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26話 ビークラプターズ


 王都・城壁南西門外縁。


 まだ朝靄の残る時間帯。

 石畳の街道脇に、ユウリとリナが並んでいた。


 週末の魔獣討伐。

 魔海中層縁部。

 魔獣化オークの集団討伐――合同任務。


「……集合早くない?」


 リナが小さく息を吐く。

 特に武装しているわけではない、いつものローブ姿。


「ラグナが張り切りすぎなんだろ」


 ユウリは、城壁の外にまで広がる王都の街並みを眺めながら答える。


 胸の奥に、薄い緊張が残っている。


 その時。


「おーい!」


 遠くから、大きな声。


 ラグナが、全力で手を振りながら走ってきた。


「待たせた!」


「いや、まだ出発時間前だけど」


「こういうのは早め行動が基本だからな!」


 やけに上機嫌だ。


 ユウリは、少しだけ目を細める。


「……で」


「例のBランクは?」


 ラグナは、にやっと笑った。


「もう来てるぜ」


 親指で、後ろを示す。


 ユウリの視線が、わずかに鋭くなる。


(……気配)


 いる。


 だが――


(……普通すぎる)


 強者特有の圧を感じない。


 次の瞬間。


 五つの影が、すっと動いた。


 濃緑のセットアップ。

 独特の柄模様。


 同じ服装の男たちが、静かに姿を現す。


「時間通りだ。優秀優秀」


 軽い声。


(……というよりも弱そう?)


 どこにでもいそうな、冴えない中年男の集まりにしか見えない。

 

 その中の一人、腕章の男がにやりと笑った。


「ようこそ学生諸君」

「週末の“実地演習”へ」


 空気が、わずかに緩む。


「さあ、歩きながら自己紹介といこう」


 駅に向かって歩き始めた。


「ビークラプターズのリーダー、《ファルコン》だ」


 腕章の男が名前を口にする。


 続いて。


《ホーク》、《レイヴン》、《オウル》、《イーグル》が淡々と答えていく。


 名前というよりも――


 コードネーム。


「君がユウリ君だね」

「こっちがリナ君」


「ラグナ君からおおよその情報は聞いている」

「今日はよろしく頼むよ」


「「よろしくお願いします」」


 胸の奥の違和感だけが、静かに残ったまま――

 列車は、ゆっくりと動き出した。


 ◇


 魔導列車の車窓からは、大河と大きな工場群が立ち並んでいるのが見える。

 王都南西部の大河沿いには、工業地域が続いていた。

 

 ユウリは初めて目にする光景に、わずかに目を見開く。


「すごいなこれは」

 

「さすが王国の魔導工業ね」


「君たちは田舎の出身なのかい?」


「はい、ノースヴェルグです」


「私は列島諸国」


「なら目にする機会は無いだろうな」


 リーダー――ファルコンが、窓の外へ視線を向けた。


「ここが魔導文明を支える産業の中心地だよ」


「そして、この文明を動かす歯車の一つが――我々、魔石猟師(マナハンター)という訳だ」


 やがて列車は、大きな橋へ差し掛かる。

 橋の反対側に渡れば、目的地は近い。

 橋の上から河を見ると、船が何隻も見えた。

 

 ユウリは窓の外を見つめながら、ゆっくり息を吐いた。


(……迎撃狩猟型)

(どこまで通用する)


 無意識に、足元の小さな気配へ意識が落ちる。


「ピ」


 短い鳴き声。


 列車内では、少し離れた席でビークラプターズのメンバーが武器の手入れをしながら雑談しており、時々笑い声が聞こえてくる。

 

 ――穏やかすぎる。


 ユウリの胸の奥で、拭いきれない違和感だけが、静かに残っていた。


 ◇


 駅を降りて街道を進むと、すぐに魔海外縁部に差し掛かった。

 誰からともなく足を止めて集合する。


「ブリーフィングを始める」


 中央に立った男が、軽く手を上げた。


 ビークラプターズの隊長。


 コードネーム――《ファルコン》。


 三十代半ば。

 短髪。

 無精ひげ。


 見た目だけなら、ただの疲れた社会人だ。


 ……装備を除けば。


 濃緑のセットアップの上に、ポケットのついた黒いベストを付けており、肩かけのベルトには筒状の突起がついた武器がぶら下がっている。顔にはヘッドホンと、口元に小型の機器。ファルコン含め全員が同じ装いだった。


「まず確認事項から行く」


 切り株の上に魔導水晶を置く。


 淡く光り、立体地図が浮かび上がった。


「今回の目標は――」


 指を差す。


「魔海中層縁部・雑木林地帯に出現した《魔獣化オークの群れ》」


「推定体高二・八メートル」

「魔石内包率・高」

「周辺個体への影響あり」


 淡々。


 無駄がない。


 ……ここまでは、普通だった。


 だが。


「で、問題はここな」


 ファルコンが、にやりと笑う。


「こいつら、拠点を築いているらしい」


「群れを指揮する特殊個体」

「オークキングが率いているんじゃないかと読んでる」


 後ろの隊員が即反応。


《ホーク》

「うわー、それ一番ウザいやつじゃないですか」


《オウル》

「集団戦不可避ですな」


《イーグル》

「これ、普通に正面やったら被害出ますよ?」


(……まるで遊びにでも行くような?)

 

 ユウリの脳内に、疑問符が浮かぶ。


 ファルコン、満足そうに頷く。


「そう。その通り」

「だから今回は――」


 手元の武器を構える。


「“疑似都市戦クリアリング”方式で行く」


「森林だけどな!」


 ドヤ顔。


《レイヴン》

「キターーーー!!」


《オウル》

「森でCQBやる人、初めて見た」


《イーグル》

「テンション上がるのやめてもらっていいですか」


 誰も止めない。


 むしろ乗っている。


(……なにこの人たち……)


 ラグナだけが、目を輝かせていた。

「すげぇ……本物の作戦会議だ……!」


「――編成はこうだ」


 ファルコンが地図を拡大。


「前衛索敵:オウル」

「突撃部隊:ファルコン、ホーク、レイヴン」

「火力支援:ラグナ班」

「狙撃手:イーグル」


《オウル》

「つまり私が、主人公先行偵察ポジですね」


《レイヴン》

「死亡フラグ乙」


《ホーク》

「やめろ縁起でもないw」


 ユウリ、ラグナ、リナの三人固まる。


「……え?」

「囮?」


《オウル》

「いやいや、戦術的先行索敵担当です!」


 即訂正。


 全力フォロー。


「囮とは違います!」


 必死。


「で、本命はイーグル」


 ファルコンが促す。


 《イーグル》

「それでは、お披露目といきますか」

 

 一抱えのケースを地面に置き、蓋を開ける。

 そこに入っていたものは――


 長大な筒状の物体。

 金属だろうか、長い筒の部分は細長く、黒く光っている。


 武器には、刻印が施されている。


《魔導狙撃銃・グングニル改三式》


《ホーク》

「うほおおおおお!!」


《オウル》

「実物初めて見た!!」


《レイヴン》

「一発だけ撃たせてもらっても!?」


「ダメだ」


 即答。


「個別認証登録済みだ」


 全員しゅん。


 ユウリ、唖然。


(……武器に認証……?)


「いいか」


 ファルコンが、真顔になる。


 空気が変わる。


「俺たちは常に遊びの延長でやってきた」

「でも――」

「死ぬ気はない」

「誰も、死なせない」


 静かな声。


 だが、重い。


「だから――」


「手順を守れ」

「指示を聞け」

「勝手に英雄になるな」


 全員、即答。


《全員》

「「「了解!!」」」


 ユウリも、反射的に。


「りょ、了解……」


 ピクルが肩で小さく鳴く。


「ピ」


 ファルコンが微笑む。


「よし」

「じゃあ行こう」

「――サバイバルゲームの時間だ」


 ◇


 魔海外縁から、森へ入っておよそ一キロ。


 ――ガサ。


 前方の藪が揺れた。


「来るぞ」


 ファルコンが、小さく呟く。


 次の瞬間。


 灰色の影が、低く跳んだ。


 狼型の魔影。


 一直線に、ラグナへ。


「任せ――」


「待て」


 短く。


 ユウリが止める。


 ラグナの足が、半歩だけ止まった。


「……ユウリ?」


 答えない。


 ユウリの視線は、ただ一点。

 迫る魔影。

 その軌道だけを、静かに追っている。


(……まだ)


 距離。

 速度。

 侵入角。

 すべてを、見切る。


 そして――


「ピ」


 小さな鳴き声。

 その瞬間。

 ユウリの指先が、わずかに動いた。


 ――迎撃圏、侵入。

 

 空中で、何かが弾けた。


 狼型の魔影が、霧散していた。


「……え?」


 ラグナの間の抜けた声。


 魔石だけが地面を転がる。


 静寂。


 ほんの一拍遅れて、ビークラプターズの一人が口笛を吹いた。


「へえ」


 誰も、手を出していない。


 ユウリは、ゆっくり息を吐いた。


「……今のが、迎撃狩猟型」


 小さく。


 本当に小さく、呟いた。


 その後も、数体の魔影が散発的に襲ってくるが難なく倒しながら目的地に向かった。


 ◇


「そろそろか」


 ――その時。


「ファルコン、気づいたか?」


「ああ」


 前方の気配が、わずかに揺れた。


 ユウリの視線が細くなる。


(……いる)


 ――ザザッ。


 耳元で、

 微かな音。


《全員、通信チェック》


「ホーク、良好」


「ファルコン、良好」


「イーグル、問題なし」


「オウル、OK」


「レイヴン、繋がってる」


《よし》


 ホークは、

 木の陰で膝をつく。


「オウル、先行して偵察してきてくれ」


「了解」


 人の影が一つ、音もなく前に滑る。


 視界に――


 黒い巨体。

 うっすらと魔力を帯びたオーク型魔獣。


 全部で六体。


 身の丈は成人男性より頭一つ高い。


 分厚い肩。

 前に突き出た牙。

 泥と血で汚れた灰黒色の皮膚。


 だが――


 ただの鈍重な魔獣ではない。


 丸太の棍棒を握る腕は異様に太く、

 地面を踏むたび、湿った土が沈む。


 小さな眼は濁っているのに、

 獲物を探す視線だけが妙に鋭い。


 低く喉を鳴らしながら、

 六体がバラバラに前進している。


 ――統制は甘い。


 だが。


 野生の集団戦闘には、慣れている動き。

 

《目標確認》

《オーク。数、六。周囲クリア》 


 その瞬間。


《フォーメーションA》


 ほぼ同時に、ファルコンが呟いた。


 ユウリの眉が、わずかに動く。

(……やっぱり)


 次の瞬間。

 ファルコンが、軽く手を振った。


《オウル、突撃する。合図を》


《オウル》

「了解」


 ――一秒。


 ――二秒。


 次の瞬間。


 ビークラプターズが、音を立てずに飛び出した。


 あっという間に森に溶け込んでいく。


「――は?」


 ラグナの声が遅れる。


 もう、始まっていた。


 ファルコンとホークが、正面から突入。


 レイヴンが、横合いに滑り込む。


 連携に――隙がない。


 敵はまだこちらに気付いていない。


 オウルがオークの集団に何かを投げ込む。


《三……二……一……GO》


 凄まじい爆発と同時、

 最初の一体が、声を上げる前に沈む。


 突撃した三人の手には、黒い筒状の武器――ビークラプターズが愛用する魔導小銃。

 グングニルと呼ばれた魔導狙撃銃よりも、一回り小さい。


 タタタタタタタッ――


 乾いた連続音が鳴り響く。


 二体目。


 三体目。


 ――速い。


(……一瞬で)


 ユウリの目が、わずかに見開かれる。


 その時。

 背を向けて逃げた個体。


 ――ドン。


 重低音と風圧。


 後方から、イーグルの一撃。


 逃走個体が頭を吹き飛ばされその場に沈んだ。


 静寂。


 本当に、数秒だった。


 残りの二体も、抵抗らしい抵抗もなく沈んだ。


 

《ファルコン》

「状況終了」


《イーグル》

「敵前逃亡とは、情けない」


《オウル》

「目標沈黙」

 

《ホーク》

「イーグル、ナイスヘッドショット!」

 

《レイヴン》

「今日の俺エイム神!」


 軽い。


 あまりにも軽い。


 だが。


 地面に転がるオークは、完全に沈黙していた。


 ラグナが、ぽかんと口を開ける。


「……はや……」


 ユウリは、何も言わない。

 ただ一つだけ、確信していた。


(……この人たち)

(やっぱり、普通じゃない)


 ◇


 魔海の一画に、死体の山。

 倒した六体のオークを解体中だった。


 ユウリは、死体の山に手を合わせ、静かに目を閉じる。


 小さく、祈りの言葉。


 リナも何も言わず、それに倣った。


 思い出さずにはいられない。

 幼い頃、故郷の村を襲った魔物――オーク。

 

(あの時は、ただ立ち竦むことしか出来なかった)


「魔石結構でかいな」

「勿体ねー全部ギルドに納品だっけ?」


 死体の中には魔石が含まれていた。


 オークなどのモンスターが、魔力を溜め込むと体内に魔石が結晶化する。これを魔獣と呼び、普通のモンスターと区別される。


「ここまで溜め込んでるとは、厄介だな」


 ファルコンが口にする。


「それより、皆さんの武器すげーカッコいいですね」


 ラグナが羨望の眼差しで魔導小銃を見る。


 ファルコンの口元が、にやりと歪んだ。


「ふふ、わかるかい?」


 肩に担いだ銃を、軽く叩く。


「これは、自分達の夢と憧れが詰まっているんだ。ロマン武器と言われようが関係ない」


 一拍。


「……まあ、普通は使わんがな」


 ラグナが瞬きをする。


「え?」


「魔力制御がシビアすぎてな。魔力効率も悪いし、扱える魔石猟師はほとんどいない」


 くつくつと喉を鳴らす。


「いわば我々の魂よ。この武器と共に生き、この武器と共に死ぬのだ。わっはっは」


 ビークラプターズの面々が魔導小銃を掲げる。

 ――参式魔導小銃・ケルベロスの刻印。


 刻印の横には、フクロウのマーク。

 アルマリア教団技術局の作品であることを示していた。


 ――ガサッ。


 木々の間を、影が一つ滑り込んできた。


「戻りました」


 オウルだ。

 呼吸の乱れは、ほとんどない。

 だが。


 いつもの軽い調子が、ほんのわずかに薄れていた。

 

 ファルコンの目が細まる。


「……当たりか?」


「ええ」


 短く頷く。


「拠点、確認しました」


 空気が、すっと冷える。


 ラグナが無意識に背筋を伸ばした。


「規模は?」


 ファルコンの声が低くなる。

 完全に“現場の指揮官”の声だった。


 オウルは地面に膝をつき、簡易マップを指でなぞる。


「森林内、簡易木造拠点」

「外周歩哨、常時三」

「内部待機、最低でも十以上」


 一拍。


「……キング個体、います」


 空気が、重く沈んだ。


 ユウリの指先が、わずかに強張る。


(……やっぱり来たか)


 ラグナが、小さく息を呑む。


「マジかよ……」


 だが。


 ビークラプターズの面々は――


 誰一人、動揺しない。


 むしろ。


 ファルコンの口元が、わずかに吊り上がった。


「想定通りだな」


 軽く、手を打つ。


「よし。作戦フェーズに移行する」


 空気が、完全に切り替わった。

 

 ファルコンが魔導水晶を起動する。


 淡い光。

 立体地図が浮かび上がる。


「まず前提確認」


 指が、外周をなぞる。


「目的は二つ」


 一拍。


「キングの排除」

「群れの戦力無力化」


 無駄がない。


 淡々としているのに、全員の意識が自然に集まっていく。


 これが――場慣れ。

 ファルコンが続ける。


「我々の専売特許だ」


 ラグナが、わずかに目を瞬かせる。


(……)


 もっとビークラプターズの戦いが見たいと思ってる顔だ。


 ファルコンは気にも留めず、地図を拡大。


「初動は“外周の静音処理”」


 指が三点を叩く。


「歩哨三体を、同時に落とす」


 ホークが即座に頷く。


「ズレたら?」


「吠えられる前に潰す」


 即答。


 レイヴンが口笛を吹く。


「シンプルでいいねぇ」


 ファルコンは続ける。


「その後、拠点内部に侵入」


 地図に赤線が走る。


「イーグルは高所をとって待機」


「バディを組んでクリアリングしながら拠点を制圧」


「CQB(Close Quarters Battle)、近接戦闘だ」


 ここで、ユウリの目がわずかに細まる。


「突入は我々が行う」

 

 ファルコンの視線が、ユウリに一瞬だけ向いた。


「ラグナ班」


 声が飛ぶ。


「外に出てきた個体の“処理”を任せる」


 ラグナが、拳を握った。


「任せろ」


 リナも静かに頷く。


「後衛支援、準備しておく」


 ファルコンは満足げに一度頷き――


 最後に言った。


「キングは俺がやる」


 空気が、わずかに震えた。


 軽く言った。

 だが。

 そこに一切の迷いはない。


 ユウリの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。


「さあ、始めようか」


 それぞれ所定の位置に静かに移動する。

 

「《状況開始》」


 


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