21話 新たな悩み
今日の演習場。
空気は、今までの基礎訓練より一段重い。
演習場は区分けされ、役割別の訓練設備が展開されていた。
模擬戦フィールド。
奇襲用障害区画。
遠距離測定レンジ。
そして、擬似防衛拠点。
「本日から規格別の役割訓練を行う」
教官――セオドールが低く告げる。
隣では、実習補助のエジルが計測端末を起動していた。
「各自、自分の規格の役割を果たせ」
一拍置く。
「出力制限は任意。だが――無理な改変はするな」
静かな緊張が走った。
⸻
模擬戦区画。
「アサルト班、前へ」
ラグナとガルド他数名が進み出る。
《アサルト・アーマー》が重厚な音を立てて顕現した。
対面には――
セオドールの制御アバター。
同じアサルト・アーマーでも、圧が違う。
「私が相手をする。一人ずつかかってこい」
「模擬戦開始」
「俺からいくぜっ!」
「一撃入れてやる!」
ガルドのアバターが飛び出した。
踏み込み。
激突。
火花。
だが、出力が安定しない。
受け切れず、外殻が歪む。
一度の激突で顕現が解除された。
「まずは安定させるところからだな」
次にラグナ。
「ぅおおお!」
動きは粗い。
だが、前へ出る力は強い。
アサルトらしい、真正面の圧。
セオドールはまともに受けず、後ろに回り込む。
一撃。
ラグナのアサルトアーマーが音を立てて崩れ去った。
「……制御が甘い」
セオドールの淡々とした評価。
⸻
奇襲訓練区画。
「ファントム班、用意」
障害物が密集した区画。
シャオ達、数名の《ファントム・スケイル》が、軽やかに顕現する。
「目標は教官機へのタッチ判定。被弾は減点」
次の瞬間。
シャオのファントム・スケイルが消えた。
速い。
壁面反射。
低空滑走。
背後取り。
――タッチ。
「……良い」
エジルが小さく記録する。
だが着地がわずかに乱れた。
持久と制御、まだ発展途上。
ユウリは、その動きを静かに見ていた。
(速いな……)
⸻
防衛訓練区画。
「防衛班、前へ」
中央に疑似仲間ユニットが配置される。
リナとアイリスが並ぶ。
そして――
ユウリ。
数名の視線が動いた。
(規格外……)
(なんであそこに?)
「カミナギは補助扱いだ」
セオドールが短く言う。
「支援能力を見る」
リナの《ガーディアン・フレーム》が最大出力で展開。
安定。
結界三層。
完璧な立ち上がり。
「来る」
次の瞬間。
教官のアバターが踏み込んだ。
衝撃。
重圧。
床が軋む。
だが――
防衛線は崩れない。
「ピクル、サポートに徹してくれ」
ユウリが静かに魔力を流す。
ピクルが、ふわりと前に出た。
顕現補助。
干渉制御。
魔力流の整流。
「なに……これ」
リナが小さく呟く。
隣でアイリスが驚きの表情を浮かべている。
「いつもより維持が楽」
アイリスのアバターが目に見えて安定している。
結界の揺れが、ぴたりと収まる。
エジルの指が、止まった。
「……味方のアバターに干渉できるのか?」
だが。
ユウリの視線は――
別の方へ向いていた。
⸻
遠距離砲撃区画。
「最後。砲撃」
遠距離レンジ。
エルヴィンが一歩前に出る。
《アーク・キャスター》が展開。
空気が、震えた。
(……来る)
ユウリの指先が、わずかに止まる。
「――発射」
閃光。
収束。
轟音。
標的群が、まとめて吹き飛んだ。
演習場が、一瞬静まり返る。
誰の目にも、明確な火力差。
ユウリは、ほんの少しだけ目を伏せた。
(……すごいな)
ピクルは、火力ゼロ。
役割は理解している。
補助としては、むしろ優秀だ。
それでも。
(……やっぱり)
(ああいうの、ちょっと羨ましいな)
(――俺には、出せない火力だ)
肩の上で、ピクルが小さく鳴く。
「ピ……」
ユウリは、すぐにいつもの顔に戻った。
「いや、なんでもない」
軽く撫でる。
少し離れた壁際。
エジルが、静かに端末を操作している。
「……火力ゼロ」
一拍。
「だが、ユニークな補助スキル」
隣で。
セオドールの視線が、細くなる。
「……規格外、か」
「現時点では、過度な警戒は不要か」
報告書にどう書くべきか思案していた。
エジルが端末を閉じる。
演習場では、まだ訓練の余熱が残っていた。
誰かが火力の話をしている。
「やっぱキャスターえぐいよな」
「一発であれだもんな……」
笑い混じりの声。
火力の話。
出力の話。
誰かが笑いながら、さっきの砲撃を真似している。
――すごいな。
胸の奥で、静かに思う。
羨ましい。
ただ、それだけだった。
悔しい、とは少し違う。
理解はしている。
ピクルの役割。
自分の立ち位置。
今の連携が、決して弱くないことも。
頭では、全部わかっている。
それでも――
ユウリの指先が、無意識に少しだけ強く握られる。
(……俺も)
(前で戦えた方が、分かりやすいよな)
誰に見せるでもない、小さな本音。
肩の上。
「ピ」
いつも通りの、気の抜けた鳴き声。
ユウリは一瞬だけ目を細め――
すぐに、いつもの顔に戻った。
「……なんでもない」
そっと撫でる。
撫で方は、いつもより少しだけ優しい。
その様子を。
少し離れた位置から――
リナが、静かに見ていた。
声はかけない。
ただ一瞬だけ、視線を細める。
やがて。
「本日の実習はここまでだ」
セオドールの声が、演習場に響いた。
⸻
放課後。
いつもの演習場。
昼間の訓練設備は、きれいに片付けられていた。
日課の放課後特訓。
アンディは、すでに準備を終えていた。
「今日はリナも一緒か」
「ああ」
「二人でほっとくと何するか分からないからね!」
リナは横目でピクルを見る。
「ピ?」
――少しだけ。
アンディの視線が、そこに落ちた。
ほんの一瞬。
だが、明確に。
さっきまでの雰囲気とは違う、
測るような目。
(……安定、してる)
内心で、冷や汗がにじむ。
(あの魔法陣で現れたのが、コイツ……)
見逃されているのか。
――この見た目だから。
(なんで、こんな普通に……)
ユウリは、気づいていない。
いつも通り。
何も知らない顔で、
ピクルの頭を撫でている。
――だからこそ、怖い。
アンディは、小さく息を吐いた。
「……なぁ、ユウリ」
「ん?」
「今日の実習、どうだった」
何気ない聞き方。
だが、視線は外さない。
ユウリは少しだけ考えて――
「……普通、かな」
いつもの調子で答えた。
アンディの眉が、わずかに動く。
「普通?」
「うん」
肩をすくめる。
「みんなすごかったけど」
一拍。
ほんの少しだけ、声のトーンが落ちた。
「……やっぱ、火力あると分かりやすいよな」
空気が、静かに沈む。
アンディの目が細くなる。
リナも、わずかに視線を上げた。
ユウリは、苦笑する。
「いや、別に不満とかじゃないんだけどさ」
「ピクル、ちゃんと役に立ってるし」
そう言って、ポケットからドライフルーツを一つ取り出し、差し出す。
ピクルの耳がぴくりと跳ねた。
次の瞬間――
小さな体がぴょん、と勢いよく飛びつく。
「キュイ!」
両前足で大事そうに抱え込み、夢中になって頬張り始めた。
口の端に欠片をつけたまま、幸せそうに目を細めている。
――さっきまでの空気など、まるで気にしていない。
ただ、ユウリのそばにいられるのが嬉しい。
そんな無垢さが、全身から滲んでいた。
ユウリは、少しだけ肩の力を抜く。
「……ほんと、お前は」
責める気配は、欠片もない。
それでも――
「……でも?」
アンディが、静かに促す。
ユウリの指が、少し止まった。
(自分だけ、撃破数の欄が空白だった)
ほんの一拍の沈黙。
風が、三人の間を抜ける。
やがて。
「……ちょっとだけ」
小さな、本音。
「みんなの規格アバターが、羨ましかった」
――静寂。
リナの目が、わずかに揺れる。
アンディは、ゆっくりと息を吐いた。
(……だよな)
「そっか」
(何の危険も感じてない)
それに、少しだけ安心して。
(……無茶だけは、すんなよ)
胸の奥で、強く思う。
アンディは、わざと軽い調子で言った。
「……じゃあ」
少し間を置いて。
「顕現解除する方法でも考えてみるか?」
ユウリが顔を上げる。
「え?」
「ずっと連れ歩くのも目立つしさ」
「それなら――」
リナが、思いついたように口を開く。
「この子の憑代を用意したらどうかな?」
一瞬の間。
ユウリが、少しだけ笑った。
「……憑代、か」
御守り――ホノカの存在を思い浮かべる。
「ピ?」
ピクルは首を傾げる。
「憑代? ピクルの魂を移すってことか?」
アンディが、不安げに問いかける。
リナは、少しだけ遠くを見る目になった。
「私の故郷ではね」
一拍。
「この世のものには、だいたい“何か”が宿るって考えるの」
静かな声。
「だから――」
「器さえ合えば、居場所は作れると思う」
風が、やわらかく吹き抜けた。
リナは、ふと思い出したように胸元へ手をやる。
「……例えば、こういうの」
指先でつまみ上げたのは、小さなネックレス。
淡い翠色の石が、夕焼けの光を受けて静かに揺れた。
ユウリが、少し身を乗り出す。
「それ……」
アンディの目も、わずかに細くなる。
「……天然石か?」
「うん」
リナは軽く頷いた。
「翠霊石。私の故郷だと、わりと普通に使うやつ」
石は、ほんのわずかに。
――呼吸しているみたいに。
淡く、脈打っていた。
アンディの指先が、ぴくりと動く。
(……感応、してる……?)
リナは、石を指先でくるりと回す。
「火山地帯で採れる鉱石なんだけどね」
「霊的な“なじみ”が、すごくいいの」
ユウリが、ピクルを見る。
ピクルもまた、じっと石を見つめていた。
「ピ……」
――興味、ある。
そんな声に聞こえた。
アンディが、腕を組む。
「……なるほどな」
一拍。
「学院の霊触媒とは、方向性が真逆だ」
リナが、にやりと笑う。
「分かる?」
「まぁな」
アンディは肩をすくめた。
「支給品の触媒は人工物だ」
「アバターの“形を作る”ことだけに、特化してる」
淡々とした分析口調。
「安定性重視、再現性重視、事故率低減」
一拍置いて。
「――だから、憑代には向かない」
ユウリが、ゆっくり頷く。
「……器としては、硬すぎるってことか」
「そういうこと」
リナが満足そうに目を細めた。
そして。
そっと、翠霊石を指先で揺らす。
「でも、これは違う」
静かな声。
「まだ何かが宿ってるってわけじゃないけど――」
「色々な可能性を秘めてる」
風が、すっと止んだ。
ユウリの肩の上で。
ピクルが、ほんの少しだけ前に身を乗り出す。
「ピ……」
――まるで。
その石に、引かれるみたいに。
アンディの喉が、小さく鳴った。
(……おいおい)
(反応してるじゃねぇか……)
夕焼けが、三人と一匹の影を長く伸ばしていた。
ユウリは、肩の上のピクルを見上げた。
「……気に入ったのか?」
「ピ」
小さな声。
否定もしないし、肯定もしない。
ただ――
視線だけが、翠霊石に向いている。
まるで、確かめるように。
ユウリは、少しだけ笑った。
「でも、それはリナのだしな」
軽く頭をかく。
「別のやつ、探すか」
リナが、わずかに目を細めた。
「無理に同じ石じゃなくていいと思う」
一歩、ユウリに近づく。
「極論――」
一拍。
「ピクルが“いい”って思える器なら、何でもいいはず」
アンディの眉が、ぴくりと動く。
リナは続ける。
「形があって」
「簡単に壊れなくて」
「霊的な拒絶が弱いもの」
「条件は、そのくらいかな」
ユウリは、ゆっくり頷いた。
「……なるほどな」
肩の上のピクルを、そっと撫でる。
「急がなくていいよな」
「ピ」
小さな返事。
ユウリは、前を向いた。
「そのうち、良さそうなの見つかったら――」
一拍。
「移してみよう」
風が、三人の間を静かに抜ける。
アンディは腕を組んだまま、小さく息を吐いた。
「……慎重にやれよ」
ぼそり、と。
「下手に触ると、マジで何が起きるか分からん」
霊的な現象についてはよく分かって無いらしい。
「大丈夫だって」
ユウリは、いつもの調子で笑う。
でも――
その目の奥には、確かな決意が宿っていた。
夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。
肩の上で。
ピクルが、もう一度だけ小さく鳴いた。
「……ピ」
――まるで。
何かを、見つけてしまったみたいに。
少し日の短くなった夕陽が、夏の終わりを告げていた。




