三日後
「……やれやれね。まただわ」
暗闇に閉ざされた洞窟で、とある少女が嘆息混じりに一人ごちる。
かしゃり、と板金が擦れる音を奏で、重装甲の戦士はその場にしゃがみ込んだ。
その体躯は、あらゆる姿勢に沿う業物の甲冑に包まれている。
白を基調とした甲冑に、金色の意匠。
アンダーに着こんだドレスのスカートに追従する腰部の装甲は、花弁のように広がり。
それらのデザインにも富んだ出で立ちは、可憐ささえもはらんでいる。
さらに桃色の長い髪を二つに結わえ。
真っ赤なマントを纏い、腰に豪奢な小型剣、背に大盾を背負うその少女が、特段小柄なのはドワーフという種族だからだ。
元来のドワーフはドヴェルヴとも言い、地妖精と同種の妖精種から進化し、寸胴でヒゲもじゃだった。
――が、大気に氾濫した魔素の毒性に適応する中で、ほぼ人族に近い形に変わっていったのだ。
そしてドワーフは、暗闇の中でも良くモノが見える。
少女の足元には、無残にも息絶えたボロボロの人型が、仰向けに倒れている。
周囲の痕跡を探った結果から察するに、殺された後引き釣り回されて遊ばれたのだろう。
めった刺しにされているが、おそらく、前衛、剣士だろうと、ドワーフ少女は考える。
一応、病魔や呪い等の類を退ける『浄化』の天恵は、既に施してあるが、念のために、ドワーフは、背中の盾裏から戦槌を取り出し、ピック部分を使ってその身体を裏返す。
首から提げられたプレート状のバッヂを見れば、その者が冒険者であることが解る。
「やっぱり、鉄等級だわ」
同様に息絶えた冒険者を、少女はここまでに二人見て来た。
「これで3人目……か。依頼元の村で聞いた話じゃ、5人だって言ってたから。あと2人……は、連れていかれたかしら?」
ここは洞窟の入り口から既に遠い奥地だ。
だが、細く狭い洞窟はまだ奥に続いている。
冒険者の死体はどれも死後3日と言ったところだ。
なぶり殺しにされたんじゃなかったとしても、水も食料も無ければ死が見える頃合いだろう。
「……まだ無事だと良いけど……」
冒険者は良く死ぬ。特に経験の浅い下級のランクは、その率がぐんと上がる。
淡い期待と諦めを抱きながら。
そうして、ドワーフは再び奥へ歩き出した。
――現代は、いわゆる戦後の時代。
魔王の軍勢との戦いが決着し、平和になりつつある時代だ。
そのはずなのだが。
まだ、魔王の残党や、悪辣な輩は蔓延っている。
旅する中で、少女はそのことをよく理解した。
魔王討伐パーティーが解散となった後。
その中で前衛を担当していたドワーフの娘は、一人、世界を旅してまわっていた。
最初は、大仕事を終えた後の物見遊山程度のつもりだったが。
だんだんと、あらゆることに首を突っ込むようになった。
性分なのだ。
放っておけなかったのだ。
当ても無く放浪する道中。
そのついでに。
魔王軍の残党を狩り。
困っている村人を助け。
時には、行方不明の冒険者の捜索にも参加してきた。
その娘の名は、プリムティス・アルフヴェイン
かつての魔王討伐パーティーの一員で。
今や、大都市に銅像が立つほど、有名な英雄だった。
そして、さらに進んだ洞窟の最中――。
「アーチャー5、戦士8、シャーマン3、ホブ1、斥候3……」
大きく開けた大空洞的な区域で、少女は妖魔の群れに取り囲まれた。
察するや否や。
慣れた所作で、プリムティスの手には、即座に大盾と戦槌が握られる。
その動作の合間にも、観察と思考は怠らない。
「……なるほど。細い一本道で前衛と思わしき者を挟撃で仕留め、この開けたところに貧弱な後衛を引き摺って来て、玩具にしようってわけかしら。……つまり、どっかにそれをあんたらに教えたリーダー格が居るわけね」
とはいえ、その独り言のような問いに答える者はいない。
きっと今まではその作戦でうまくやってきたのだろう。
だから負けるなんて思っていない。
様々な武器を手に、妖魔は勝ち誇ったように気色悪い笑いを浮かべている。
そしてこれら小型の妖魔は、ゴブリンという名で良く知られる魔物だ。
プリムティスに雨のように降り注ぐゴブリンの矢。
シャーマンが行使する様々な属性の初級難度術式――。
【火矢】、【雷光】【風刃】【水刃】、【石弾】
それらが小さな体躯に殺到し、炎を上げ、閃光を発し、衝撃音が迸る。
けど。
熱気が、土煙が、蒸気が、魔力の残滓となって霧散する最中。
そのシルエットは微動だにせず健在で。
「まぁ、どうでもいいけど」
飛び掛かってきた大き目の妖魔――ホブゴブリンに向けて、少女が無造作に、戦槌を振るう。
ドゴン!!
――と岩盤の大空洞内に、重々しい殴打の残響が轟き。
人型の妖魔の胴体が、千切れて飛んでいった。
「あら、ゴブリンってこんなに脆かったかしら」
少女は、振るった片手用戦槌にこびり付いたモノを、振るって払う。
びちゃり、と地面に赤黒いものが散る。
それで、ゴブリンたちの薄ら笑いはピタリと止んだ。
「守備型の前衛でワンパンとはね。……アイアン等級の受ける依頼じゃ、出てくる魔物もこの程度か」
そして、妖魔は、少女を囲うようにして、まだ周囲に何匹も居る。
「~~~~、~~~~~~!!」
そのうち一匹が妖魔語で、何かを叫び。
「~~!!」
別の妖魔が、空洞内の奥に走る。
「守護神アティスに、願う。――かの物を貫きたまえ、『光条の矢』!!」
逃げた妖魔が、一陣の光弾に穿たれて絶命する。
頭部を消しとばされて倒れた仲間に狼狽える妖魔たちを尻目に。
少女は、言う。
「行かせないわよ。――全部聞こえてんだから、『ボスに知らせろ。奥のまだ生きている女を連れてこい』って、ね。情報は何一つ渡さないし、人質も取らせない。あんた達の好きにはさせないわよ」
プリムティスの着る甲冑、その下のドレスには、賢者技能証・金等級の階級章が貼られている。
各種魔物の語学は、賢者技能の一つとして定番。
右から斬りかかれ。
矢を射ろ。
掴んで動きを止めろ。
そんな妖魔達の言葉は筒抜けだ。
低い知性で立てられた作戦などものともせずに。
ドワーフの振るう戦槌と神の光が、妖魔たちを次々に殲滅していった。
全てを殴殺し終え、大盾の裏に戦槌を仕舞い、大盾を背中に背負いなおす。
「……たしか今、女は生きてる、って言ってたわね。この先かしら」
プリムティスはさらに奥へ急ぐ。




