胸に矢が刺さったモブ令嬢ですが、事故かと思ったら犯人王子も転生者でしかも故意だったってマジですか?
なんか胸に矢が刺さったんですけど。
いやいや、は? って思うよね。三流コメディだってもう少しマシな導入だわ。
でもね、ここ、洋風乙女ゲームの世界なの。
今しがた思い出したばかりだから、私もあまり理解が追い付いていないけど。
私は貴族令嬢。殿方たちのキツネ狩りに帯同してきた大勢のうちのひとりで、背景にいる顔無しぼんやりモブDぐらい。
まあ現実的にはちょっとばかり所属派閥が曖昧なせいで、席次では微妙な位置にいるっていうのが正確なところ。これは私の問題じゃなくて、親戚付き合いとか血縁とかのせいね。
だから集団から追いやられはしなかったけど、その中では端っこの方に座っていた。ちょっと日当たりが悪くて木陰になっているところ。
この狩りはマウントの取り合いとか権力アピールの面がある。誰が何人従者を連れていて、矢に使う羽は何の鳥のもので、馬具は新調されているかどうか。そういう些細なことの一つ一つがチェック対象。
だから情報戦に乗り遅れないよう、私も真面目に見ていた。
そうしたら、刺さった。矢が。私の胸に。
その衝撃でこの前世の記憶? みたいなものが溢れたのね。なんか、なんも悪くない女の子の胸に矢が刺さるって衝撃的なシーンあったなあって。なんだっけ、映画? アニメ? いや違う、この世界ってゲームだわ、みたいな。
私はプレイしてないけど結構流行った作品だった。神話がモチーフでどうとかよくSNSのトレンドにも入ってた。
少女向けとは思えない重厚なシナリオが人気の理由で、配信された本編以外にも何回もノベライズされたんだよね。そっちは私の好きな小説家が担当してたから電子書籍を買って読んだな。
その中のひとつ、『黄金の矢の如し』。ことわざの光陰矢の如しと作中に出てくるアイテムと引っかけたタイトルで。
攻略対象の一人である王子が、第二王子なのに何故か継承権第一位である理由が明かされる話だ。
私には年の離れた兄がいた――という語りから始まる過去回想。
ほとんど記憶はないが、優しい人だった気がする。
才能も完璧ではないが不足でもなく、無難に安定した治世ができるであろうと思われていた第一王子。
そんな彼は、とある悪癖があった。狩猟が大好きで、特に珍しい獲物に目が無い。
ある日行われた狐狩りでも、本来の目的とは違う色鮮やかな鳥に気を取られ走り出す。
しかし鳥の不規則な動きを追い回していた彼はいつのまにか方向感覚を見失い。
ここだ! と撃ち放った矢の先には、共に森を訪れていたご令嬢の一人が――。
彼女は突然のことに驚く間もなく、胸を射貫かれて倒れる。辺りに轟く悲鳴、青ざめる王子。
いくら貴い血筋の生まれだろうが、今回ばかりは周囲の観察を怠った王子に圧倒的な非がある。たびたび周囲が嗜めるのを聞かなかったのも良くなかった。
よって彼は資質に疑問ありとして王位継承権を剥奪された。代わりにまだ幼い第二王子の継承権が急遽繰り上げらる。
そうして次こそは過ちを犯さぬようにと、私は厳格に育てられた。
と、あらすじはこんな感じ。
そしてその矢が刺さったご令嬢が、つまり私。
要はサブキャラの過去回想に一瞬ちょろっと登場した端役なんだよ。
作中ではその後その娘さんについては何の言及もない。たおれた、と書かれていたから生死も不明。
ただ神話モチーフなせいでモブは割りとあっさり死ぬから、この子も死んでそうというのが大半の人の解釈だった。
ところが現実はその後も続いていくわけで。
私は負傷こそしたものの生き延びた。この世界、神様と不思議な力が実在するから、即死しなければ怪我は割りと治せる。特に今回の狩猟は王家主催の大々的なものだったから、貴重な魔法薬なんかもわんさか持ち込まれてたし。
実際、倒れた私に真っ先に駆け寄って懐から取り出した小瓶の中身をぶちまけたのは王子だった。
あれ、たぶんすっごい良い薬じゃないかな。王家に伝わる秘伝のレシピ的なあれ。だってその後診察された私、傷跡がないどころか持病まで無くなってかえって健康になってたから。
とはいえそれで怪我をさせた事実が消せるわけじゃない。
我が家は女が私しか居ないから、事実だけ見れば王家が婚姻の道具を駄目にした、つまり血統の存続を危うくしたって話で。
たまたま結果に問題がなかっただけで、何の非もない娘を傷物にし、お家断絶の危機すら招きかけたとあっては非難は免れず。
王家は信頼回復のためにも手厚い補償をしなければならなくなった。
どうしたかというと。
王子は我が家に婿入りさせられた。爵位を分けての臣籍降下ではなく婿養子の体でだ。
補償の為とはいえ家格としては低い家に、失態こそおかしたが健康体である第一王子を宛がうのはかなり異例だ。
たぶん第二王子派が(まだ生まれたての赤ちゃんだけど)動いたのもあるんだろう。政治闘争ってやつ。
ともあれ我が家は王家の誠意に感動してより忠誠を誓い、王家は末端貴族であろうと軽んじない偉大さを見せつけ、お涙ちょうだいで事件の幕は下ろされた。
はいはいハッピーエンドね、うん。おとしどころとしては妥当かな。
ところでここまで他人行儀に王子王子と言ってるけど、実はこの王子ことエイロスと私は知り合いである。
実は、彼は正妃腹だが少々血筋に難がある……というと大袈裟だが、無問題とも言い切れない微妙な立場にある。故に学友も婚約者も選定が難航したせいで、小さい頃の彼は年の近い子どもとあまり接したことがなかった。
これはまずいということで白羽の矢が立ったのが私。……あ、これギャグじゃないからね。ただの比喩ね。
毒にも薬にもならない平凡な娘を、とりあえず練習用に宛がっておこうみたいな感じで城に召し上げられたのが七つの時。
記憶が無くても私の性格は今と大して変わらなかったみたいで、物怖じせず王子にひっついて回った。そうして友だち……というには微妙だけど、幼馴染みとして育ったわけだ。
だから我が家への婿入りが決まった時も、私はふーんとしか思わなかった。全く見も知らない他人と結婚させられるよりかは全然マシだ。
少々おっとりしている面はあるが、思慮深さは長所である。身分と年齢差を傘に着ることもない年上のお兄さんを、私は嫌いじゃなかった。
――さて、回想という名の現実逃避はいったん止めよう。
実は私と彼は現在、真正面から見つめあっている。
理由は簡単。王子サマが口を滑らして、自分も前世の記憶があるってボロったから。
今、いつだと思う? 結婚式の直前だよ。
私はふんだんにレースがあしらわれたドレスを着る為、ぎっちぎちにコルセットで締められてナーバスしてた所だった。
そしたらまさかの発言。
「白無垢の方がまだ苦しくなかったかなあ?」だってさ。
この世界、海の向こうに日が一番に昇る島があるとは言われているけど、あくまで伝説は伝説。日本に似た文化はまったく入ってきていない。
だから白無垢なんて誰も知らないはずなの。
身支度をどうにか終わらせた直後、私はどうにかしていったんメイドたちを追い出した。大事な話を聞く必要があるから。
「で、どういうことです」
「何がだい?」
目を据わらせて「あ"?」とエイロスに凄んでみせれば、ほけほけ笑って誤魔化そうとする。
そんなのに騙されてやるほど私は優しくない。すかさず「結婚直後に離婚されたいので?」と脅せば、エイロスは降参を示すジェスチャーをしてみせた。
「そっちまで前世持ちとは思わなかったです。この世界についての知識は持ってますか?」
「姉がやっていたからだいたいは知っているかなあ。全ルートやりこんでコミカライズノベライズも全コンプ、家族から友人にまで片っ端から布教して回ってたから」
「ガチ勢じゃないですか」
いわゆる転生者なんだよねえと口火を切ったエイロスと認識を擦り合わせる。
男性は乙女ゲームはあんまり詳しくないかもという懸念は幸い払拭された。それなら話が早い。
「私は生まれた時から割りとしっかり記憶がある方でねえ。国の成り立ちを聞かされた時点で、あ、これ設定集に載ってた建国神話だなと気づいたよ」
「なら今回のことは回避できたんじゃ」
少なくともエイロスとして過ごしている間の彼は、順当に王子として立ち回っていた。もしかしたら一般人の感覚から王になりたくなかった可能性はあるけど、それならもっと上手くやるだろう。本当にのんびりしているだけじゃ、神話をモチーフに取り入れた世界で暢気に過ごし続けられるわけがない。この世界、わりとシビア。
だから、これは単純な疑問だった。流石に本編以外の詳細は覚えてなかったのかも。軽くそう思っていた。
エイロスの笑みが深まるのを見るまでは。
「僕、けっこう君のことが好きなんだ」
急に話変わったな。は? と言わなかったのはなんとなくだけど、うん、次の言葉を聞いてからは言っときゃ良かったと思ったよね。
「好きなのは君に記憶が戻る前からだよ。結婚するならこの子かなって思ってたぐらいには好きなのさ。でも君の立場だと僕の妃にするには問題が多くてねえ……それに君も、僕を全く異性として見ていない」
なんの話だ。全く脈絡が読めない。コルセットではない理由で眉間にシワを寄せる私に、エイロスは。
「ところで私は狩りが趣味なのに弓が下手だよね。こればっかりは補正なのか全然上達しないんだ。悲しいね。でも、この時だけは必ず当たるって知ってたから。こっそり愛の金矢を持ち出したのさ」
「うっわ」
もう建前とか忘れてドン引きしちゃったわ。いやだって、ねえ?
愛の金矢、もとい国宝。まさに私が被害を食った番外編のタイトルの由来でもある。
そしてゲーム内だとSSSR級のレアアイテムだ。対象の好感度に問答無用で馬鹿げた量の加点が行われる、公式のバグと名高い代物。
そのくせ課金ではなくランダムで極々稀にドロップするとかいう意味のわからん仕様で、その理由も「神の気紛れ」と設定されている。実装直後、数多の“ご意見”で公式サイトのサーバーが落ちた話は有名だ。
なんでかっていうと、これ、出たのが自分の目当ての攻略対象じゃない時とかだと大事故が発生する。スチルの回収とかルート分岐とかで。しかも売り払うこともできないから手に入れた瞬間、取扱い注意の爆弾と化す。
それらは、この世界では「射手への愛を必ず目覚めさせる」という効果で反映されていた。故に国宝。
――――そんなものを私なんぞに向けたのか。
え、趣味悪くない?
とは言えそれで納得できた点はある。
「無茶のある婿入りはそのせいですね」
「そう。矢の使用を公にすることはできないから、これを理由に僕の罰を重くはできない。でも使用されてしまった以上は放ってもおけない。ならばいっそ対象者と結婚させて無かったことにしてしまおうと重鎮方は結論付けた」
「治療薬を使ったのも?」
「当たり。あの矢では物理的な傷がつかないから、それを誤魔化したかったんだ。君が痛みを感じたのは魔法防具と変に干渉したせい。君のご両親、結構な子煩悩だから、変な虫がつかないようにって精神防御系の宝石持たせてたんだねえ。これは予想が甘かった僕のミスだから申し訳ないよ」
なんていうかなあ。やることが極端すぎやしないか。
頬を掻いてしまう。あ、ついうっかり。メイク前で良かった。
というかそもそも。
「別にそこまでしなくても結婚ぐらいしますよ」
まずそもそも嫌いになる理由が特にない。幼馴染みとは恋が成立しづらいんだっけ? でも幼馴染みって言うほど距離が近いわけではないから、逆にちょうど良かったのかも。
私が敬語を使ってるのは立場上しょうがないからってだけで、距離を取るための道具じゃない。ですます口調なだけだから語尾以外は全然ラフに喋ってるし、こんなん相手がエイロスじゃなきゃ完全に不敬罪だわ。
私としては、変えられない結婚相手なら、好かれてるのはむしろラッキーって感じ。
なのにどうしてこの人は変に煮え切らない態度なんだか。
「うーん、君の立場だとそういうしかないからなあ。もし嫌になったのならどうにかしてあげるから言ってね。馬鹿王子の処分なら幾らでも方法はあるから。時間はすこし掛かるけど」
「え? 別にその必要なくないですか」
ぽかんとエイロスが口を開ける。いや、なんで。
「ほんとに? 気持ち悪い、やっぱり結婚しないってならないかい?」
「それなら今の話聞いた直後にぶん殴ってますけど」
私はか弱く従順な令嬢じゃない。嫌なら普通に抵抗する。だって仮に殴っても今の私なら情状酌量を要求できるし。向こうが受け入れざるを得ないとも言うけど。
「でも君はもう矢が刺さってるから、僕の都合の良いように精神干渉されてるのかもしれない」
埒が明かない。なんでそんなに自信ないの。思わず溜め息をつく。
自分がやらかしてる自覚があるせいかもだけど。小さい頃から見てきたんなら、私が好きでもない男の為に頑張ってドレス着る訳がないってなんで分かんないかな。
まあ、でも。そんなに信じられないってなら、証拠のひとつでも用意してやろう。
結婚式まで取っとくつもりだったけど仕方ない。
「エイロス、こっち見て」
手招き。私が名前を呼び捨てるのは珍しいから、すぐに反応される。
間も無く夫になる男は何にも気づかないで、どうしたんだいなんて言って不思議そうに覗き込んでくるので。
伸び上がって――――胸ぐら引っ付かんで引き寄せて、口の端ぎりぎりでキスしてやった。
「本番は後でね、旦那様?」
――後に語られる話として。
第一王子は、結婚式で右手と右足を同時に出して歩いたとされる。
愚鈍さの証左とも言われるそれが、ただの初恋拗らせ野郎による挙動不審だと知っていたのは、ヴェールがあるのを良いことに爆笑していた花嫁のみであった。




