11.赤髪の姫君
ばんははろ、EKAWARIです。
今回のお話は子供メインというわけで可愛らしい話になった気がします。
つか、幼少期金斗は、でかいほうと口調が違いすぎて自分で考えても「何故こうなった」感があったりして。
そんな感じです。
望んでいたのは穏やかな日常。
特別なんて肩書きの無い視線。
それは確かに数日だったけど、叶ってはいた。
11.赤髪の姫君
突如、火焔族の里にたどり着いた金斗羅と、従者の時鳩羽を弓矢でもって出迎えたのは小さな火焔族の女の子だった。
7歳となる金斗羅よりは少しだけ大きいとはいえ小さな身体に、色白の肌。アガットを思わせる赤い髪はゆるやかにウェーブを描いており、ポニーテール・・・というよりは、ややサイドテールといっていいだろう左寄りの高い位置で、金の簪と共に結わえられている。あと10年もすれば美人に育つだろうと思わせる顔立ちには品があり、ややタレ目気味の目元はぱっちりと髪と同色の長いアガットの睫が目立ち、ぱっちりした金の瞳は強気に金斗羅達を見ていた。おそらくは金斗羅と同い年もしくは、多少年上くらいの年齢だろう。
「こんな堂々とわたくしの里に侵入しようなどといい度胸ですわね。子供だろうと容赦はしません、覚悟なさい!」
少女はそんな言葉を放ちながら、鉱木から降り立ち、つかつかと歩み寄ってくるが、金斗羅には少女にそんなことをされる身の覚えなどなくて困惑した。これは一体どういうことなんだろう。今日こちらに来るという連絡が届いていないのだろうか。
「はっ、やっ」
その間も女の子はその小さな手に弓・・・元々変形するように出来ていたのだろう、弦を収納して棒状にしたそれを剣のように構えて、金斗羅に向かって一直線に振り回してきた。戸惑いつつも、金斗羅は女の子を傷つけないように後ろに下がりつつ、両の手で自分に向かって突っ込んでくる弓をいなしながら相手をする。こういうとき本来金斗羅を守る役目を負わされているはずの時鳩羽の反応はない。ちらりと、見れば見学するモードになっている。おそらくは襲撃者が小さな女の子である時点で問題なしと踏んで、どう自分があしらうのか見物しようと思ったのだろうと、金斗羅は思った。
「このっ!」
女の子はそんな目線だけの時鳩羽と金斗羅とのやりとりに気づかず、自分の攻撃が一切相手に当たらないことを知ってムキになった声をあげ、次いでその手から炎を発火させた。
「・・・!」
己の前方に向かって小さな炎を6ばかり踊るように撃ちだした赤毛の少女。それを認識した時には遅く、女の子は目の前の黒髪の子供が炎にまかれることを確信して意気揚々と見上げる。だが、現実は彼女の思うとおりの結末など与えるわけもなく、金斗羅は、まるで背に羽が生えているのかのような身軽さで空に逃れて、遠く着地した。
「そんな・・・」
侵入者(と彼女は勝手に思っている)の子供は、相変わらず何も起こっていなかったのかのような態度で、最初から浮かべたままの気弱そうな表情のまま、戸惑うように自分を見ている。そうやって前方の少年だけを見ていた彼女は、自分に迫りくる背後からの拳に気づいてなどいなかった。
「こらっ、この馬鹿姫!」
「きゃああ!?」
ゴィン。そんな小気味よい音を立てて、彼女の頭上に拳が振舞われる。後ろを振り返れば、そこには見慣れた従者の姿があった。
「し、紫雲!あ、あなたなんてことをしますの!?無礼ですわよ。レディの頭をなんだと心得ていますの!」
「アンタこそ、長の娘でありながら、里の客人に攻撃加えるとか何考えてんだっ!昨日今日か明日くらいに今回の交流試合に参加する他里の選手達が到着するって話あったでしょうが。そんなことも覚えてないのか、この馬鹿姫!」
「ひ、人のことを馬鹿馬鹿いうのはおよしなさい!馬鹿というほうが馬鹿ですのよ」
「あの・・・」
ぎゃあぎゃあと目の前で喧嘩を始めた赤い髪の・・・紫雲という男が言うには姫君らしい、とその従者らしき赤紫色の髪をした秋躑躅と同年齢くらいの男のやりとりを前に、攻撃されるだけされて放って置かれた金斗羅が戸惑いがちに声をかけると、赤い髪の少女は自分の勘違いからきた恥ずかしさなのか、赤面してこほんと一つ咳払い、それから優雅な仕草でぺこりと一礼してから自己紹介を始めた。
「失礼しました。客人とは露知らずとんだご無礼を働きましたわ。わたくし、火焔族の長が第一子、赤花と申します。お名前をきいてもよろしいかしら?」
「夜月の金斗羅です」
「従者の時鳩羽です」
時鳩羽は余計なことをいうでもなく、必要最低限の挨拶だけして背後に控えているが、その目は少しだけ不穏に紫雲と呼ばれた男を見ている。それに、先ほどまでズカズカとした物言いで赤花とやりあっていた少年は、居心地が悪そうに肩を竦めた。
「先ほどの非礼へのお詫びをしたいのですが、こちらの・・・金斗羅と名乗られたかしら?と二人っきりにさせてもらってもかまいません?時鳩羽殿」
赤花はにっこりと上品な笑みを浮かべ、伺うように時鳩羽を見上げながらそんな言葉を言う。
「構いませんよ。金斗羅様はどうも覇気に欠けていらっしゃる。先ほどの気迫は見習って欲しいくらいですから、願ってもないです」
「あらあら、お上手だこと。紫雲、貴方もですよ。ついてきたりしたら許しませんからね」
いいながら、赤花は金斗羅の手を引いて歩き出す。それに、金斗羅は思わずドキリとした。白くやわらかい女の子の手。母親以外の人間に手を引かれるのはこれがはじめてなんじゃないだろうか。そんな風にドギマギする金斗羅とは対照的に、赤髪の姫君は全く気にするでもなく、ズンズンと里の裏側へと向かって歩いていく。
「えと・・・あの」
戸惑いがちに声を上げる金斗羅、それを合図にクルリ、彼女はキッと睨み付けるように眉を吊り上げて黒髪の少年を見た。
「え・・・と?」
なんでこんな目で見られるのだろう。ワケがわからない。そんな少年の心情などどうでもいいのか、それともそんなところにも苛立っているのか、少女は恨みがましい声を上げて言った。
「なんであなた、無傷なんですの。一撃もあたらないなんて、ありえませんわ」
「えと・・・・・・ごめんなさい・・・?」
どうやら、先ほど自分の繰り出した攻撃がことごとくいなされ避けられたことが気に食わなかったらしい。いきなり何の咎もなく攻撃を仕掛けられた身としては理不尽ではあったが、金斗羅は反射的に謝罪の言葉を口にした。
「謝るんじゃありません!」
そう口にしたかと思えば、次にはボロボロと涙を零す少女。それを前に金斗羅はますますどうしていいのかわからなくて、戸惑いながらその動向を見守る。
「うく、わたくしに、わたくしに勝ったくせに、謝るんじゃありません」
ぐしゅぐしゅと涙を零しながら、左腕の袖部分で顔をぬぐう少女。少女は真っ赤に染まった目でにらみつけながら、ずいと近寄り言う。
「なんでよ。なんなの、あなた、小さいくせに。気弱そうだし、貧弱そうだし、人間みたいな髪の色しているし、なよそうだし」
(いや・・・人間みたいな髪色なのはあんまり関係ないんじゃ・・・?)
「余裕のつもりですか?わたくしが弱いと馬鹿にしているのですか?女の子みたいな可愛い顔して、あなたは、あなたは・・・!」
正直、彼女にそんなことを言って詰め寄られる理由がわからない。そんな中で金斗羅は、どうしていいのかわからなかったのでとりあえず素直に自分が思ったことを言ってみることにした。
「赤花ちゃんのほうが可愛いよ?」
戸惑いがちに首をかしげながら、「女の子みたいな可愛い顔して」という部分になんとなく反論しているつもりでそう口にすると、目の前の少女はボッと火が吹いたように顔を真っ赤にして、「なっなっなっ」なんて言いながらあたふたと可愛らしく口元を覆った。
「あ、あたりまえです。わ、わたくしは火焔の一人娘なのですよ!仮にも男のあなたよりわたくしのほうが可愛くて当然です。ええ、当然ですとも」
「?赤花ちゃん、顔真っ赤だよ。熱あるんじゃ・・・」
「黙りなさい!そこは見て見ぬフリをするのが礼儀です」
「・・・そうなんだ。ごめんなさい」
「わ、笑っているんじゃありません。それと何故わたくしのことをそんな呼び方するのです」
「駄目だった?」
年も近そうだし、相手が火焔の姫君ということは、身分的な差異をとくに気にしなくてもいいと思って、金斗羅はそういう呼び方をしたのだが、相手が気に入らないというのなら変えなくちゃ駄目かなと思いつつ、僅かばかり自分よりも背の高い少女を見上げる。それに少女は「・・・駄目ではありません。特別許して差し上げます」なんて耳まで赤いままにそっぽを向きながら答えた。
「・・・?うん」
なんだかさっきまでの自分に詰め寄っていた時とは雰囲気が違うし、女の子ってよくわからないなと思いつつ金斗羅は頷く。
「・・・さて、先ほどは醜態をおみせしました。早とちりで襲ったのは悪かったわ。・・・おわびにわたくしのとっておきを見せてあげる。ついてきなさいな」
そういって彼女に案内されたのは、おそらくは火焔族の鉱石発掘場だった。
人鬼にとって、鉱石とは大切なものである。なにせ、地上が人類の住めぬ地になって何百年も経っている。地上にはかつてあった植物らしい植物は枯れて久しい。そんな中で鉱石は植物の代わりを為すように進化した。大抵の食器や武器、部族によっては里の建物などの日用雑貨の殆どは鉱物の加工によって賄われている。
「どうです。素晴らしいでしょう。夜月などとは比べ物にはならないでしょう」
そう口にする彼女は誇らしそうに胸を張りながら、嬉しげに語る。金斗羅はそっと腰を落として、自分の近場にあった小さな石を拾った。
「どうしたのですか?あまりに圧倒されて声も出なかった?」
「これ・・・紅玉の原石だ」
「・・・へ?る・・・?」
彼女はきょとんと不思議そうな顔をして、金斗羅に近づいてその手にしている石をマジマジと見た。
見れば、白い石にくっついたような形で紅色の石の姿がある。
「知らない?大昔、人間に宝石といわれていた石の一種で、加工して磨くとピカピカに輝くんだよ」
「そ、そうなんですの?」
「紅く綺麗な石だからきっと赤花ちゃんによく似合うよ」
そうやって驚きながらこっちを伺ってくる彼女の様子が可愛くて、金斗羅も釣られるようにして微笑みながら続ける。
「それからね・・・」
二人で揃っていろんな話をした。といっても、珍しくというべきなのか、喋るのは殆ど金斗羅のほうで、彼女はそんな金斗羅の話を興味深そうにころころと変わる表情と共に聞いているというほうがメインではあったが。
自分でもこんなに話すことが出てくるなんてと驚きながらも、それでもこの少女と話をするのは楽しかったので、金斗羅も話を弾ませる。
自分の里でのことや、感応共鳴によって得た大昔のことについて。それからやはり感応共鳴のために得た、落ちていた絵本に残された記憶から読み取った人間が作った御伽噺のこと。白雪姫の王子様のキスで姫が生き返るくだりなんかは、赤花も興奮して早く早くと続きを強請って楽しんで聞いていた。
そうして一通り話が終わって、ぽつりとしみじみといった調子で赤髪の姫君は独り言にすら聞こえる調子で金斗羅に言った。
「金斗羅は物知りなんですのね・・・」
「・・・そんなこと、ないよ・・・?」
実際そうだ。金斗羅が年齢に似合わぬ知識や、大人でも知っているか怪しい過去の物語を知っていたりするのは、殆どが感応共鳴という己の異能の副産物に過ぎない。確かに、過去の真実や色々な知識を手に入れられるというのは、この能力の利点ではあったが、それ以上に死の記憶なども連続してみることから来る欠点も多い。下手に力を暴走させれば、金斗羅の心が膨大な記憶の海に喰われ、最悪廃人になる可能性もあった。感応共鳴とは・・・物に宿った過去の記憶を自分が経験したかのように叩き込まれるとはつまりはそういうことだ。
だからこそ、この能力は決して金斗羅にとって自慢にはなり得ないものでしかない。だが、そんな事情などまず知るはずもない少女は「んもう、何故あなたはそんなにも自分に自信がないのですか」なんて口にして、それからふいっと視線をそらせ、ついでぽつり、と次のようなことを口にした。
「あなたはもっとご自分に自信をもちなさい。あなたは、人鬼でも最強の噂名高き夜月の金斗羅なのですから」
「・・・ごめんなさい」
それは里でも散々言われてきたことだ。なので、つい反射的に謝罪の言葉を口にする。
「もう、すぐ謝る」
彼女はふてくされたような顔をして、ついでじっと、その金の瞳で金斗羅の顔をまっすぐに覗き込んだ。
「いいですか、金斗羅。先ほどのあなたの言葉を借りるならあなたはまだ原石なのです。まだまだこれからいくらでも成長できるのです」
「そうなのかなあ?」
自分がそんな風になれるとはとても思わなくてそう口にすれば、赤髪の少女は「そうなのです」と強く言い切って続けた。
「あなたは強く立派な紳士に成長するのです。そうしたら、わたくしもあなたのよ・・・よ・・・」
「よ?」
赤花は強い調子で何かを言おうとしていたが、自分の言おうとした内容を自覚したのか、途中から急に赤面しだして、言葉を切った。それを不思議に思って金斗羅は鸚鵡返しに言葉を返す。カァアと益々茹で蛸のように赤毛の姫君の顔が真っ赤に染まる。
「・・・!なんでもありません、察しなさい!レディに恥をかかすんじゃありません。言われなくても察せないようじゃイイ男失格です」
「うん・・・ご・・・わかった」
なんで急に怒り出したんだろう?と疑問に思いつつも、金斗羅は少女の言い分にこくこくと頷いて返事とした。言わなくても察せるようにならなきゃいけないなんて、イイ男っていうのは大変な生き物なんだなあ。ぼくがなれるとは思えないんだけどなあなんて内心考えてはいたが。
でも、何故か赤花は自分が肯定の返事をしたことに対して嬉しそうに笑ってくれたので、こんな可愛い笑顔が見れたならまあいっかとそう思えて、金斗羅も笑った。
交流会は3日に渡って行われた。その後の宴会やらなにやらを含めれば火焔族の里に滞在していたのは5日ほどがせいぜいといえるだろう。それでも小さな子供にとっての5日というのはそこまで短いものではなく、もうお別れをしないといけないと思えば残念な気持ちもわいて来る。だけど、だからといって出発を遅らせるわけにはいけない事情も金斗羅たちにはあった。・・・3日後が満月だからだ。
夜月族の異能というのは、他部族みたいな発火や水を操るなどのわかりやすい異能ではない。強いて言うなら身体強化の類であり、最も夜月族が強い力を放てるのが満月の夜だった。しかし、その能力はリスクとも隣り合わせだ。あまりに強い力は破滅をもたらすという言葉にもあるように、強すぎる力は精神をも蝕む。満月の夜に発狂して、歴代の長に処刑されて死んできた里人も過去にはいるという。
他部族の前でそんな弱みを見せれるわけが無い。だからこそ、満月が始まる前にどうしても帰らなければいけなかった。
「じゃあ、ぼくもう行くね。短かったけどありがとう。さようなら」
「・・・・・・」
この5日間で仲良くなった赤毛の少女にそう言葉をかける。彼女はうつむいたまま返事を返さない。
「えっと・・・赤花ちゃん?」
赤花のこの反応には金斗羅は困った。出来るならばあんまり沈んだ顔とかは見たくないからだ。
しかし、なんでこの反応なんだろうか。もしや怒っているのだろうか。でも怒らせた原因に心当たりが無い。女の子って難しい。そんなことを金斗羅が考えている時だった。
「・・・お約束なさい」
戸惑いながらまつ黒髪の少年を前に、ポツリとついに少女は言葉を告げた。
「えと、何を?」
「わたくしは、「さよなら」なんていいません。またの再会をお約束なさい」
「・・・え」
それは、叶わない約束だと聞いた瞬間、金斗羅は思った。だって、自分は夜月の跡継ぎで、彼女は火焔族の一人娘だ。普通に考えればもう彼女と再会するような機会はない。
でもそんな事情に気づいていないのかなんなのか、彼女はじと目で金斗羅を見上げながら「出来ないの?」と拗ねるように口にする。
だから、金斗羅はきっと無理だろうと理性では思いながら、次のことを口にした。
「うん。赤花ちゃん、またね」
「・・・はい。金斗羅、また」
嘘になる言葉だと思って口にしたことだった。だけど、それを聞いた彼女は綺麗に可愛らしく微笑んだから、だから金斗羅はいいやとそう思えた。彼女が笑ってくれたのならば、別にこれくらいの嘘はたいしたことじゃない気がしたのだ。
「さ、金斗羅さま、行きましょう」
「うん・・・」
時鳩羽に連れられて金斗羅は火焔の里に背をむける。そうして遠く、遠く。アガットの髪をした姫君の姿が点になるまで、その姿を瞼の裏に焼きこむように彼女の姿を見ながら、金斗羅は生まれ故郷への道を
辿っていった。
もう一生会うことはないだろうと思った少女といずれ、最も残酷な形で出会うことになるということを知らぬままに。
月は僅かに欠けて厚く黒い空に覆われていた。
続く。