五日目
目が覚めると、美月は体が軽くなっていることに気づいた。
「熱が引いてる」
ふと、足元を見ると、白虎が転がっていた。
猫のように体を丸めて、眠っている。
美月の中にいたずら心が湧いてくる。
白虎に近づくと、指先でその額をぴんと弾いた。
「んあっ!なんだっ!」
白虎が飛び起きる。
目を白黒とさせて、辺りを見回す。
「おはようございます」
「おお!治ったのか!」
白虎は美月の元気そうな姿を見て、嬉しそうに笑った。
「はい、ありがとうございました」
「良かった!そうだ、朝食の果物を取ってくる」
「あ、一緒に、」
美月が止める間もなく、白虎は走り去った。
その背中に、美月は困ったような笑みを向けた。
しばらく待っていても、白虎は帰ってこない。
心配になってきた美月は、白虎を探しに行くことにした。
「白虎さーん!」
白虎の名前を呼びながら歩くが、中々見つからない。
「焦げ臭い……」
あの社の方向から、焦げ臭い匂いがした。
嫌な予感がした美月は、走り出す。
社の前に白虎が座っていた。
社は燃やされて、ボロボロになっていた。
白虎は膝に顔をうずめて、座っている。
美月は白虎の前にしゃがみ、そっと彼に手を伸ばす。
だが、手を叩き落とされた。
「触るなっ」
顔を上げた白虎の目は怒りと悲しみに満ちていた。
初めて会った時のように、ガルガルと唸り声を漏らしている。
「話を聞かせてくれませんか?」
「あなたのことを、もっと知りたいんです」
美月は穏やかに微笑む。
「人間なんて、嫌いだ」
「お前も嫌いだ……」
白虎は泣きそうな顔で呟いた。
「私は白虎さんのこと、好きですよ」
「荒っぽく振り回してくるところも、子供っぽくて直ぐにコロコロと機嫌が変わるところも好きです」
美月の言葉に白虎がムッとした顔になる。
「今のは悪口だ」
「ふふっ。ちゃんと気遣いができて、相手を思いやれるところも知っていますよ」
白虎は目を伏せて謝る。
「悪かった」
白虎は体を捻って、後ろにあるボロボロの社を見る。
「この社は、俺にとって大事なものだ」
白虎は懐かしむように目を細める。
「俺はこの社にいた神に仕える神獣だった」
「だが、数百年前に、この社の神は人間に殺された」
「自暴自棄になった俺は、この辺り一帯で暴れ回った」
白虎は俯く。
「俺はいつからか、人々に『妖魔』と呼ばれるようになった」
「妖魔とは災害を起こし、人を殺す化け物のことだ」
白虎が顔をあげる。
瞳が不安そうに、揺れている。
「俺が怖いか?」
美月は白虎の目を見て、ハッキリと告げる。
「怖いです」
白虎が悲しげに俯く。
美月は白虎の頬に手を添えて、顔をあげさせる。
「分からないから、怖いんです」
「もっとあなたのことが知りたい」
白虎は眉を下げて、ジッと美月を見ている。
「教えてくれませんか?」
美月は穏やかに、微笑みかける。
「何が好きで、何が嫌いなのか」
「楽しいと思ったこと、悲しいと思ったこと」
一言一言を噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私に教えてください」
「ありのままのあなたを」
白虎の胸が高なっていく。
こんなふうに、まっすぐ向き合って言葉をかけられるのは久しぶりだった。
美月は白虎のことを、ちゃんと見てくれていた。
神獣としてではない。
妖魔としてでもない。
ただの白虎を見てくれていた。
「…………」
白虎の頬が赤く色付いていく。
心臓の音がやけにうるさい。
「どうかしましたか?」
美月が不思議そうに白虎を見る。
先程までは平気だったのに、今は美月の顔が見れない。
白虎は顔を背けた。
「白虎さん、顔が赤いですよ」
「もしかして、私の風邪がうつってしまったんじゃ……」
美月が気遣わしげに、白虎の額に手を伸ばす。
その瞬間、白虎はバッと立ち上がった。
「美月!俺は、イノシシの肉が好きだ!」
突然、白虎が言い放つ。
「果物はみかんが好きだ!」
「魚はあまり好きではない!」
「だが、釣りは好きだ!」
白虎の言葉に美月はキョトンとした顔になる。
だが、直ぐに笑みを浮かべて、白虎の話を聞き続けた。
しばらく、白虎は食べ物の話をし続けた。
「そういえば、朝食をとりそこねたな」
「そうですね。一緒に果物を取りに行きましょう」
美月の言葉に白虎は笑顔で頷いた。
二人で果物をとって、洞窟に戻る。
遅めの朝食をとったあと、二人は洞窟の近くの、木の下で休んでいた。
そよそよと心地よい風が吹いている。
美月の頭が白虎の肩に乗る。
白虎はそっと美月の頭に、頬を擦り寄せた。
穏やかな時間が流れる。
白虎は目を閉じて、眠りについた。
その日の夜は、イノシシの肉を焼いて食べた。
美月が眠ろうとしたとき、ふと白虎と目が合った。
「ありがとな、美月」
白虎の言葉に美月は微笑みを返す。
そうして、少しだけ特別な一日が終わった。




