18話 ユウリの降霊術
翌日。
教室。
ユウリは、机に突っ伏していた。
まぶたの裏に、まだ光が残っている。
昨日――
アンディと繰り返した、何度もの失敗と微調整。
魔力の流れ。
魔法陣の構築。
呼応のタイミング。
全部、頭の中でぐるぐる回っていた。
(……うまく、いったはず……)
そう思っても、確信はない。
成功よりも、怖いのは“ズレ”だった。
ほんのわずかな狂いで、
顕現は別物になる。
それを、身をもって知っている。
『無茶すんなよ』
最後に言われた言葉が、
まだ耳に残っている。
「……ユウリ?」
リナの声。
視界に、心配そうな顔が入る。
「大丈夫?」
「……寝不足……」
喉が乾いて、声がかすれる。
笑ったつもりだった。
でも。
自分でも分かるくらい、弱かった。
「また、無理したんでしょ……」
「……ちょっとだけ……」
本当は、全然ちょっとじゃない。
けれど、言わなかった。
言えば、
余計に心配させるだけだから。
立ち上がるとき、
ふらりと体が揺れる。
そのまま、リナの横を通り過ぎる。
すれ違った瞬間。
ぞくり。
空気が、わずかに震えた。
(……なに、今の……)
リナの背中に、寒気が走る。
微かな魔力。
けれど、今まで感じたどれとも違う。
荒れていない。
濁ってもいない。
むしろ――静かすぎる。
深い湖の底みたいに。
リナは、振り返った。
ユウリは、もう席に戻っている。
何事もなかったように。
何も、言わなかった。
ただ。
嫌な感じは、しなかった。
◇
演習場には、
妙に張りつめた空気が漂っていた。
ざわめききれない声。
視線だけが行き交う。
実習授業の初めに、
ユウリの顕現テストを行うのが、いつの間にか日課になっていた。
半ば、見世物のように。
「……ユウリ・カミナギ」
「はい」
名が呼ばれた瞬間。
ざわめきは、すっと沈む。
代わりに落ちたのは――
期待も、失望もない沈黙。
教師の声にも、
そこには特別な感情はなかった。
ただの確認。
ただの、手順。
「まずは顕現させること。まずお前はそこからだ」
ユウリは一歩前に出て、演習場の中央に立つ。
学院支給の霊触媒をセットする。
深く息を吸い、静かに魔力を流し始めた。
――遅い。
誰の目にも明らかだった。
魔法陣の起動が、他の生徒よりも明らかに遅れている。
光はまだ淡く、魔法陣は続きを促すように点滅を繰り返していた。
誰かが小さく息をつく気配がした。
(……また失敗、か)
そんな諦めが、場の空気に混じりかけたその時だった。
ユウリは、魔法陣の中心を見つめたまま、唇をわずかに動かす。
「……お前は?」
声は小さく、呟きに近い。
だが、それは呪文ではなかった。まるで何かと会話でもしているかのような…
(そうか。そうだったのか)
(ここは……そうだな、期待外れかもしれないぞ)
魔法陣の光が、ゆっくりと脈打ちながら魔法陣を書き換えていく。
――演習場の端で、
一人の青年が小さく舌打ちした。
「……冗談だろ」
補助要員。
学院OB。
エジルは、
即座にユウリの魔法陣を睨む。
(術式が……安定してない)
(いや……違う)
(何を、する気だ)
迷わず、
介入する姿勢。
淡い光が、エジルの足元に広がる。
次の瞬間――
彼の背後に、
金属質の影が立ち上がった。
アサルト型アバター。
戦闘待機状態。
(止めるべきか)
その時だった。
翠色の光。
澄んだ金属音。
前方に、
細い人型の装甲が顕現する。
その人型は、両手で刀を握り腰を低く屈めている。
無駄を削ぎ落とした装甲。
サムライフレーム。
明らかにこちらを向いている。
「……は?」
エジルが目を細める。
横に立っているのは――
リナ。
無言。
一歩前。
彼を振り返る。
視線が、絡む。
――動くな。
――余計なことをするな。
言葉はない。
その圧に一瞬気圧される。
「……」
汗が頬を伝う。
エジルは、構えを解かなかった。
いつでも踏み込める距離。
次の瞬間だった。
――三重構造の魔法陣。
ユウリは魔法陣の構築を進める。
(でも、もし)
(この世界に興味があるなら…)
誰に向けた言葉なのか、周囲には分からない。
だがユウリの意識は、確かに“何か”と繋がっていた。
――それでも止まらない。
魔法陣に膨大な魔力が流れ込み降霊術の起動を加速させる。
そこには夢で見た魔法陣と同じ紋様が刻まれていた。
(君の望む形で…)
(一緒に戦ってくれないか)
ユウリは、はっきりと声に出す。
「この世界に……顕現せよ!!」
――その瞬間。
魔法陣が、爆発するように輝きを増した。
「バカヤロウっ……!」
セオドールが即座に動く。
暴走に備え、魔力遮断の構えを取る。
「なんだ、なにが起こって――くそっ」
空気が震え、凄まじい風が吹き荒れる。
魔力感知に敏感な生徒たちは、思わず一歩、後ずさった。
――重い。
――濃い。
――しかし、確実にコントロールされている。
膨大な魔力が流れ込んでいるのに、暴走の兆候がない。
光が最高潮に達し――
そして、唐突に、止まった。
同時に、吹き荒れていた風が止む。
青みがかった黒髪がふわりと元の状態に落ち着き、はためいていたローブは動きを止め、砂埃が宙を舞って落ちる。
その場にいた全員が圧倒的な存在感を前にしてその場から動くこともままならず、緊張した面持ちで光の発生源を見つめている。
一瞬の静寂。
やがて光が収まりそこに残ったものを見て、誰もが言葉を失った。
「……え?」
そこにいたのは――
愛らしい、うさぎとリスを掛け合わせたような小動物だった。
クリーム色の毛並み。
額の位置にはピンクの宝石。
ぴょこんと立った耳は体の色よりも少し濃く。
体の倍はあろうかというふさふさの尻尾がふわふわ揺れている。
戦闘用の規格化アバターとは、似ても似つかない。その異質さと小動物の愛らしさのギャップがその場にいた者たちを困惑させる。
「「成功……したのか??」」
その存在は、きょとんとした様子で辺りを見回し、
その大きいブルーの瞳でユウリを見上げ、
「ピ?」
一言つぶやいた。
降霊術について。
本作品においてのイメージは、魔力で形作った器に魂を下ろすことで実体化させる魔法=技術のこと。って感じです。
実体化させる事を顕現と呼び、
実体化した器の事を、アバターや顕現体などと呼びます。
ここまでお読みいただきありがとうございます。プロットでは「ユウリの顕現初成功」が、一章の真ん中くらいの予定でした。残り半分、投げ出さずに頑張ります!




