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14話 置いていかれる


 王国魔導学院・第一演習場


 季節は夏。大規模依頼での傷が癒えた頃。


 セオドールが宣言する。

 

「今日から、王国規格アバターの運用訓練を始める」

「いよいよ実戦に向けた取り組みだ。くれぐれも勝手な真似はしないように」


「「はい」」



 演習中。

 

「ラグナは……アサルトか?」


「まずは、な。

 狩りの時も無駄になりにくいだろうと思ってさ」

 ラグナは得意げに答えた。

「ユウリは――」


「今日は見学だそうだ」

 

 まだ顕現ができないから。


 あれからも、放課後のアンディとの特訓は続けている。

 リナとラグナ、たまにシャオが特訓に加わるようになったが、ユウリは相変わらずだった。


 ――魂が反応しない。


 原因不明。

 魔法陣も術式も完璧。

 安定もしている。

 だが、何故か最後の工程――魂を下ろす工程で失敗する。


 (いつも感じる、底が見えない“何か”)

 (何者かの妨害……?)


「まあ、気に病むなよ」

「ユウリが誰よりも努力してるのはみんなも知ってるし、

 きっと何かの間違いさ」


「ああ」

 ユウリは、笑って見せた。


「ユウリは4種類の規格アバター、どれを選ぶの??」

 シャオが横から話しかけてくる。

「私は、ファントムにしたよっ!」


 思案する。

(降霊術師を志したきっかけ……)

(俺が目指している者……)

 

「どれもしっくり来ない、かな」


「なんだそれ〜」

 シャオは小馬鹿にして笑う。


「でも、わかる気がするな」

 リナは静かに頷きながら言う。


「リナは何を選んだんだ?」


「私は、ガーディアンかな」

「攻撃用はもうあるしね」

 翠霊石を握りしめる。


「いやあ、あれには驚いたぜ。なあユウリ」

 興奮した様子で、ラグナが大きく腕を振る。

「なになに? こないだの依頼の話?」

 シャオが身を乗り出す。


「リナが実戦でアバターを使ったんだよ!」

「しかもすげえんだ」


 ユウリも頷く。

 

「Bランクハンターでも苦戦する魔影の腕を両断だぜ?」


「え?そんな事できるのっ?!」

 シャオは羨望の眼差しでリナを見る。


「故郷で少し、学んでたから……」


「少し……ね」

 シャオは意味ありげに言う。


「だから、みんなと一歳しか違わないし」

「ほとんど同い年だよ?」


「え?」


 空気が、一瞬止まった。

(歳上だったのか)

 

「お姉さんだったのか!お姉ちゃん!」


「やめてよー」


「じゃあ、あのアバターは列島諸国の?」


「そう。サムライフレームって言うの」

「王国から降霊術を学んで、独自に進化させたらしいわ。」


「それでも、納得いってなさそうだ」


「……だからここにいるの」

 

 あの実力。

 それでも。

 まだ足りない何か。

 

 ふと、リナを見る。


 リナも、こちらを見つめていた。


 いつもの穏やかな表情。

 けれど。


 どこか遠くを見るような目。


「――次は俺の番だ」

 ラグナが呟く。


 演習場中央では、ガルドが顕現したアサルトアーマーがゆっくり動いていた。


「ここで見てるから、頑張れよ」


「――次、ラグナ」

 セオドールがラグナを呼ぶ。


「はい」


「じゃあ行ってくる」


 ◇


 その後も授業は順調に進んだ。


 ラグナとガルドは、アサルト・アーマー。

 シャオが、ファントム・スケイル。

 リナとアイリスが、ガーディアン・フレーム。

 エルヴィンさんが、アーク・キャスター。


 他のみんなも、自分のスタイルに合う規格アバターを選んだようだ。


 全く動かせない者、

 指示通り動かせない者、

 初回からそこそこできる者。


 様々ではあるが、全員顕現は成功。


 (自分だけ……)


 みんなの背中が遠く感じる。


 (降霊術師を目指すきっかけか)


 ユウリは遠い日の記憶を思い返していた。


 あの日、故郷を魔獣の集団が襲った。

 それを"たまたま"居合わせた旅人が救った。


 言葉にすればそれだけ。


 ただ、ユウリの脳裏にはあの時の映像が焼き付いていた。


 豹のような"何か"が青白い光をまとって魔獣を蹂躙していた。


 怖くは無かった。

 まだ小さいユウリの目にもそれが味方だとすぐに分かったから。


 豹の隣には、肩を並べて戦う旅人の姿。

 淀みのない、しなやかな連携だった。


 (あれ?)


 規格外?それにしては高い出力と汎用性を兼ねていた。


 魔獣が弱かったのか。


 否。


 故郷の大人たちは皆、戦士だ。

 エンマくらいの強さの魔獣なら日常的に跳ね退けてきた。


 頭の中を違和感が満たす。


 (おかしい)


 あれは何かと父に尋ねると、降霊術だと教えてくれた。


 (だから、俺は……)


 その時。


「ユウリ」


 後ろからリナの声。


「絶対に大丈夫。ユウリはすごい降霊術師になれる」

 リナが微笑みながら優しく言った。


 ユウリは、うなずいた。


 ……けれど。

 胸の奥の不安は、消えなかった。


 ◇


 ――数日後。


 王国魔導学院・第一演習場。


 実習開始前。


 他の生徒たちとは少し離れた位置で、ユウリだけが立っていた。


「……ユウリ」


 セオドールが呼ぶ。


「本実習に入る前に、簡易顕現テストを行う」


「はい」


 分かっていた。


 自分だけ。


 まだ、スタートラインに立てていない。


 足元に、小型の簡易魔法陣が展開される。


 訓練用。

 最低出力。

 負荷も低い。


 本来なら、失敗する方が難しい術式だ。


(……今度こそ)


 拳を握る。


 深呼吸。


「――顕現」


 魔力を流す。


 術式が起動する。


 光が、集まり――


 ……かけて。


 揺らいだ。


 霧散。


 消失。


 何も、現れない。


「……」


 静寂。


 誰も、声を出さない。


 出せなかった。


 セオドールは、静かに告げる。


「……今日は、ここまでだ」


「……はい」


 ユウリは、頭を下げた。


「では、他の者は規格アバター運用実習に入る」


 号令がかかる。


 生徒たちが、自分が運用するアバターの種類ごとに集合する。


「まずはアサルト・アーマーから」


 ラグナ達、アサルト班が魔法陣を展開する。


「――顕現!」


 次々と現れるアバター。


 鋼の巨体。

 無骨なフォルム。

 兵装も無し。


 基本的な素体のみ。


 それでも、人によっては顕現維持が辛そうな様子が見て取れる。

 ラグナも、明らかに苦戦していた。


「あ、ガルドが倒れた」


「アサルト班、顕現解除」

 セオドールが慌てて止めに入る。


 次、ファントム班――


 実習は、続いた。

 可もなく、不可もなく。


 その日の放課後。

 アンディとの放課後訓練には、ラグナとリナも来ていた。


「今日の演習で規格アバターを使ったけどよ」

「ノエルさんて凄かったんだな」

「三体同時なんて理解できないぜ」


「そりゃそうでしょ」

「あの人は多分別格よ、そう何人もいないと思う……」


「気になる事があるんだけどさ」


「なんだよユウリ」


「自分が顕現したアバターと、連携して戦う事ってできるのかな?」


「できるかできないかで言えばできる……と思う。けど」

「私の場合は個別に動かしたほうが強いと思う」


「俺はそもそも降霊術使わないほうが強いぞ、今はな」

 ラグナは自嘲気味に言う。


「ノエルさんでも同じじゃないかな?」

 リナは真剣な表情で答えた。


「そうだよなあ」

 

 ユウリの中で、過去の記憶に対する疑念が広がった。


 ◇


 ヴァルトラント王国は、本格的な夏を迎えていた。

 

 真夏の太陽が照りつける演習場は、

 空気がゆらゆらと蜃気楼のように揺らいでいる。


 魔導学院には、初等教育と違い夏の長期休暇というものは無いらしい。

 給金が出るのだ、当たり前と言えば当たり前か。


 降霊術学科の20名は、制服の遮熱結界など無いかのように汗だくで実習に励んでいた。


「あと30秒アバターを維持しろ」


 セオドールの声が無情にも響き渡る。


 ユウリの顔から汗が雫となって落ちる。

 制服を脇に脱ぎ捨て、半袖姿になっている。


「くっ、まだまだ――」


 うつ伏せになり、つま先と両肘を地面で身体を支えるプランクの体勢で、授業を見学していた。


「……3、2、1、よし、顕現解除だ。」

「10分間休憩」


「よっしゃー耐えた!」

「もう無理だー」

「鬼教官め……」


 次々と学生が倒れていく。


「死ぬー」

 シャオも汗だくでその場にへたり込む。


「本当に……死にそうな時は……そんな事、言ってられないけどな」

 ラグナはかろうじてその場に留まりながら、途切れ途切れに呟いた。


 他に立っているのは、リナとエルヴィンだけだ。


「良い鍛え方だ。戦場では動けなくなった奴から死ぬ」

「死にたくなければ、持久力を鍛えるんだな」

「あそこで毎回見学している奴のようにな」

 余裕そうな表情でエルヴィンが褒めた。


 ユウリはまだあの体勢を続けていた。


「おーいユウリ」

 ラグナが手を振っている。


 脱いでいたローブを羽織りみんなのところへ向かう。


 同時に、セオドールが近づいてきた。


「すまないなカミナギ……我々もどうしたら良いかわからないんだ。教師失格だよ。」

「教えてやれる事が無いなんてな。恥ずかしい限りだ」


「いえ……大丈夫です」

 俯きながら返事をする。


「一つ質問があるのですが」


「なんだ?」


「人によって魔力量に差があるのは当然ですが、見たところアバターの維持はそれだけでは無いような……」


「良い質問だ。そこが降霊術の難しいところだ」

「熟練度だけじゃない。術者の状態、魂との同調率……いろんな要素が絡む」


「顕現維持に必要な魔力――維持コストは、決して一定じゃない」


 まるで堰を切ったように、セオドールは語り出した。


「そうなんですね、ありがとうございます」


 隣でリナが真剣な表情で聞いていた。


「ユウリはアバターと一緒に戦いたいんだね」

 リナがまっすぐ見つめてくる。


「ああ、スタートラインにも立てて無いけどな」

 目を逸らし、小声で返答した。

 

「でも、見たんだ。確かに」

「この目で」

 ユウリは、遠くを見るように呟いた。


「みんな起きろ!10分経ったぞ」

「ラスト一回、もう一度だ」


「……昔」

「まだ、俺が子供だった頃に……」


 小さな声。

 誰にも届かない声。


 それでも。

 確かに、胸の奥に残っている記憶だった。


 ◇


 その夜。


 寮の部屋。


 ベッドに横になっても、

 すぐには眠れなかった。


 目を閉じると、

 なぜか――


 焦げた匂いが、

 鼻の奥によみがえる。


 名も、正体も、分からない。


 ただ――

 あれを見てしまったから。


 俺は、ここにいる。


「……大丈夫だ」


 誰に言うでもなく呟く。


 やがて、

 意識が沈んでいった。

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