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絶望の淵で

 シエナは、こぶしを強く握り締めた。 

 

 

 遠くで、まだ爆発音がする。


 埋葬する時間などありはしない。

 それにまだ、生きてる人たちだっている筈だから。

 シエナはそっちに行かなければいけないから。


 

「ごめんね、後でまた来るから。少しだけ、待ってて」


 

 

 そうして、少女は走り出した。 

 地獄と化した、村の中を。



 せめて、生きている村人くらいは守って死のう。

 そう思い。



 けれど。

 その脚はすぐに速度を失って、よろめいた。


 怪我でもしていたのか、シエナの脚は思うように動かなくなっていた。

 それでも脚を引き摺って、一歩一歩を踏みしめる。

 そんな地面の感触は、とても昨日までと同じ大地だと思えない惨状だ。


 景色は、まるで魔境だった。


 守人(もりびと)や、村人だけじゃない。

 多くの魔物も息絶え、四肢の整わない姿で転がっている。


 あちらにも。

 こちらにも。


 エルフの兵士たちは決して弱かったわけじゃない。

 その証拠に、エルフ側は少数精鋭ながら多くの魔物や魔族を葬っている。

 ただ、魔法への対処が薄かったことと、単純に数で敵わなかった。


 ……まだ、少なからず、どこからか剣戟も聞こえてくる。



 洞窟に避難した村人は未だ無事だろうか。

 

 急がねば。


 シエナはそう思うけれども。

 

 

 もはや石ころ一つをまたぐ体力も失せ。

 エルフの少女は、音を立てて倒れ伏す。

 くすんだ長い金色の髪が、はらりと焦土に広がった。


 魔力の残滓が充満し、立ち込める煙と燻る炎が、周囲の酸素を悉く奪いつくす一帯に、おのずと身体は悲鳴を上げ、生きる糧を渇望する。


 肺は酸素を求め、心は立ち上がる事を拒んでいる。 

 このまま死んだ方が楽かもしれない。

 そんな諦めが、脳裏を侵食してくる。


 黒煙が幾重も立ち昇る、地獄のような熱気と景色。


 緑豊かで、平和だった村はもはや見る影も無くて。

 火を放たれた家は、どれももはや炭と瓦礫と化し。


 


 ――……。

「……やっぱり、ユーリと、いっしょに、逃げれば、よかた、かな……」


 荒い呼吸が、上手く言葉を発してくれない。

 消え入りそうな独白を圧して、少女は全身に力を籠め、気力を振り絞って立ち上がった。


 洞窟の入り口はすぐそこだ。

 魔物は近くに居な……。




「あぐッ!?」


 横っ腹に強烈な衝撃が奔り。

 急に、少女の身体が宙に浮いた。

 

 どん、と音をたて、地面に激突して、ごろごろと丸太のように転がって。


「くっ……」



 このまま、倒れたら二度と起き上がれない。

 それを知っている少女は、すぐに立ち上がる。


 朦朧とする視界。

 そこには、人型の巨体が写り込んだ。


 何の魔物か……、解らない、見たこともない。

 ただ、手には棍棒のような斧のようなものが握られている。


 あれで殴り飛ばされたに違いなかった。

 

 脚が痺れかけているのは、背骨に何かあったのかもしれない。

 それにお腹が熱い。

 

 ユーリの惨状が脳裏をよぎる。


 傷や出血がどうなっているのか、目のするのも怖く。


 シエナは前だけを見て。

 力を振り絞って、腕を振りかぶる。


 シエナの声が苦悶に歌う。 


「――水で、生、き、火に死、する――傾、聴、せよ、心無きやい、ば――」 

 

 練り上げた魔力に、言霊を乗せた術式命令を施し、その作用を変質させる。



 木属性・汎用術式――

「『木葉の短剣(フォリッジ・ダート)』!!」

 

 掌の中に現れた、木葉の刃を、残された力の限りで投げつけた。


 狙い通り。

 一直線に、その刃は、巨人の額に突き刺さる。

 がくんと、頭をのけぞらせ、巨人は膝をついた。


 その動きが停止する。



 しかし。

 すぐに、巨人は姿勢を戻し。


 シエナに向かって走り出した。

 手にした、大斧を振りかぶって――。


「くっ……」


 何年も修練してきた魔術の効果がこの程度とは。


 ふっ。


 シエナは、笑いがこみ上げそうになる。 


 それにもう、身体が言う事を聞かない。

 

 避けるのは無理だ。

 逃げるのも無理だ。

 防御用の術式は習得していない。


 自分が持っていた短剣は、もうどこかに無くしてしまった。



 どちらにせよ、ここで巨人を倒せても。

 戦況に変わりはない。


 敵を全滅させるのは死に体の見習いには、不可能な選択だ。



 

 ここまでかな……。



 少女は諦めた。



 目前に迫り、得物を振り下ろす巨人の一挙手一投足を受け入れる。



 万事休す。

 



 その時。



 一陣の風が吹きすさぶ。



 ガキリ、と残響が奏でられ。



 真っ赤なマントが、シエナの視界を埋め尽くす。




 えっ?

 

 

 今、シエナの思考は、走馬灯のようにスローモーションで。

 

 

 靡く、桃色の髪に、シエナより小さな体躯。

 純白の甲冑に、黄金色の意匠が施されたそれは、まるで戦女神の装いのようで。

 パニエとフリルを覆うミニスカート状の腰部装甲が、可愛らしい。


 場違いとも取れる、鮮烈なシルエット。


 その小柄の背中越しには、たった今大斧を跳ねのけられ、体勢を崩しゆく巨体が見てとれる。 


 左手に、大盾を携え。


 右手に、戦槌を構え。


 甘い色の少女の声が伝う。


「――神技(しんぎ)天意真明打(てんいしんめいだ)!!」


 守護神の加護と、戦気(オーラ)を宿したハンマーが、巨人の腹部を撃ち砕き。

 迸る浄化のエネルギーが、その巨躯を消し飛ばす。


 

 何が起こったのか。


 シエナには理解できなかった。


 目の前に現れた、小さな英雄が、何者なのかも――。



 

 その小柄は、振り向きざま笑顔で。 


「……よかった。間に合って。アンタが毒で鈍らせていなかったら、間に合わない所だったわ」


 しかしそんな言葉が届かない程、意識がもうろうとするシエナは、既に限界で。

 そのまま、膝をつき、倒れた。

 

 それを冷たい真っ白なガントレットが受け止める。

 

「おっと、ごめんなさい。そう言えばアンタ結構な重症なのよね。――今、治癒の天恵(ヒール)を施すから、もう少し頑張るのよ」



 そうして、温かな光が、シエナを包み込む。


 眠る様に気を失ったシエナの脳裏には、この英雄の後姿が深く焼き付いたのだった。






 

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