13.願い事
ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、第二章最終話です。
今回は珍しくドS発動していない青雷さんですが、理由を考えたら優しいとはいえない、そこが青雷クオリティ。
ではどうぞ。
長い長い夢を見ていた。
耳に届く雨音を聞いてそう思う。
其れは夢であり、紛れも無い過去だ。
後悔と悔恨と後ろめたさ、全てがぐちゃぐちゃになった、事実の夢。
すうと目覚める、目元は涙に濡れていた。
13.願い事
ザァザァと雨が降っている。毒素で出来た雨は人間があたれば3日と経たず死ぬという。けれど、人鬼にとっては、生まれたときから何度も見てきた慣れた雨だ。寧ろこの雨しか知らない。文献に残され、人間の間に伝えられている恵みの雨など絵空事としかしらないのだ。
雨にいい感情をもつものなんて、人鬼にも・・・今は地下に住まう人間達にだっていないだろう。そんなことを思いながら、世にも珍しき黒髪の人鬼・・・金斗羅は夢の余韻を持ったまま目覚めた。
身体が堅い。思えば随分と長く眠り込んでいたらしい。自分の顔の輪郭を確認するように彼はなぞる。
頬には涙の筋が浮かんでおり、目元は流した涙の代償のように乾いて少し引き攣るようだ。泣いていた。過去を夢見て泣いていたのだ、自分は。そこまで思ってから漸く周りを見渡す。
自分がいるのはどうやら、古い遺跡のようであるらしい。なんらかの施設があったらだろう跡地で、住みかとしては不向きだと思うが、それでも雨を凌ぐには何とかできる程度の体裁があるそんな建造物。建物の材質や状態から推測するに、ざっと300年くらい前の施設だろうか。
何故こんなところにいたのか、とぼんやり考えて理由を少しずつ思い出してきた。
嗚呼、確か自分は人妖達を惨殺したあと、自失呆然の体でふらふらと動き出して、そして隠れるようにして建っていたこの建物まで落ちてきて、そこで眠りについたのだ。
それに気付いた途端、舌打ちしたい気分になった。
彼が所持する固有の異能『感応共鳴』は、古い建物や遺物に染み付いたものの記憶をまるでこの目で見てきたかのように金斗羅に見せるという能力だ。一応ある程度コントロール出来るから、出来るだけ発動しないようには出来るが、それでも精神状態が不安定な時は力を発動させずにすむ自信がない。こういう古い建物には出来るだけ近づかないようにしていたというのに、いくら情緒不安定だからと言ってこんなところを寝屋に選ぶとは我ながら信じられない所業だ。
そう思ったとき、ふっといるはずの存在が自分に語りかけてこないことに気付いた。自分が目覚めたのならまっさきに傷口を弄おうとする、そういう少女だと思ってたのに。
そう思って、後ろを振り返った時、そこに彼女はいた。いつもどおりの猫のような天使のような笑顔を浮かべて、外見だけならばとても愛くるしい小柄な少女。彼女は片手を上げながら「やぁ」と声をかけて笑った。
その顔は予想以上に近くて面食らう。こんな至近距離にいたというのに全く気付かなかったというのか。でも、少女の存在に気付かなかったのは、男が危機管理能力が足りないから気付かなかったとかそんな理由では決して無い。この少女は気配もなければ、存在自体が希薄で、強烈な性格をしているにも関わらず、言葉を交わさないといることさえ忘れそうなくらいに存在が曖昧なのだ。それが『本体が封印されている』という彼女がこの世に意思をもって存在出来る代償なのかもしれないけれど。
実際金斗羅がここまでの道中で気付いていたことがある。
疾風族の里の連中も、自分を襲ってきた人妖の集団もそう。この少女がまるで最初っから存在しないかのように扱ってきた。気付いていないのだ。まるで対峙しているのは金斗羅一人であるかのように・・・気付いていたのは疾風の長になるはずだった子供、彼が最初に殺めた人鬼である萌黄詞くらいではなかったか?
何者なのか、そこに不安を覚えて、もっと警戒心強く少し前までの金斗羅は接しただろう。だが、彼はいささか疲れていた。
そんな男の様子を気にするでもなく、クスクスと可愛らしく笑いながら、猫のように目を細めて、少女青雷は尋ねる。
「悪い夢を見た?」
「・・・どうだろうな」
何が悪くて何が悪くないのか。確かに戻らぬ悔恨に彩られたあの過去の夢は、夜月族が滅びた夜の夢は飛びっきりの悪い夢といえた。金斗羅にとってあの日のことはトラウマといっていい。
けれど、血まみれの右手に思いを馳せる。
自分のためだけに四部族の長を殺そうとしている己。そのために小さな未来ある子供まで手にかけた己。そして、本能に負けてあのような残虐な方法で多くの命を奪った己。
自覚があろうとなかろうと、させられたのであり、自ら望んだわけではなかろうと、そんなの殺された立場からはどっちだって同じだ。自分は犯し殺した。ほんの少し前、眠りにつく前に起きた現実。それは果たして先ほどまで夢に見ていた過去の記憶とどちらが悪夢というのだろう。夢にしても、現実にしてもここにあるのは悪夢だけだ。それしかない。
疲れた目のまま、金斗羅は楽しそうな表情と仕草をしながら立って自分を見下ろしている少女を見上げる。彼女に対して憤ることすら疲れていた。だからこそ、ポロリと言葉は滑り落ちたのだろう。
「なぁ、お前は何を望んでいる?」
「ボク?」
キョトン、と青い大きな目を見開いて、意外そうに青雷は首をかしげた。
「お前は何を願っているんだ?」
俺に血を浴びさせてまで。その台詞は飲み込んで言った。いぶかしむことさえ疲れ果てた男の声音に残っているのは純粋な疑問だ。それを受けて少女はんー・・・と考え込むような仕草を一刹那見せた後、目を細めてそれは優しそうに微笑んで言った。
「生きること」
簡潔な言葉だった。
ザーザーと外では雨音が強くなっている。それがまるでBGMであるかのように外部の音を遮断する。この世でまるでたった二人っきり切り離されたような錯覚。どんどん毒素の雨は勢いを増して、轟音を鳴らすように音楽を奏でているというのに、不思議と人妖の少女の声は人鬼の青年の耳によく届いた。
「ボクはね、生きたいだけなんだよ。誰に否定されようが、たとえ死を望まれてようか知ったことじゃない。だって、ボクがボクを生かしたいんだ。理由なんてそれだけで充分じゃない。ボクは生きたい、それだけなんだよ。金斗も同じでしょ?」
「・・・俺?」
「だから、全てを失くしても今まで生きてきたんでしょ。同じことだよ。死ぬのは怖いもんねえ?違う?」
「・・・・・・」
沈黙が答えだった。そうだ、怖かった。死ぬことが怖かった。結局のところ最悪だとこの目の前の少女を理性で拒みつつも、彼女の言うことを呑んだのは自分が死にたくないからだ。醜いまでに自分は生に貪欲だったのだ。誰に追われても、誰も助けてくれなくてもそれでも死にたくなかった。
今までずっと自分を嘲るような言葉ばかりかけて、傷口を指で押し広げるかのようなこの少女のことが嫌で嫌で気持ち悪くて怖くて仕方なかったというのに、不思議と今の金斗羅は素直に青雷の言葉を受け入れられていた。
「生きるって事はその他を殺すってことなんだよ。金斗羅だってわかってるんでしょ。生きるため赤子の肉を噛み砕いた夜なんてきっと数え切れないよね。誰かが生きるなら逆に誰かは死ぬってことなんだ。全員が全員生きれるなんてそんなものはゲンソウなんだよ。だってこの世は無限じゃなくて有限なんだもの」
そうだ、それを自分は知っていた。でも認めたくはなかった。
「人間も動物も植物も昆虫も人妖も人鬼も関係ないんだよ。自分が生きるために殺すってことに一体なんの違いがあるのさ。同じ命の分際で線引きなんて傲慢だとは思わない?何を殺し喰らおうと何が違うっていうの」
人鬼は人間を喰らう。だけど、人鬼は人間のベースを元に造られたもの。今まで人間を食っても共食いだなんて思ったことはなかった、だが果たして本当にそうなのだろうか。
(言葉も通じるし、容姿もよく似ているというのに?)
「ボクはボクの生を生きたい、ボクの願いは・・・」
途端、グニャリと世界が歪む錯覚を覚えた。
これは、何か?
これは、一体なんなのか?
聞かれなくてもわかっている。何度も経験している。
青雷の声が誰かに被っていく。
そう『感応共鳴』が発動した。
わかっている。これは記憶だ。この遺跡に染み付いた過去の残留思念。自分というものはバラバラに分解されて、歴史の傍観者へと書き換えられていく。
『私の願いは・・・』
そこに映っていたのは、一人の女。
長い茶色い髪の白衣を着た女だった。顔は伏せていてわからないけれど、右手に嵌められた豪奢かつ繊細な金の腕輪が妙に印象的だ。
『・・・赦して』
か細い声は可憐で儚げで、思わず抱きしめてやりたくなる風情がある。女の頬からはハラリハラリと透明な涙がこぼれている。彼女が許しを請う先にあるのは・・・ギクリと、此処にはない身体を強張らせて金斗羅はそれを視ていた。
何かの科学的な装置だ。浸された羊水の中に浮かぶのは二人の男と一人の女。青い髪の男と、赤い髪の女、そして金色の髪の男の三人。そしてその三人はいずれもとがった耳をしていて・・・何より金の髪の男は以前見た記録とよく似ていた。年齢は違う。だけど、似ているのだ。以前金皇鬼の記憶を伝って視た伝説の人鬼、鬼人に。
ということは、まさか。この三人は始まりの三人鬼、龍牙、妖狐、鬼人ということなのか?
ゆっくりと茶色い髪の女が振り向く、その顔に金斗羅は息が詰まるほどに驚愕した。
その振り返り、涙を湛えた女は、年齢さえ除けば青雷と瓜二つだった・・・。
* * *
「・・・金斗?」
ふと気付けば、大きな青い目で青雷が自分の顔を覗き込んでいた。
「・・・ぁ?」
呆けたような声を思わず返す。そんな青年を見て、口元に人差し指をあてて何かを考え込むような素振りを見せたかと思った彼女は、次にクスリと天使にも悪魔にも見える微笑を浮かべて尋ねた。
「亡霊に取り付かれでもした?」
「・・・・・・」
「お疲れみたいだね。雨が上がったら行こっか」
「・・・何を考えてやがる」
これまでの旅で、この少女が自分に対して気遣いらしきものを見せた試しなどはない。なのに、今日は自分の傷口を広げるでもなく、気遣いらしき台詞まで口にする。いつもが異常なだけとすらいえるのかもしれないが、それでもこの少女が自分をただ気遣うとは思えず、何かの罠としか考えられない。いくら疲れていてもそう判断してしまうほど、この少女は信用出来ない存在だった。
少女はそんな男の思惑を知ってか知らずか「何も」と答えて、またクスリと笑った。
「だって、潰れられたら困るでしょ、ボクが」
そんなどこまでも自己中心的な言動に何故か安心する。
「さあ、行こうか。生きるための旅路を。自分を得るために」
そうして差し出される手を、黒髪の青年は初めて自分の意思で取った。
続く
というわけで、第二章最終話でした。次回はプロフィール3の予定ですが、多分更新はもう一つの連載優先で、またお待たせすることになると思います。
ご了承いただけると幸いです。