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8話 いざ顕現


 演習場には、乾いた緊張が漂っていた。


 円形に整えられた床。

 等間隔に刻まれた補助術式。

 その中央に、一人ずつ立つ。


 顕現実習。


 降霊術学科において、

 “降ろす”ことを初めて許される瞬間。


「次、リナ・ミツルギ」


 名前が呼ばれると、空気がわずかに引き締まる。


「はい」


 リナは迷いなく前へ出た。

 深呼吸ひとつ。

 魔法陣が展開される。


 魔力の流れは安定。

 同期率も高い。


 数秒後、光が凝縮し――


 人型のアバターが、静かに顕現した。


 完成度の高い器。

 均整の取れた輪郭。

 ――あまりにも、手慣れている。


「成功だ」


 誰かが小さく呟く。


 教師は淡々と記録を取り、次を促した。



 何人か続いた後、

 空気は次第に“慣れ”を帯びていく。


 成功。

 小さな失敗。

 形にならず霧散。


 教科書通りの流れ。


 そして――


「次。ユウリ・カミナギ」


 その名が呼ばれた瞬間、

 ざわめきが、ほんの一拍だけ遅れた。


「……はい」


 ユウリは前に出る。


 中央に立ち、

 魔法陣を展開する。


 基礎は、完璧だった。

 線の太さ。

 間隔。

 魔力の流し方。


 どれも、教えられた通り。


(……大丈夫だ)


 そう思った、はずだった。


 魔法陣が、淡く光る。


 起動はしている。

 同期も、始まっている。


 ――なのに。


 何かが、来ない。


(……?)


 意識を集中する。


 呼びかける。

 “そこにあるはずのもの”へ。


 観測実習で感じた、あの気配。

 夢の中で、確かに触れた“何か”。


 ――返事がない。


 魔法陣の光が、わずかに揺らぐ。


 暴走は、しない。

 歪みも、ない。


 ただ。


 そこから先に、進まない。


(……来てくれ)


 喉の奥で、言葉にならない声が生まれる。


 だが、

 魔法陣はそれ以上、何も生まなかった。


 数秒。

 十数秒。


 沈黙が、長く感じられる。


 やがて――


 光が、すっと消えた。


 何も顕現しないまま。


 魔法陣だけが、

 未完成のまま、

 床に残されている。


「……終了だ」


 セオドールの声が、静かに落ちた。


 誰も、すぐには声を出せなかった。


「同期失敗」

「顕現なし」


 淡々と、記録が読み上げられる。


 失敗。

 それだけだ。


 ユウリは、動けなかった。


 失敗した、という実感より先に――


(……今の)


 確かに、触れかけた。


 何かが、そこに“いた”。


 でも、

 降りてこなかった。


 拒まれたのか。

 届かなかったのか。


 分からない。


 ただ一つ分かるのは――


 世界は、

 何事もなかったように、

 次へ進んでいくということだった。


 

 ――顕現しなかった。


 その事実だけを見れば、

 ユウリ・カミナギの実習結果は「失敗」だった。


 リナは、演習場の端からその様子を見ていた。


 魔法陣は正確。

 魔力の流し方も、規格通り。

 無駄も、焦りもない。


 それなのに。


(……おかしい)


 違和感は、はっきりしていた。


 同期が、途切れていない。

 遮断もされていない。


 “入口”は、確かに開いていた。


 ――でも、来なかった。


(拒否、じゃない)


 祖国で学んだ降霊術なら、

 この状況はあり得ない。


 魂が応じないなら、

 もっと露骨な反発が出る。


 暴走。

 歪み。

 あるいは、明確な断絶。


 けれど、ユウリの魔法陣は――

 あまりにも、静かだった。


(……何だ、これは)


 王国式降霊術は、

 安全性と再現性を最優先する。


 だからこそ、

 “規格に合わないもの”は――

 最初から、掬い上げない。


 それは、間違いではない。

 合理的で、正しい。


 ……でも。


 リナは、無意識に拳を握っていた。


(あれは、失敗じゃない)


 あの瞬間、

 ユウリの周囲にあった“気配”。


 ほんの一瞬。

 確かに、何かが――

 触れかけて、引いた。


 教師は淡々と「次」と告げる。

 実習は、滞りなく進む。


 誰も問題にしない。

 問題にする理由が、ない。


 それが、この国の降霊術だ。


(……だから、私は)


 胸の奥に沈めてきた感覚が、

 久しぶりに疼いた。


 祖国で感じていた、

 あの言葉にできない違和感。


 王国に来た理由。


 リナは、ユウリの背中を見る。


 彼は何も言わず、

 列の端へ戻っていった。


 その姿に――

 自分の探している答えを期待せずにはいられなかった。

 

「――次」


 教師の声で、実習は再開される。


 ユウリは、

 演習場の端へと戻った。


 誰も責めない。

 誰も慰めない。


 それが、

 この失敗の“正しさ”だった。


 胸元の御守りに、

 無意識に指が触れる。


 ――静かだ。


 何も、応えない。


 なのに。


 確信だけが、残っていた。


 自分は、

 失敗したわけじゃない。


 ただ――

 このやり方では、違っただけだ。


 ◇


 次の日。

 

 鐘の音が鳴ると、教室の扉が開いた。


 アルマリア先生が入ってくる。


 小柄な体躯。

 プラチナブロンドの髪が、歩くたびに揺れる。

 いつも眠そうな半目は紫色。

 黒を基調としたローブ姿は、ところどころに可愛いらしい装飾が施されている。


 教卓に鞄を置き、

 端末を接続する。


「……あー」

「めんどくせー」


 間の抜けた声。


「今日も降霊術理論。

 顕現プロセスの続き」


 それだけ言って、投影を出す。


 誰も驚かない。

 誰もざわつかない。


 ――いつもの授業だ。


「昨日、顕現実習やってるな」


 数人が、微妙な表情を浮かべる。


「成功した奴。

 失敗した奴。

 途中で形が崩れた奴」


 淡々と分類される。


「結果に一喜一憂するな。

 今は、全員等しく雑魚だ」


 教室の空気が、ほんの少しだけ張り詰める。


「勘違いするなよ。

 これは貶してるわけじゃない」


 紫の瞳が、学生たちをなぞる。


「伸び代があるって意味だ」


 誰かが、息を吐く。


「で」


 アルマリアは画面を切り替える。


「教科書だと、顕現失敗の原因は三つ」


 投影に文字が並ぶ。


 ・同期率不足

 ・魔力制御の乱れ

 ・媒介不全


「……嘘じゃない」


 一拍。


「でも、それで説明できないケースもある」


 ユウリの背中が、微かに強張る。


「例えば」


 アルマリアは、何気ない調子で言う。


「魔法陣は完璧。

 魔力も安定。

 同期も途切れてないのに――

 何も降りてこない」


 教室が、静まった。


「この場合、教科書は何て言ってる?」


 数秒の沈黙。


 誰も答えられない。


「“稀な例”」


 アルマリアは、自分で答えた。


「つまり、考察対象外だ」


 鼻で笑う。


「……雑だろ」


 その言葉が、妙に刺さった。


「私はな」


 彼女は教卓に腰掛ける。


「そういう“例外”が、

 一番大事だと思ってる」


 視線が、ゆっくりと動く。


 一瞬だけ――

 ユウリのところで、止まった。


 何も言われない。

 だが、確かに見られた。


「鵜呑みにするな。

 疑え。

 自分の頭で考えろ」


 いつもの台詞。


 けれど今日は、意味が違って聞こえた。


「で、課題」


 話は、急に現実に戻る。


「顕現実習のログ。

 全員、自分の“違和感”を書いて出せ」


 ざわっとする。


「成功・失敗は関係ない。

 数値に出てない感覚だけ書け」


「主観ですよね?」


「だからだ」


 即答。


「主観を切り捨てる奴は、ニ流だよ」


 それが、

 褒め言葉なのか、

 警告なのかは分からない。


「……あー、めんどくせー」


 アルマリアは立ち上がる。


「課題は授業終了時に提出な」

 

 そう言い残し教室を出た。


「では、また後で」

 そう言い残して。


 学生たちは、ざわざわと動き出した。


 ユウリは、席に座ったままだった。


 胸の奥に、

 はっきりとした感覚が残っている。


 ――この人は。


 昨日の失敗を、

 「気にするほどじゃない」とは言わない。


 だからこそ。


 ユウリは、

 初めて“救われた気”がしていた。


 ――白銀の堕天使アルマリア・ファウスト。


 その通り名が、

 今は少しだけ、

 違って聞こえた。

 

 ◇


 教員用端末の画面に、提出済みレポートの一覧が並んでいる。


 数は多い。

 一年生全員分。


「……あー」


 アルマリアは椅子に深く腰を沈め、背もたれに体重を預けた。


「めんどくせー……」


 愚痴は、誰に向けるでもない。


 端末を操作し、上から順に開いていく。


 ――同期率〇%。

 ――魔力制御に課題あり。

 ――教科書第三章を参照。


 似たような文章。

 似たような結論。

 どれも、間違ってはいない。


「うん、まあ……そうだよな」


 小さく呟きながら、スクロールする。


 成功者のレポートは、総じて短い。

 数値と結果が一致しているからだ。


 失敗者のレポートは、少しだけ長い。

 反省点を並べて、原因を当てはめて、安心したい。


 どちらも、悪くない。

 どちらも、普通だ。


「……つまらん」


 アルマリアは欠伸を噛み殺し、次のファイルを開いた。


 ――ユウリ・カミナギ。


 一瞬だけ、指が止まる。


「……ああ」


 昨日の演習場。

 顕現しなかった魔法陣。

 静かすぎる失敗。


 レポート本文が表示される。


 文は、整っていない。

 言い回しも、少し回りくどい。


 ――数値上、同期は成立していた。

 ――魔法陣の起動も問題はなかった。

 ――だが、顕現に至らなかった。


 ここまでは、他と同じだ。


 だが――


 アルマリアは、無意識にスクロールを止めていた。


 ――「失敗した」という感覚は薄い。

 ――何かが、来る直前で止まった気がした。

 ――拒否された感触ではない。

 ――応答がなかった、という方が近い。


「……」


 読み返す。


 数値の話に、戻らない。

 教科書用語も、持ち出さない。


 ――違和感があった。

 ――理由は分からない。

 ――だが、無視してはいけないと思った。


 アルマリアは、しばらく黙ったまま画面を見つめていた。


(断定しない)


 それが、まず目についた。


 分からないものを、

 分からないまま書いている。


(……珍しい)


 できない学生は、分からないことを誤魔化す。

 できる学生は、分かったふりをする。


 だが、このレポートは違う。


 ――分からない、と認めたまま止まっている。


「……あー……」


 アルマリアは、椅子の背にもたれ直した。


(教師として、これは)


 評価しづらい。

 というより――評価しない。


 規格外。

 例外。

 切り捨て対象。


 安全性と再現性を最優先するなら、

 正しい判断だ。


(でも)


 レポートを見返す。


 ――同期は、確かに開いていた。

 入口は、あった。


 それでも、何も来なかった。


(……才能がない、とは違う)


 才能がないなら、

 もっと分かりやすく失敗する。


 魔力が乱れる。

 形が歪む。

 途中で崩れる。


 あれは――

 “来なかった”だけ。


「……めんどくせーの引いたな」


 口調とは裏腹に、指はもう一度レポートをスクロールしていた。


 結論は、書かれていない。

 自分なりの答えも、出していない。


 ただ、事実と感覚だけが並んでいる。


(……嫌いじゃない)


 評価欄を開く。


 Sでもない。

 Aでもない。

 Dでもない。


 一瞬、迷ってから入力する。


 ――評価:保留

 ――備考:経過観察


 コメント欄は、空白のままにした。


 今は、言葉を与える段階じゃない。


「……ま、いっか」


 端末を閉じる。


 期待はしない。

 でも、切り捨てもしない。


 それが、自分のやり方だ。


 アルマリアは小さく息を吐いた。


「……あー、ほんと」


 静かな教員室で、独り言が落ちる。 


「めんどくせー」


 窓の外は、太陽が落ちかけている。

 

 夕陽を見つめる紫色の瞳は、いつもより少しだけ開かれていた。

 


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