09.夜月の里
どうも、ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話から3話~4話くらい金斗羅の過去編となっております。
ショタ金斗は今と話し口調違いすぎて、ある意味別人くさい。根本にあるのは全く同じだけど。
そんな感じです。
特別なんて呼び名に意味はない。
そんな言葉は重苦しくて、滑稽なだけだ。
どんな力を持っていようと意味なんてないんだ。
だって、何故なら、俺はその力で誰かを救えたことなんて一度とて無いのだから。
そう、昔っからいつだって、俺に出来ることは逃げることだけだった。
09.夜月の里
これは今よりも10年以上昔の話。
夜月が滅ぶ前の物語。
シャンシャンと、祭囃子の音が聞こえる。
目出度いと、この日を祝うために起きた宴は、今日の主役である一人の子供を祝賀するためのものだ。それをわかって尚、その祭りの主人公たるべき子供・・・里でただ一人の黒髪の持ち主である少年、金斗羅は、尻込みして、素直にそれを受け入れることが出来ず、惑っていた。
人々が自分の登場を待っていることは知っている。長の息子であるために、普段から着る着物自体上物が宛がわれている身分ではあったが、今日はいつもにもまして上物の、香を焚いた着物を着せられ、髪にも飾りをつけられ、その念の入りようはいつも以上ではある。それがわかっていても・・・いや、わかっているからこそ、金斗羅にはそれが辛かった。
重いのだ。ここまで大事に扱われることが。
長の嫡男である以上、将来夜月族を引っ張っていかなければいけないその立場はわかっているつもりではあるけれど、別に自分が望んでそう生まれたわけでもない以上、それは金斗羅にとっては枷であり、未来にかかり果たさなければいけない義務だ。正直人の上に立つ自信は全くないのだが、それでも義務なら精一杯果たそうとは思うし、そのために与えられた勉強や課題だってちゃんと受け入れてはいる。だが、金斗羅にとっての問題は・・・。
「こら、もう、全く、金斗羅様、こんなところにいた」
「っ」
びくりと、すぐ後ろからかけられた声に戸惑って、金斗羅はゆっくりとそちらを見た。そこにいたのは、いつも見慣れた自分の世話係である、鮮やかな躑躅色のサイドテールが印象的な6歳ほど年上の女性だった。
「秋躑躅・・・」
思わず、息を飲み込むような声でその名を呼ぶ。
「全く、あと1時間もすれば時間なんだから、こんなところをうろついていたら駄目でしょ」
めっと、指を突き出してあたし怒ってますといったポーズをつけながら、秋躑躅は言う。
「ごめんなさい・・・」
慌てて、金斗羅はおずおずとした声で謝罪の言葉を告げた。金斗羅は自信なさ気にうつむいて、見るほうが哀れになりそうなほどに小さく固まっている。それを前にして、サイドテールの彼女、秋躑躅ははぁと大きなため息を一つ吐いて、困ったような声音で続けた。
「なんでそんなに怯えるかなあ」
あたし、そんなに怖い?と自問して、それから彼女は諭すような声で次の言葉を言った。
「あのね、金斗羅様は次代の長なんですから、そんな態度とっちゃ駄目です」
「だって・・・」
「だってもなにもありません。時鳩羽に聞きましたよ。二人の大人相手に戦闘訓練で勝ったって。まだ7歳になるかならないかの子供だっていうのに、凄まじい。流石は「鬼人の再来」だって」
「・・・・・・」
だから、それが重いのだ。
物心がつくそれより以前から、金斗羅は鬼人の・・・伝説の人鬼、最強といわれた先祖の再来だといわれ続けてきた。お前の髪が黒いのも、満月の夜に、通常の夜月族が赤紫に染まる髪がお前だけ金になるのも、鬼人の再来だからだ、と、そんな風に言われ続けてきた。
「あたしはね、もう世話係として嬉しくて」
(・・・やめて・・・)
長の息子だからと、将来夜月を率いるのはお前だからと、それだけならまだいい。でも、そんな風に最強と比べられ、最強になるのが当たり前のように渇望されることは、金斗羅にとってはとんでもなく苦痛だった。息が詰まりそうになる。
(ぼくは・・・)
過剰な期待なんて重いだけだ。生まれ持った能力や見目を褒められても、ちっとも嬉しくなどない。特別だなんて、そんな言葉で自分を形容しないでほしかったし、特別だとそういう扱いを受けることほど辛いことはなかった。
だって、じゃあ皆が望むほどのレベルにまで、自分が至ることが出来なかったら、そのときはどうなるのだ。
落胆されて、捨てられるんじゃないのか、そんな妄想がどうしても金斗羅の頭の隅かは離れない。期待された以上の結果を自分が出せなかった時、父や母にお前などいらないと捨てられるのではないかと、そう考えるだけで息が止まりそうになる。
そんな光景は体験こそしたことないがいくらでも知っている。生まれ持った固有の異能たる感応共鳴は、時にそういう人々の記憶をもまだ幼い金斗羅に見せてきた。
普通がよかった。
特別など何もなく、みんなと同じ普通で、力も普通で、普通に生きて普通に結婚し普通に死んでいく。そんな人生が良い。
ちらりと、視界に自分の長い黒髪が映る。里人の誰とも・・・父様や母様どちらにも似ても似つかない髪だ。これを見るたびに、己が普通ではないということを嫌でも知らされる。それに憂鬱になる。この髪を見るたびに、まるでお前が普通になれる日は来ないのだと思い知らされるかのようだ。
期待なんてしないでほしい。
「・・・だから、もっと自分に自信をもつべきであって・・・と、聞いているんですか、金斗羅様」
むっと、年頃の娘らしい素直さで頬を膨らませて、秋躑躅は拗ねるようにそう言い捨てた。
「・・・ごめんなさい」
金斗羅は、ぺこりとうつむきながらそう呟いた。ポニーテールに結われた髪が揺れ、玉飾りがしゃらりと音を立てる。それを見ながら秋躑躅は「だ、か、ら、なんでそうすぐ謝るのかなあ~・・・」と脱力下ような声でため息混じりに吐いて、腰を落として膝を抱え込み、目の前の子供の対応に困った。
「もう、いいです。ちゃっちゃと行きましょう。主役が遅れて登場なんてことになったら笑い話にもなりませんからね」
すっくと立ち上がった躑躅色髪の女は、パンパンと手を叩いて気持ちを切り替える。
「ほら、行きましょう、金斗羅様。今日は金斗羅様の・・・7歳の誕生日なんですから」
そう先導する彼女が、金斗羅の手を握ることはなかった。
宴は夜半まで続いた。
それを楽しいとは到底思えなかったけど、眺めながら、訥々と話しかけられてはまごまごと返すといったことをしながら時を過ごす。
こんなににぎやかなのに、父や母の顔はすぐそこにあるというのに、金斗羅はふと自分が今一人ぼっちであるかのような錯覚を覚える。
自分同様にいつも以上に着飾った美しい母親は父の隣で人形のように笑って座っている。それに、声をかけることは許されていない。そう、言われたわけではないが、そうであることがわからぬほどに金斗羅とて鈍くはない。この場においては母は一人の親ではなく、夜月の頭領の妻なのだ。
今より小さい頃はよく母に泣き縋った。
感応共鳴を起こして、誰かの死の記録を見るたびに母に泣き縋って、頭を撫でてもらった。その白くたおやかな手に包まれるたびにすごく安心したのを覚えている。この世は怖いことだけじゃないんだって。だけど、そんな機会は年々減っていき、2年前に世話係として秋躑躅をつけられたあたりからは、もう本当に気軽に母に甘えることは出来なくなった。
秋躑躅はよくやってくれているんだと、幼いながらも金斗羅は思う。
自分が寂しがったりしないように一番傍にいて、姉のように接してくれる。今より幼い頃は母に甘えることも出来たとはいえ、母とはいつも一緒にいることはその当時から出来なかった。それを思えば十分すぎるくらいにやってくれているのだろう。
だけど、秋躑躅は幼い金斗羅の頭を撫でることはないし、手をひいてくれることもない。夜になったら帰るから、傍で寝てくれるわけでもない。
それは、身分の違いからしたら仕方ない問題なのだろうとは、幼くとも金斗羅は理解していた。だけど、理解と感情はまた別問題で、そんな秋躑躅の行動を前に、きゅうと胸が締め付けられるみたいに苦しかったし、寂しかった。そのことを口にしたことはないけれど。
(だって、秋躑躅は、母様じゃない)
いずれは、自分が守らなければいけない対象である里人の一人が秋躑躅であり、彼女が自分についているのだって、世話係に任命されたからなだけなんだとそう思って、金斗羅は彼女に本音を言うことを封じる。
きっと、自分が甘えても許されるのは母相手だけだ。
だけど、すぐ傍に母はいるというのに、今はそれも叶わない。たとえ、真実子供であろうと、里人の見ている前で次期頭領が母に甘えるなんて失態は犯してはいけない。
こっそりと、ため息をこぼす。
「金斗羅様」
ふと、顔を上げると傍に秋躑躅がいた。思わず、目をぱちくりする。
「そろそろいい時間です。おやすみしましょう」
「でも・・・・・・」
この宴の主賓は金斗羅だ、それで戸惑いの声を上げると、父である夜月頭首・紺青碑は「構わん。秋躑躅の言うとおり、もう夜も遅い。というわけだ、皆のもの。今日の宴はこれまでだ」そう口にして、宴の終わりを締めくくった。
父は母を連れてつかつかと歩き去る。母は我が子に一瞥もくれることはなく、金斗羅が住んでいる部屋とは真逆に位置する自分たちの部屋に向かって去ってしまう。
「・・・・・・」
おいていかないで、とそこで縋れる自分を夢想する。そうしたら母もこちらを振り向いて、自分の頭をいつかのように撫でてくれるだろうかと。だけど、それを言うこともない。
「さ、金斗羅様、いきましょう」
「・・・うん」
先導する秋躑躅は無邪気に笑う。金斗羅はその後について歩く。
酔っているのだろうか、秋躑躅の足はいつもより少し早い。それに遅れないように金斗羅もまたやや早足で続く。
「今日はお疲れ様でしたね。ご立派でしたよ」
「そんなこと、ないよ」
上機嫌に、秋躑躅は金斗羅の振る舞いを褒めるが、それにまたいつもの胸苦しい感じを覚えて金斗羅はぎこちなく返答を返す。
「むぅ。あたしが立派と感じたから立派なんです」
それに、やや不満があったのか、彼女は駄々を捏ねる子供みたいな声でそんな言葉を言った。
「金斗羅様は、その自信の無ささえ治れば完璧なのにねえ。武芸もたっしゃだし、お勉強だってお出来になるし、顔立ちだっておかわいらしくいらっしゃって、きっとイイ男に育つでしょうし、将来あたしの婿にほしいくらいですよ」
「でも、秋躑躅は時鳩羽のことが好きなんでしょ」
おずおずとそう口にすると、彼女はぴたっと止まって、真っ赤に染まった顔で振り返った。
「え・・・?ちょ、え、いつから知ってたんで・・・!?やだ、も」
若干素が入った口調でわたわたと秋躑躅はそう返す。ずっと年上でお姉さんみたいだと思っていたけれど、そんな姿を少し可愛いなと金斗羅はぼんやり思った。
「だって、時々ふたりであってるし、秋躑躅、時鳩羽にたいしてだけ空気違うから」
時鳩羽は、秋躑躅より2つほど年上で、先日成人を向かえたばかりの少年だ。1年ほど前まで、金斗羅の狩りの訓練相手は彼が務めていた。その時に、金斗羅の世話係である秋躑躅と交流を深めたと、そういうことである。
タイプとしては、実直で朴訥そうな少年で、あっけらかんとして明るく、人鬼としてはそれほど才能に恵まれているわけではないが、上司に可愛がられるタイプで、顔立ちも性格通りというべきか、平凡で特出したものはとくになく、ぴんぴんした鳩羽色の髪とそばかすがどことなく愛嬌がある感じだ。そこを踏まえると、秋躑躅が時鳩羽とは何もかも反対な金斗羅に対して「婿にほしいくらい」と口にしたのは、本当にただのお愛想の冗談だったとも言えた。
「ここだけの話ですよ」
そういうと、秋躑躅は赤みの抜けない顔で、しっと口元に指を立てて、「あたしが成人したら、嫁にもらってくれると、そう約束してくれたんです」そう嬉しさをかみ締めるような顔をして彼女は言った。
それは、彼女の出自を知っている身からしたら、どれくらい凄いことなのかは幼くとも金斗羅にもわかっている。だから、金斗羅も声を潜めて「おめでとう」とそうこっそりとお祝いの言葉を送った。
父に呼び出しを受けたのは誕生祝の宴があった次の日だった。
「金斗羅、何故自分が呼ばれたのかわかっているな」
「・・・・・・」
夜月の頭首・紺青碑は眼光鋭く我が子を見据える。その威圧感を前に自然と金斗羅の視線も床に落ちた。
「あれほどに次期頭首としての自覚を持て、そう振舞えと言っておいたのにまだわからんのか、お前は」
全く仕方ないといった風情で出された台詞ではあったが、その固く低い声音からして、始まる前から叱責されているようで、益々金斗羅は萎縮する。
「金斗羅、下を向くのはやめなさい」
「・・・ごめんなさい、父様」
おずおずと、頑張って父と目線を合わせようと顔を上げる。金斗羅には父の顔がまるで般若か何かのように映った。怖いのだ。
母とはなんだかんだといいつつ、親子として接する機会が過去に何度もあったが、父とはそうもいかない。何故なら父は、金斗羅の父である以前にこの夜月の里を統べる頭首であり、そうである以上金斗羅と接するときも彼は当代頭首として、次期頭首である金斗羅にそう接してきたからだ。
潜在能力は自分のほうが上だなどと聞かされても、それを聞いて安心出来るような性格はしていないし、怖いものは怖い。彼の前では一つとて間違えてはいけないという緊張が常に付きまとう。
「前から何度も言っているが、すぐに謝るでない。お前こそが跡継ぎなのだ。もっと毅然とするということをお前は覚えねばならん」
「・・・はい」
「それと、今日はもう一つ用がある」
その言葉にぴくりと耳を揺らす。
「半年後、11部族による恒例交流会がある。今回の試合地は火焔族の里だ。それに、夜月代表としてお前が出るのだ」
びくりと、肩を揺らして、金斗羅は一拍空けてからまごまごと話し始めた。
「ぼく・・・がです、か。でも、ぼくは7歳だから、若すぎるんじゃ・・・もっと上の人がいいと思い、思うんですが」
「年齢は7~13歳までの子供で、格里から一人ずつだ。問題はない。いい機会だ。余計なことに気をまわす暇があるのなら、お前はそれに勝って自分に自信をつけることを覚えるんだ」
そう言って、紺青碑は言葉を打ち切った。
(自信をつけるなんて、無理だよ)
それでも時の流れはいつだって残酷にそのときを告げるのだ。
交流試合までもうすぐ。
続く
というわけで9話でした。
次回は青雷さんよりよっぽどヒロインしているあの子が登場予定なんだぜ。