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7話 観測訓練


 入学式から一週間が過ぎた。


 その間、ユウリたちはひたすら机に向かっていた。


 降霊術の基礎理論。

 魂と魔力の関係。

 王国降霊術の歴史。


 どれも、知識としては理解できる。

 少なくとも、ユウリはそう感じていた。


 端末に表示される小テストの結果も悪くない。

 理論面で遅れを取っている実感は、なかった。


 ――だからこそ。


 朝のホームルームで、その言葉が告げられた瞬間、教室の空気がわずかに変わった。


「本日から、実習を開始する」


 (遂に……来たか)


 次の瞬間、抑えきれないざわめきが広がる。


 誰もが待っていた言葉。

 そして、誰もが少しだけ怖れていた言葉。


 セオドールは、教卓に手を置いたまま続ける。


「今日は顕現ではない。観測実習だ」


 安堵と落胆が、同時に混じる。


「降ろすな。触れるな。感じ取れ」


 短い指示。


「降霊術は、力を使う前に“見る”術だ。

 今日は、それを覚えてもらう」


 ユウリは、小さく息を吐いた。


 ――ようやく、始まる。


 頭で理解してきたものが、

 実際の“現象”として目の前に現れる。


 期待と、不安と、説明できない胸騒ぎを抱えたまま――

 

 一行は、地下観測室へと向かった。

 

 地下観測室は、静かだった。


 壁に埋め込まれた魔導灯が、一定の周期で淡く明滅している。

 その中央に、透明な結界で囲われた小さな台座があった。


 台座の上に浮かんでいるのは、ぼんやりとした光の塊。


 ――魂の残滓。


 形は定まらず、煙のように揺れ、時折ひとつ、またひとつと色が滲む。


「顕現は禁止だ」


 セオドールの声が、観測室に低く響いた。


「今日は“降ろす”な。見るだけだ。

 触媒を起動する必要もない」


 数人の学生が、露骨に肩を落とす。


「残滓は安定している。暴走の危険はない」

「だが、観測を誤れば誤った結論に辿り着く」


 淡々とした説明。


 学生たちは、各自の魔導端末を起動した。


 浮かび上がる数値。

 色分けされた波形。

 同期率を示す簡易グラフ。


「……あ、これか」

「安定度、高いな」


 誰かが小さく呟く。


 ユウリも、端末に視線を落とした。


 ――数値は、確かに安定している。


 崩壊予測は低。

 魔力密度も平均的。

 教科書通りの“安全な残滓”。


(……なのに)


 視線を上げた瞬間、胸の奥が、わずかにざわついた。


 理由は分からない。

 音もない。

 色も変わらない。


 だが――


(……薄い)


 そう、思った。


 残滓が“弱い”のではない。

 “軽い”のでもない。


 まるで――

 そこに在る理由だけが、欠けているような。


「ユウリ」


 名を呼ばれ、はっとする。


 セオドールが、こちらを見ていた。


「観測結果を述べろ」


 一瞬、言葉に詰まる。


 ユウリは端末に視線を戻し、事実だけを拾い上げた。


「……安定度は高いです」

「規格値内で、崩壊の兆候もありません」


「他には?」


 問いは、短い。


 ユウリは、少しだけ迷った。


「……長時間の維持には向かない気がします」


 観測室が、静まった。


 誰かが、ちらりとユウリを見る。


「理由は?」


「……数値では説明できません」


 正直な答えだった。


 セオドールは、すぐには否定しなかった。


 数秒。

 残滓を見つめる。


「記録としてはどうする?」


「……主観的な違和感、として残します」


 それでいい、と言われる気がした。


 セオドールは頷く。


「よし。記録しろ」


 その一言に、周囲がわずかにざわついた。


 だが、教師はそれ以上触れなかった。


「――次」


 授業は、そのまま淡々と進んでいく。


 だが、ユウリの胸に残った違和感は、消えなかった。


 数値は、正しい。

 理屈も、正しい。


 それでも。


(……これ、本当に“安全”か?)


 答えは、まだ出ない。


 けれど、確かにこの時――

 ユウリの心に降霊術への小さな疑問が芽生えたのだった。


 ◇


 

 観測実習が終わると、生徒たちは一斉に息を吐いた。


「つ、疲れた……」


 シャオが大きく伸びをしながら言う。


「触っちゃダメ、魔力流すな、見るだけって……逆に難しくない?」


「集中力を使うからね」


 リナは苦笑しながら、魔導端末を閉じた。


 地下観測室から地上へ出ると、昼の光が眩しい。

 張り詰めていた感覚が、ようやく現実に引き戻される。


「でもさ」

 シャオはユウリをちらりと見て、にやりと笑った。


「ユウリ、結構平気そうだったよね。怖くなかった?」


「……少しは」


 正直に答えると、シャオは「えー」と声を上げた。


「絶対嘘! 私、途中で心臓止まるかと思ったもん!」


「シャオは、敏感すぎるんだよ」

 リナがそう言って、くすっと笑う。


「霊の気配に反応しやすい人ほど、観測実習はきついって聞いた」


「それ、慰め?」


「事実」


 二人のやり取りに、ユウリは肩の力が抜けるのを感じた。


 観測実習で感じていた、あの得体の知れない“気配”。

 それを、誰もが当たり前のように経験している。


 ――特別じゃない。


 そう思えただけで、少し楽になった。


「でもさ」


 シャオは急に声を潜める。

「ユウリ、あれ……見えた?」


「……何が?」


「ほら、魔法陣の奥。

 なんか、じっと見てくる感じの」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……分からない」


 それは、嘘ではなかった。

 けれど、本当でもなかった。


「そっかー」


 シャオはあっさり引き下がる。


「ま、初日だしね! 次は顕現でしょ?

 失敗したらどうしよー!」


「失敗してもいいんだよ」

 リナが即座に言った。


「実習は、そのためにあるんだから」


 その言葉は、柔らかいのに、不思議と芯があった。


 ユウリは、二人の横顔を見ながら思う。


 ――この時間が、続けばいい。


 そう思ってしまうくらいには。


 空は高く、王都は穏やかだった。


 ◇

 

 地下観測室での実習から二日後。


 ユウリたちは、いつもより少しだけ緊張した空気の中で席についていた。


 教卓の前に立つセオドールは、端末を操作しながら淡々と告げる。


「明日、顕現実習を行う」


 ざわ、と教室が揺れた。


 誰もが分かっていた。

 遅かれ早かれ来る。

 だが、実際に口にされると、重みが違う。


「降霊術学科における最初の関門だ」

「成功も失敗も含めて、ここがスタート地点だと思え」


 誰かが息を呑む音がした。


 セオドールは、学生たちの反応を気に留めることなく続ける。


「勘違いするな。顕現は“召喚”ではない」

「魂を引きずり出す行為でもない」


 端末の画面に、簡易的な図が映し出される。


 円。

 線。

 重なり合う魔力の流れ。


「顕現とは、魂の残滓と魔力を同期させ、一時的な器を与える術だ」

「王国が長年かけて体系化してきた降霊術は、安全性と再現性を最優先に設計されている」


 淡々とした説明。

 だが、その言葉一つ一つが、教室の空気を引き締めていく。


「魂は不安定だ。意思を持たせすぎれば暴走する」

「だから、我々は“人格の再現”は行わない」


 画面に表示されたのは、いくつかの顕現例。


 剣士。

 重装兵。

 狼を模した獣型。


 どれも、均整が取れ、無駄がない。


「これらは、生物の体を模した“アバター”だ」

「魂の入れ物。それ以上でも以下でもない」


 リナは、静かに画面を見つめている。

 シャオは、少し不満そうに唇を尖らせた。


「じゃあさ」


 シャオが手を挙げる。


「失敗したら、どうなるんですか?」


 教室が静まる。


 セオドールは、即答した。


「何も起こらない」


 拍子抜けしたような空気。


「同期に失敗すれば、魔法陣は起動しない」

「無理に流せば、魔力を消耗するだけだ」


 画面が切り替わる。

 歪んだアバターの映像。

 途中で崩壊する光の塊。


「形が歪む」

「維持できず霧散する」

「それが、典型的な失敗だ」


 事故の映像は、意図的に流されなかった。

 それが逆に、“大事にはならない”ことを強調していた。


「重要なのは、結果ではない」

「過程と、記録だ」


 セオドールの視線が、教室を一巡する。


「顕現実習は才能を測る試験ではない」

「自分が“どこまでできないか”を知るためのものだ」


 その言葉に、ユウリは小さく息を吐いた。


 ――失敗してもいい。


 そう言われているはずなのに、

 胸の奥に、妙な引っ掛かりが残る。


 観測実習で見た、あの魂の残滓。

 安定していて、数値も正しくて、

 それでも――“薄かった”。


(……説明通り、なのか?)


 理屈は分かる。

 危険も少ない。

 失敗しても問題ない。


 けれど。


「最後に一つ」


 セオドールが、端末を閉じた。


「明日は、個別顕現だ」

「他人と比べるな」

「理論をなぞるな」


 一瞬、間を置いて。


「感じ取れ」


 その一言だけが、妙に重く響いた。


 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。


 生徒たちは、各々の表情で立ち上がった。

 期待、不安、興奮。

 そして、言葉にしづらい焦り。


 ユウリは席を立ちながら、無意識に胸元に手をやった。


 御守りは、静かだった。

 何の反応もない。


 ――それなのに。


 なぜか、確信めいた予感だけがあった。


 明日。

 自分は、教えられた通りにはならない。


 理由は、まだ分からないまま。


 その日の夜。


 寮の部屋は静かだった。

 灯りを落とし、ベッドに横になっても、ユウリはすぐには眠れなかった。


 目を閉じると、昼間の言葉が浮かぶ。


 ――感じ取れ。


 それだけが、妙に耳に残っている。


(……感じる、か)


 何を。

 どうやって。


 答えは出ないまま、意識はゆっくりと沈んでいった。



 ◇



 夢を見ていた。


 場所は、分からない。

 地面も、空も、輪郭が曖昧で、ただ“広い”という感覚だけがある。


 その中心に、何かがいた。


 姿は、見えない。

 ただ、そこに“在る”ことだけが分かる。


 影のようで、

 炎のようで、

 それでいて、どちらでもない。


 ――呼ばれるのを、待っている。


 そんな気がした。


 言葉はない。

 けれど、確かに向けられている“視線”だけがあった。


(……誰だ)


 問いかけようとして、声が出ない。


 代わりに、胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。



 ◇



 はっと目を覚ます。


 夜明け前。

 窓の外は、まだ暗い。


 呼吸が、少し早い。


「……夢、か」


 そう呟いて、上体を起こす。


 その拍子に、胸元の御守りが指に触れた。


 ――温かい。


 火照るほどではない。

 だが、確かに、いつもより温度がある。


(気のせい……?)


 握りしめると、不思議と落ち着いた。


 鼓動が、ゆっくりと元に戻っていく。


 御守りは、それ以上何も語らない。

 光ることも、反応することもない。


 ただ、そこに在るだけだ。


 それなのに。


(……大丈夫だ)


 理由のない確信だけが、胸に残った。


 まだ、何も起きていない。

 けれど――


 明日、自分は上手くやれるだろうか。


 ユウリはそう感じながら、

 再びベッドに身を沈めた。


 外では、夜明けの気配が、静かに近づいていた。


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