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「聖女」シリーズ

婚約破棄された聖女(5)、国王陛下のおひざの上で全部しゃべりました

掲載日:2026/10/29

「コレット。おまえとの婚約は破棄だ!」


 王宮の庭園でアリの行列を数えていたコレットは、顔を上げて首をかしげた。王太子クラウディオの腕には、子爵令嬢ミランダがからみついている。


「こんやくはきって、なあに?」


「もうおまえは俺の婚約者じゃない、ということだ。五歳の子守りなんてうんざりなんだよ」


 コレットとの婚約は、聖女の加護を他国や有力貴族に奪われないための、いわば囲い込みでしかなかった。


「コレットちゃん。殿下のことは、お姉さんに任せてね、うふふっ」


「うん。わかった! おじいちゃんにほうこくしてくる!」


 とてとてと駆けていく小さな背中を見送って、クラウディオは鼻で笑った。


「好きにしろ。子どもの話など、父上が真に受けるものか」


「ほんと、かわいいわね」


 この時はまだ、笑っていられた。


*


 午後三時。


 国王とコレットのおやつの時間だ。三歳で王宮に来て、毎晩泣いていた小さな聖女のために国王が始めた習慣だった。コレットだけが、国王を「おじいちゃん」と呼ぶことを許されている。


「おじいちゃん、あのね、さっきいやなことがあったの」


 国王のおひざの上で、コレットはクッキーを両手で持ったまま言った。


「でんかがね、『こんやくはきだ』って。『ごさいのこもりなんてうんざり』って」


「そうか。嫌な思いをしたのう」


 国王は小さな頭をなでた。


「あとね、でんか、ピーマンきらいなの。いつもおねえさんにたべてもらってるの」


「ほっほっ、あやつは昔からそうじゃ」


「それでね、おじいちゃんのこと、『あのくそじじい』っていってた」


 国王の笑い声が、ふっと途切れた。


「……ほう」


「それとね、でんか、おねえさんに『こっこからぬいた』っていってたの。いっぱいぬいたから、あかいくびかざりかってあげるって」


「…………」


 壁際の侍従長の顔から、さあっと血の気が引いた。


「ねえ、おじいちゃん。こっこって、にわとりさん?」


 国王は静かに茶器を置き、いつもと同じ穏やかな声で言った。


「よう話してくれたのう、コレット。もう一枚、食べるか?」


「たべる!」


 コレットがクッキーに手を伸ばしたのと同時に、国王は侍従長を見た。


 その目は、少しも笑っていなかった。


「宰相を呼べ」


*


 翌日の午後三時。宰相が帳簿の束を抱えて現れた。


「陛下。この二年で、王太子殿下の名義で国庫から金貨八百枚が引き出されております。しかも帳簿には、架空の支出として記録されておりました。宝石商に支払われた首飾りの代金とも、出所が一致いたします」


 国王のおひざの上で、コレットが宰相を見上げた。


「さいしょうさん、こっこって、にわとりさんじゃないの?」


「……国のお金をしまっておく、大事な蔵のことでございます、聖女様」


「ふうん」


 コレットは少し考えてから、ぱっと顔を明るくした。


「じゃあ、でんか、どろぼうさん?」


 誰も、何も言わなかった。


 ほどなくして、クラウディオとミランダが衛兵に連れてこられた。ミランダの胸元では、大きな赤い石が光っている。


「父上! まさか、子どもの戯言を真に受けたのですか!」


「戯言かどうかは、帳簿が申しております、殿下」


 宰相の一言で、クラウディオは黙りこんだ。


「あーっ! どろぼうさんのくびかざりだー!」


 ミランダが膝から崩れ落ちた。


 コレットは赤い石をうっとりと見つめてから、国王を振り返った。


「おじいちゃん、わたしもおっきくなったら、あれほしい!」


 国王は、一瞬だけ黙った。


「……もっとよいものを買ってやろう」


「ほんと?」


「ほんとじゃ」


 それから国王は、まっすぐに息子を見た。


「クラウディオ。おまえを王太子の座から退ける。正式な手続きは追って進める。コレットとの婚約も、今日をもって解消じゃ」


 そして、おひざの上の小さな頭に手を置いた。


「五つの子に婚約など背負わせたのは、わしら王家の都合じゃった。詫びねばならんのは、わしも同じよ」


 二人が連れ出されると、部屋には焼き菓子の甘い匂いだけが残った。


「おじいちゃん、わたし、もうおよめさんにならなくていいの?」


「ああ。ならなくてよいぞ」


「じゃあ、あしたもおやつ、いっしょ?」


「もちろんじゃ」


「やったあ!」


 コレットは国王の首にぎゅっと抱きついた。


 その日、王国では王太子の廃嫡決定という大事件が起きた。


 けれど、コレットにとっては、明日のおやつのほうがずっと大事だった。


(あしたは、プリンがたべたいなぁ……)

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― 新着の感想 ―
幼児はよく大人の話聞いてるし意外と理解してるからな。 クラウディオが何歳か分からないがまだ未成年なら可愛くないクソガキなんだろうなぁ。
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