スタートライン
修道院跡の空き地。
無人で老朽化していた建物は解体され、敷地を囲う壁だけが残っている。
そんな片隅に、手作りの小屋のようなものがぽつんと立っていた。
出来栄えは荒く、壁は隙間だらけで、とりあえず雨だけはしのげる。
といった風だ。
「ここは?」
「修道院跡地よ。あとこれは私が間に合わせで作った、倉庫みたいなもんかしら」
ハルハの問いに答えつつ、プリムティスはその小屋に入る。
中には大工道具の他に、木剣や木の枝が何本か立てかけてあった。
あと、鎧などを立てて置いておけるトルソーのようなものも。
プリムティスは、身に着けている革鎧や兜、靴を脱ぎ、そのトルソーに着け始める。
その途中声だけで問いかける。
「そういえば……シエナだっけ? アンタ、冒険者のランクは?」
「ランク……?」
「何等級なのよ。あるでしょう、身分証のプレート」
アーマーを外し終え、ドレスだけになったプリムティスが、首から下げている証を見せる。
「こういうヤツよ」
プリムティスの物は、金剛石の材質をコーティングし、簡単に壊れたり炭にならないように設えたプレートで、そこにはプリムティス・アルフヴェインの名前のみが刻まれている。
「凄い……これが金剛石等級の身分証なんですね」
そう感嘆しつつも、続いて取り出したハルハのプレートは木製だ。
そこには、プリムティスと同じように、ハルハ・リンクスの名前が刻まれ、その裏には、ランクを示す『△』だけが刻まれている。
「私は、そういうの持ってない」
その言葉に、ハルハは。
「じゃあ、――シエナさんでしたっけ? あなたはなんでギルドに居たんですか!? あそこは身分証が無い者は入っちゃダメなんですけど?」
ヒトのこと言えんでしょうが。
と思いつつ、プリムティスは厚底のブーツを脱ぎ。
倉庫に置いてあった、可愛らしめの靴を履く。
桃色の長めの髪をポニーテールに結び。
それで、武骨な見た目から、長袖のドレスに、パニエの可憐な少女のようになった。
身長もドワーフ相応で、人間から見れば10歳前後の様相だ。
「まぁ、森から出たばかりのエルフが、冒険者の事を良く知らないのも当然かもね」
そう言いつつ、プリムティスは木の枝を何本か手にし、倉庫を出る。
そして、そのまま二人の隣に同じ方向を向いて立ち、まとめて持っている枝から一本を右手に持ち、土の地面に文字を書く。
/・∠・△
プリムティスは言う。
「ハルハのプレートで言うなら、その△は、『/』『∠』『△』の順で、見習いの中では3番目のグレードって意味ね」
つづけて、記号や文字も描かれる。
木| /・∠・△
――――――――
鉄| G・F・E
銅| D・C・B
銀| A
――――――――
金|Ⅴ・Ⅳ・Ⅲ・Ⅱ・Ⅰ
――――――――
「他には、こんなかんじで分けられていて、冒険者ってのは、誤って身の丈に合わない依頼を受けてしまわないように、ある程度制限がされてんのよ。その基準になるのが、冒険者のランクと等級ってわけ――まぁ、それでも、油断や情報不足で全滅、なんてことはよくあるんだけど……」
「プリムティス様はどのあたり?」
シエナの質問に、魔法使いハルハは噴き出して。
「欄外です。金よりも上なんです。当然でしょう?」
「でも、この街に来るまでに、プリムティス様は冒険者として実績を積んだと聞いたけど――つまり冒険者ってことだよね?」
シエナは、横に立つプリムティス――。
その少し低い位置の横顔を見下ろして言った。
プリムティスは想いを馳せる。
そして、かつて魔物を狩る退治屋として働き始めた頃の事を思い出す。
数多くの依頼、難関、死の淵をくぐりぬけ、仲間の死を、救えなかった者達を、置き去りにしてきた。その後悔と生き残った者の責務を積み重ね、今ここに居る。
その全てを、
「まぁね……」
――という一言に籠めた。
その軌跡は、紛れもなく冒険者だと自負できる。
だから、頷いた。
「――ええ、アンタの言う通り、私は冒険者よ。たとえ、大魔王と戦っていた時の私だったとしても、私はずっと冒険者だったわ。――少なくとも、私はそう思ってやってきたはずよ」
「じゃあ、私も冒険者になるよ」
「そう?」
「そして、私も、プリムティス様のようになる――、誰かをちゃんと守れる人に!」
シエナの目には、決意が滲んでいるようだった。
プリムティスは微笑を浮かべて。
「じゃあ、決まりね」
決まり?
と、二人はプリムティスを見る。
「私は、この場所で、冒険者を育てる。――駆け出しの冒険者が、もうつらい思いをしなくても済むように、ね……?」
そして、プリムティスも二人を見た。
「つまり、勧誘しようと思って二人をここに案内したわけなんだけどさ……どう、伝説の英雄の1番弟子と2番弟子……なってみない? 損はさせないわよ?」
間髪入れずに名乗りを上げたのはハルハだ。
「なるに決まってます! 1番目の席は私です」
「何言ってるの。こっちはキミよりも10年も前に会ってるんだからね、私が1番に決まっているじゃないか」
続く言い合いに。
ふっ
とプリムティスは笑って。
どちらにせよ、ここから始まりだ。
この掘っ立て小屋から。
はじめてやる。
そんな決意をさらに固めつつ。
懐からナイフを取り出して、木の枝を削り始めるのだった。
訓練に使う木剣を作るために。




