば、永の戦士としての勤めで培われた体術と経験、それだけだ。
・・・それすら、目の前の青年には碌に通じていないとは皮肉だったが。
「もう一度言う。俺の目的は長の首だけだ。出せよ。・・・無駄な殺生はしたくない」
その言葉に、カッと怒りが緑暴の胸を揺らした。
「舐めるな、若造」
ぐい、と青年の腕ごと短剣の柄に手をかけ、一気にそれを引き抜く。ぼたぼた、と大量の血が金斗羅、緑暴両方の顔にかかり、赤く濡らす。其れを見て、驚きに金斗羅は金色の眼を見開いた。
「・・・長は、拙者だ!殺したいというのならば、この首を取れいっ!!」
盛り上がる筋肉、それで一旦の血止めとして、そのまま大男は全身のばねをつかって、碌に動かぬ右腕に代わり、左手で風を纏った豪腕を放った。近すぎる。金斗羅は金の短剣で真っ向から男の拳を受ける。
「・・・っぐ」
男によって放たれたカマイタチによって、両頬と両腕がそれぞれ裂け、そのまま風圧によって飛ばされる。
「アンタ、正気か・・・?」
先ほどの自身の動作に耐え切れず、ぼたぼた、ぼたぼたと男の腕の付け根から大量の血がまたも噴出す。
「その方にはわからぬであろうな」
ぽつりと、漏らした。
先々代の長の息子として生まれていながら、この身はどうしようもなく無才であった。そして、萌黄詞。才能に恵まれ生まれた兄の子。けれど、未来視の異能も持ち合わせていたが故に、里人皆に嫌われ不気味がられ、感情の表現の仕方まで無くしてしまった子。本来なら輝かしい未来が待ち受けていた筈なのに、味方などもう自分の他にはいない。あの子が縋れるのはこの里において拙者だけなのだと、言われなくてもわかっている。
才能などない。そんな身でも、それでもあの小さな甥っ子を守ろうと、そう決めたのだ。
だから、駆ける。
勝てるか勝てないかなど、この際はどうでもいい。
どうせ、老い先短い身の上だ。勝てないのならば、せめて道連れにして連れて逝く。
「ぁああああーーー!!!!」
気合を言葉にして吐き出す。大音声を大地にまで響かせて、ぼたぼたと外からも内からも血塗れになりながら青年に向かって疾走する。
「バクおじぃ・・・っ!」
その時、聞こえてはいけないはずの声が聞こえた。
「萌黄詞っ・・・!?」
ぎょっとして、緑暴は翠色の衣に身を包んだ幼子を見た。感情も乏しい顔に汗の玉を浮かべて、萌黄詞は駆けていた。
「・・・っ!」
血塗れの叔父の姿を見て、萌黄詞は息を呑む。次の瞬間、それは過去の災害の再現のように沸き起こった。
「バクおじぃに・・・てをだすな・・・っ」
ゴゥ、と沸き起こる大竜巻。それを両腕に宿して、萌黄色の髪の年端もいかぬ幼子は空に浮かんでいた。三つ網が風に揺れる。
「・・・なっ」
桁違いの風使いの異能。
近づいたもの全てを切り裂く、あれは風の要塞だ。
「そいつが、本当の長の跡継ぎだよ」
まるで、はじめからそこにいたかのように、茶色い猫っ毛に青い瞳の少女が音もなく現れ言う。
「さあ・・・約束だよ。金斗羅。『アレ』を殺して」
そうして、まさしく大昔の書物に出てくる悪魔のように、甘やかに少女は囁くのだ。
「あんな、子供を殺せっていうのかっ・・・!」
感情の抜け落ちた顔で、萌黄詞は巨大な竜巻を従えながら、そんな風に自分を見て葛藤する災いの駒を見ていた。
続く
というわけで五話でした。
金斗羅はへタレ。