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12話 大規模依頼 後編


 霧の森・中央進行ルート。


 蒼翼の3人は、足を止めていた。

 周囲には、薄く霧が漂い、木々の影が歪んで揺れている。


 静かすぎた。


 鳥の声もない。

 風の音すら、遠い。


 ――不自然なほどに。


「……遅いわね」

 ミレイアが呟く。

 神聖なローブの裾が、霧に揺れた。


 斥候としてキースを向かわせてからかなりの時間が経っていた。


 レオンは答えない。


 視線は、東の森へ向けられたままだ。


(嫌な予感がする)


 胸の奥に、薄い棘のような違和感。


 それが、消えない。


 そのときだった。


「――来た」


 小柄な魔法使いネーブルが小さく呟いた。


 霧の向こう。


 ひとつの影が、よろめくように現れる。


 走ってきた――いや、逃げてきた。


「……キースだ」


 レオンが即座に判断する。


 蒼翼のメンバーが、一斉に身構えた。


 影は、数歩進んだところで、膝をついた。


「……はぁ……っ、はぁ……っ……」


 息が、荒い。


 肩で、呼吸している。


 外套は裂け、腕には血が滲んでいた。


「キース!」


 仲間が駆け寄る。


「無事か!」


「……生きてる……たぶん」


 キースは、乾いた笑いを浮かべる。


 ミレイアはすかさず回復魔法をかける。


「……東側だ」

 かすれた声。


「ツヴァイ班はおそらく……壊滅寸前だ」


 場の空気が、一瞬で凍る。


「……何だと?」

 蒼翼の一人が、息を呑む。


 レオンは、一歩前に出た。


「詳しく話せ」

 低い声。


 感情を押し殺した、指揮官の声だった。


 キースは、懐から布に包んだものを取り出す。

 そっと、地面に置いた。

 ――血に染まった、通信水晶。


 砕けてはいない。

 だが、魔力はほとんど残っていない。


「……セインのだ」


 誰かが、息を詰まらせる。


 レオンの眉が、わずかに動いた。


「……他は?」


「……散り散りです」


 キースは、歯を食いしばる。


「スカイリーフは……無事とは思えません」

 

「……敗走ルートはなんとなく絞れますが……」


 沈黙。


 重く、冷たい沈黙。


「……数が、おかしいんです」


 キースは、続けた。


「通常の群れじゃない」

「湧き方が……異常でした」


「四方から……一斉に……」


 思い出すだけで、顔が強張る。


「逃げ道が、最初から潰されてた」


「……誘導されてたみたいに」


 レオンは、目を細めた。


(やはり……)


「場所は?」


「霧の森・東側……岩場地帯の奥」

「このルートを抜けて――」


 震える指で、地図をなぞる。


「ここ」


 迷いはなかった。


 正確だった。


「……まだ、生存者はいるか?」


 レオンが問う。


 一瞬の沈黙。


 キースは、小さく頷く。


「……他に死体はありませんでしたが……」


「持ちこたえてるかどうかは……」


 言葉を、飲み込む。


 それだけで、十分だった。


 レオンは、すぐに決断した。


「全員、装備確認」


 低く、鋭い声。


「東へ向かう」


 蒼翼の全員が、即座に動く。


 誰一人、異を唱えない。


「キース、死体があった場所まで案内しろ」


「遅れれば、死者が増える」


 剣を握る。


 視線は、霧の奥。


「――全速だ」


 号令。


 蒼翼は、一斉に駆け出した。


 霧を裂き、

 森を蹴り、

 戦場へ向かって。


 ◇


 その頃――


 霧の森・第二区画。


 ドライ班は、静かに進軍していた。


 隊列は、崩れていない。


 足並みも、呼吸も揃っている。


 だが。


 ノエルは、わずかに歩調を落とした。


「……?」


 ジェイクが、気づく。


「どうした?」


「……空気が、変わった」


 小さな声。


 ほとんど独り言。


 だが、確かだった。


 視線は、東。


 霧の向こう。


「……何かおかしい」


 一瞬の沈黙。


 そして――


 彼女は、決断した。


「進路変更」


 即断。


「中央を経由して、東へ向かう」


 隊列が、わずかにざわつく。


「合流か?」


 ジェイクが問う。


「違う」


 ノエルは、淡々と言った。


「――救援だ」


 ◇


 岩肌に囲まれた狭い空間。


 そこは、もはや“陣地”と呼べるものではなかった。


 倒木。

 砕けた岩。

 血に濡れた地面。


 即席で作られた、防衛線だった。


「……っ、下がれ! 無理に出るな!」


 バルドの怒声が響く。


 だが、声には、もう余裕がない。


 黒鉄の盾――

 Bランクパーティー《黒鉄の盾》は、本来なら、ここまで追い込まれる実力ではなかった。


 問題は、“後ろ”だ。


 彼らの背後には――


 倒れた仲間たちがいた。


 ツヴァイ班所属、C級パーティー。


 すでに、戦える者はいない。


 肩を貸されている者。

 壁に凭れて意識を失った者。

 もう、動かない者。


 ――壊滅していた。


「……くそ……」


 バルドは、歯を噛みしめる。


(置いていけるわけがないだろ……)


 最初は、合流できたことを喜んだ。


 戦力が増える。

 守り合える。


 そう思っていた。


 だが――現実は逆だった。

 守る対象が増えただけ。

 逃げる選択肢が、消えただけだった。


「右から来るぞ!」


「後衛、魔力がもたねえ!」


「回復……もう無理だ……!」


 悲鳴のような報告が、飛び交う。


 黒鉄の盾の前衛が、盾を構える。

 だが、その腕は震えていた。

 魔力も、体力も、限界に近い。


 バルド自身も同じだった。


 剣を振るたび、

 腕が痺れる。


 視界が、にじむ。


(……判断を、誤った)


 脳裏に、あの時の光景がよぎる。


『分散して進むべきだ』


 そう、主張したのは――自分だ。


 密集すれば、殲滅される。

 分かれて動けば、安全だ。


 理屈は、正しかった。


 だが。


 敵は、理屈通りには動かなかった。


(……俺のせいだ)


 また、魔影が押し寄せる。


 黒い群れ。


 止まらない。


「……まだだ……」

 バルドは、剣を握り直す。


「まだ、折れるな……!」


 誰に向けた言葉かも、分からない。


 仲間か。

 自分か。

 それとも――祈りか。


 背後で、誰かが咳き込んだ。


 湿った音。


 血を吐く音だった。

 時間とともに、確実に削られている。


(……これ以上は、もたない)


 バルドは、歯を食いしばる。


(援軍が……来なければ……)


 その続きを、考えないようにした。


 考えた瞬間、心が折れる気がしたからだ。


 それでも――


 剣を、下ろすことはできなかった。


 ――そのときだった。


 遠くで、音がした。


 ガサッ。


 ガサガサ……。


 茂みが、揺れる。


「……?」


 黒鉄の盾の一人が、顔を上げる。


「……誰か、来る?」


 音は、一定のリズムで近づいてくる。


 複数人分の足音。


 枝を踏み、

 岩を蹴り、

 迷いなく進んでくる気配。


 そして――


 周囲の魔影たちが、ざわめいた。


 逃げ始めたのだ。


「……え?」


 今まで猛攻していた群れが、

 一斉に後退する。


 道を、開く。


 まるで――


 “道を譲っている”かのように。


(……援軍か?)


 バルドの胸に、微かな希望が灯る。


「……おい、もしかして……」


「蒼翼か?」


「ドライ班か……?」


 掠れた声が、重なる。


 音は、止まらない。


 むしろ――速い。


 異様なほど、一直線だ。


「……早すぎないか?」


 誰かが、呟いた。


 違和感。


 だが、その時には、もう遅かった。


 霧の向こうから――


 影が、飛び出してきた。


「……エンマ?」


 斥候の一人。


 顔は蒼白だった。


 感情を持たないはずの魔影が、血まみれで、必死に逃げているように見える。


「――後ろだ!!」


 叫ぶ間もなく。


 その背後から――


 “何か”が、現れた。


 人型。


 二本の腕。

 二本の脚。


 崩れた鎧のような外殻。


「……人?」


 一瞬、そう思った。


 次の瞬間――否定される。


 顔が、ない。


 あるのは、

 黒く歪んだ“空洞”。


 そこから、淡く濁った光が漏れている。


「……な、なんだ……あれ……」


 誰かの声が、震えた。


 “それ”は、歩いていなかった。


 ――滑っていた。


 地面を擦ることなく、

 霧の中を、漂うように。


 そして。


 バルドの背筋が、凍りついた。


(……違う)


(援軍じゃない)


(――“主”だ)


 “それ”が、ゆっくりと首を傾げる。


 存在しないはずの首を。


 空洞の奥で、

 光が、脈打った。


 ドクン。


 ドクン。


 心臓のように。


 次の瞬間――


 空気が、歪んだ。


 ――バンッ!!


 衝撃波。


 見えない圧力が、

 前線を叩き潰す。


「ぐぁっ!!」


「――っ!!」


 前衛が、まとめて吹き飛ぶ。


 盾ごと、岩に叩きつけられる。


「……っ、バルド!!」


 悲鳴。


 だが、“それ”は止まらない。


 一歩。


 また一歩。


 近づいてくる。


 逃げ場は、ない。


 希望は、潰えた。


 ――本物の“化け物”が、来た。


 吹き飛ばされた前衛が、動かない。


 血だけが、地面に広がっていく。


 霧に滲み、

 赤黒く、広がっていく。


「……くそ」


 バルドは、盾を握り直した。


 指先が、痺れている。


 魔力も、ほとんど残っていない。


(……長くは、持たねぇな)


 仲間を見る。


 片腕を失った者。

 膝を折った者。

 壁に凭れて、呼吸だけしている者。


 生きているだけで、精一杯だった。


 それでも――


 退く場所は、ない。


「……全員」


 バルドは、声を張った。


「俺の後ろだ」


 誰も、すぐには動けない。


 だが、その声に引かれるように、

 仲間たちは、這うように集まってくる。


「まだ……終わらせねぇ」


 盾を、前に構える。


 ヒビだらけの黒鉄。


 いつ砕けても、おかしくない。


 霧の向こうで――


 首無しが、止まった。


 空洞の奥の光が、揺れる。


 まるで、観察するように。


(……舐めやがって)


「……行くぞ!」


 バルドは、踏み込んだ。


 残った仲間も、

 最後の魔力を振り絞る。


「うおおおっ!!」


 魔法が飛ぶ。

 矢が走る。

 刃が閃く。


 一斉攻撃。


 今できる、全て。


 直撃した。


 霧が、爆ぜる。


 衝撃で、地面が抉れる。


「……やったか?」


 誰かが、呟いた。


 だが――


 次の瞬間。


 霧の中から、

 “それ”が、無傷で現れた。


 外殻に、かすり傷ひとつない。


「……嘘だろ」


 首無しが、ゆっくりと腕を振る。


 ――ズンッ。


 空間が、沈んだ。


「ぐっ……!」


 全員が、膝をつく。


 呼吸が、できない。


 重圧が、肺を潰す。


「……が……っ」


 次の衝撃。


 盾ごと、吹き飛ばされる。


 バルドの体が、地面を転がる。


「……っ、隊長!」


 仲間の叫び。


 だが、声は届かない。


 首無しは、淡々と近づく。


 一歩。

 また一歩。


 処刑台に向かう囚人のように。


(……ここまで、か)


 バルドは、震える腕で立ち上がる。


 視界が、滲む。


 血の味が、口に広がる。


 それでも――


 盾を、構えた。


 仲間を背に。


「……来いよ」


 掠れ声。


「ここは……通さねえ」


 首無しの腕が、持ち上がる。


 霧が、渦を巻く。


 ――終わりだ。


 誰もが、そう思った。


 ◇


  ――その頃。


 霧の森・中央区域


 ユウリは、足を止めた。


「……?」


 胸の奥が、ざわつく。

 理由のない、不安。

 鼓動が、早い。


「……どうした?」


 ラグナが、振り向く。


「……分からない」


 正直な答えだった。


 だが――


 嫌な予感だけが、膨らんでいく。


 リナの首元で、かすかに何かが揺れた。

 翠霊石のネックレスが、

 淡く光っている。


 本人は、気づいていない。


 ノエルが、足を止めた。


「……東だ」

 短く言う。


 視線は、霧の向こう。


「……魔力が、歪んでいる」


 ジェイクが、眉をひそめる。

「戦闘か?」


「……それ以上だ」

 ノエルの声が、低くなる。


 次の瞬間。

 ――ドンッ。


 遠くで、衝撃音。


 地面が、わずかに震えた。


「……今の」

 ユウリの背中に、悪寒が走る。


 鼻を突く、鉄の匂い。

 生温い、血の匂い。


(……まずい)


「……ノエルさん」


 思わず、口を開く。


「急ぎましょう」


 一瞬、視線が合う。


 ノエルは、何も言わず――


 頷いた。


「ジェイク、後方指揮を任せる」

「ドライ班はここで待機。動くな」


 即断。


「ラグナ、ユウリ、リナ、着いてこいっ!」


 隊列が、崩れる。


 全速。


 霧を裂き、

 枝を蹴り、

 一直線に駆ける。


 やがて――


 遠くに、見えた。


 崩れた木々。

 黒く染まった地面。

 立ち上る、霧と煙。


 そして。


 微かに聞こえる――


 誰かの、悲鳴。


 ユウリは、歯を食いしばった。


(……間に合え)


 ただ、それだけを願って。


 ◇


 霧の奥で、黒鉄の盾が崩れかけていた。


 盾は砕け。

 剣は欠け。

 呼吸は、すでに限界に近い。


「……くそ……」


 バルドは、血を吐きながら立っていた。


 その正面。


 “首無し”が、静かに漂っている。


 黒い外殻。

 空洞の顔。

 脈打つ濁光。


 近づくだけで、空気が腐る。


 ――終わりか。


 誰もが、そう思った瞬間だった。


 


 ――背後で、魔力が震えた。

 

 空気がひりつく。


「……展開」


 低い声。


 森の奥。

 倒木の脇にひとりの女性の影。

 薄紫の髪が、霧に揺れる。

 ノエルだ。


 片膝をつき、両手を地面につけている。

 瞳は、閉じられていた。


「三重同調――開始」


 瞬間。


 空間が、歪む。


 左に、淡青の光。

 右に、紅蓮の紋。

 正面に、薄紫の残像。


 三体のアバターが、同時に顕現した。


 ――アサルトアーマー。

 ――アーク・キャスター。

 ――ファントム・スケイル。


「……なっ」


 バルドが、息を呑む。


 同時展開。

 しかも三体。

 規格運用の限界構成だ。


 ノエルの視界は、三つに割れた。


 左――高速接近するファントム。

 正面――盾を構えるアサルト。

 右奥――詠唱を開始するキャスター。


 脳裏に、戦場が流れ込む。


「……負荷、許容範囲」

 かすれた声。


 ――まず、封じる。


 ファントムが、霧を裂く。


 音もなく。

 影のように。


 首無しの背後へ――瞬間移動に近い速度で回り込む。


 同時。


「――撃て」


 キャスターの魔法陣が、展開。

 紫電が、奔流となって放たれた。


 ――轟ッ!!


 雷光が、首無しを直撃する。

 外殻が、砕け散る。


 だが。


「……っ、浅い」


 ノエルが歯を噛む。


 内部の濁光は、まだ脈打っている。


 致命打には、足りない。


 ――反撃。


 空間が、歪む。


 衝撃波が、放たれた。


「――防御!」


 アサルトが、前に出る。


 盾を展開。


 ――ドンッ!!


 直撃。

 地面が、抉れる。

 アサルトの装甲が、悲鳴を上げる。


 同時に。


 ノエルの頭に、激痛が走った。


「……っ……!」


 視界が、一瞬、白飛びする。


 幻痛。

 反動。

 神経逆流。


 だが――止まらない。


「……まだ……終わらせない」


 唇から、血が滲む。


 ファントムが、再加速。


 残像を引きながら、連撃。


 ――斬。斬。斬。


 首無しの反撃を華麗にかわしながら攻撃を加える。

 

 高速の連撃。

 黒い刃が空を裂き、

 霧の中に、無数の残光が走る。


 だが――削るだけだ。


 核心に、届かない。


「……火力が……足りない……」


 理解していた。

 三体運用は、制圧用。

 決定打には向かない。

 

 それでも。


「……時間は、作れる」


 ノエルは、前を見る。


 その先に。


 剣を握り直すバルドたちがいた。


 折れていない。


 まだ、立っている。


「……行け」


 小さく、命じる。

 まるで、祈るように。


 ――次は、君たちの番だ。


 ノエルの呼吸が、乱れ始めていた。


「……っ……同調率……七割……」


 三体のアバターが、わずかに揺らぐ。


 アサルトの装甲には、無数の亀裂。

 キャスターの魔法陣は、明滅を繰り返している。

 ファントムの輪郭も、薄れ始めていた。


 限界は、近い。


(……削り切れない……)


 首無しは、まだ立っている。


 外殻は砕け、

 霧のような黒煙を噴き上げながらも、

 内部の濁光は、なお脈打っていた。


 ――倒れない。


 まるで、意志を持つかのように。


「……くそ……」


 ノエルの唇が、わずかに歪む。


 そのときだった。


「――行くぞッ!!」


 低く叫ぶ声。


 霧を割って、影が飛び出す。


 ユウリだった。


 剣を構え、一直線に駆ける。


 首無しの注意が、一瞬だけ逸れた。


 ――その隙。


 翠色の光が、弾ける。


「……っ!?」


 ノエルが、目を見開いた。


 後方。


 リナの前に、異様な霊装が顕現する。


 細身。

 無装甲に近い外殻。

 凝縮された魔力回路。


 手には――刀。


 霊力で編まれた、鋭利な刃。


「……規格外……?」


 ノエルが、息を呑む。


 即座に理解する。


「……いや……列島型か……」


 防御を捨て、

 一撃にすべてを賭けた構成。


 危険すぎる。


 だが――


 強い。


「……はぁぁぁっ!!」


 リナの叫びと同時に、


 列島規格アバター"サムライ・フレーム"が、消えた。


 ――否。


 消えたように“見えただけ”だ。


 次の瞬間。


 首無しの懐。


 すでに、そこにいた。


 翠光が、一閃。


 ――ズバァァンッ!!


 空気ごと、斬り裂く。


 霊力刃が、首無しの右腕を両断した。


 黒い霧と、魔力の奔流が噴き出す。


「……っ!!」


 首無しが、初めて後退する。


 悲鳴にも似た、歪んだ振動音。


 ――効いた。


 確実に。


「……やった……!」


 誰かが、叫ぶ。


 だが――


 次の瞬間。


 空間が、軋んだ。


 残った左腕が、歪む。


 黒い衝撃が、凝縮される。


「……リナ!!」


 ユウリの叫び。


 ――遅い。


 ――間に合わない。


 ――ドンッ!!


 爆発。


 衝撃波が、直撃する。


 サムライ・フレームが、

 正面から叩き潰された。


 装甲は存在しない。


 防御機構もない。


 その代償は――


 一瞬だった。


 ――パキンッ!!


 霊装が、砕け散る。


 光の破片となって、霧に消える。


「……ぐっ……!!」


 後方。


 リナが、膝をつく。


 口から、血が零れた。


 神経逆流。

 魂反動。

 過負荷。


 すべてが、一気に襲う。


「……っ……まだ……」


 立ち上がろうとして――崩れる。


 ユウリが、前に出た。


 迷いはない。


「……あとは、俺がやる」


 剣を、強く握る。


 視線は、首無しへ。


 まだ――動いている。


 だが。


 片腕を失い、

 確実に、鈍っていた。


 戦場の流れが――変わった。

 

 首無しが、ぐらりと揺れた。


 片腕は失われ、

 外殻は砕け、

 濁光も弱まっている。


「……いける……」


 誰かが、掠れた声で呟いた。


 希望。


 確かに、そこにあった。


 ――だが。


 その瞬間。


 森の奥で、

 木が折れる音がした。


 バキッ。


 バキバキッ――。


「……?」


 ユウリが、顔を上げる。


 聞き覚えがあった。


 嫌な予感が、背中を走る。


 霧が、割れる。


 現れたのは――


 猿型の魔影。


 首無しが現れたと同時に逃げたはずのエンマ。


 だが。


 数が、違う。


 五体。

 七体。

 いや――もっと。

 

 増えている。確実に。


 その中央。


 一際大きな個体。


 背中に瘴気を纏った――


 エンマ。


「……戻ってきやがった……」

 バルドが、呻く。


 猿たちは、

 首無しを見て――止まった。


 一瞬。


 様子を見るように。


 そして。

 次の瞬間。

 甲高い咆哮。


「――キィィィッ!!」


 号令のような叫び。


 一斉突撃。


 首無しへ。


 同時に――


 周囲の人間にも襲いかかる。


「くそっ……!」


「二正面……!?」


 戦線が、崩れる。


 完全に。


 首無しは反撃するが、

 動きは鈍い。


 エンマが、

 背後から飛びかかる。


 爪が、外殻を引き裂く。


 ――グギィッ!!


 怒りの衝撃波。


 巻き添えで、

 バルドたちが吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


「……っ!」


 ノエルも、

 支えきれず膝をつく。


 リナは、まだ立てない。


 ――全員、限界。


(……まずい)


 ユウリは、悟った。


 このままなら。


 首無しも。

 味方も。


 まとめて潰される。


 リナが――危ない。


「……くそ……」


 剣を、握り直す。

 怖い。

 無理だ。

 勝てる気がしない。


 それでも。


(……守らなきゃ)


 ユウリは、一歩踏み出した。

 胸の奥が熱くなり、全身に広がっていくような感覚。


「……大丈夫だ、やれる」

 

 自分に言い聞かせ、一歩強く踏み込む。


 リナと黒い影の間に割って入る。

 

 ユウリが踏み込んだ瞬間。


 最前列のエンマが、

 ぴたりと動きを止めた。


 四肢を地につけ、

 低く身を伏せる。


 獲物を見る姿勢。


「……こっちだ」


 喉が、鳴る。


 乾いた音。


 次の瞬間。


 ――跳んだ。


 弾丸のように。


「――っ!」


 ユウリは、横に跳ぶ。


 間一髪。


 背後の木が、

 爪で引き裂かれる。


 バリィッ!!


「……速すぎる……」


 視界が、追いつかない。


 エンマは、

 着地と同時に方向転換。


 もう一度、突っ込んでくる。


 正面。


(受けるしか……!)


 剣を構える。


 ――ギィン!!


 激突。

 火花。

 腕が、跳ね上がる。


 ガラ空きの胴体へ、エンマの追撃が迫る。


 速い――


 避けきれない。


「――っ!」


 脇腹を裂かれる。


 熱い痛み。


 だが、咄嗟に身を捻り、

 致命傷だけは避けた。


 ――続けて、爪。


 追撃。


 休ませない。


(……このままじゃ……!)


 ユウリは、歯を食いしばる。


 次の瞬間。


 右手の短剣を――


 手放した。


「……?」


 一瞬の隙。


 エンマが、踏み込む。


 だが――


 ユウリは、逃げない。


 空いた右腕を犠牲にして、

 突進してきた獣を抱え込むように押さえ込んだ。


「――ぐっ……!」


 衝撃。


 肩が、軋む。


 だが、捕まえた。


 その間に――


 宙を舞う短剣。


 左手が、伸びる。


 ――掴んだ。


 逆手。


 迷いなし。


「――終わりだ……!」


 至近距離。


 こめかみへ――


 突き刺す。


 ――ズブッ。


 鈍い感触。


 エンマの身体が、

 びくりと跳ねる。


 力が抜ける。


 崩れ落ちる。


 そして――


 影となって、霧の中へ溶けていった。


 一体、撃破。

 一体目が、霧の中へ溶けて消えた。


 ユウリは、その場に片膝をつく。


「……っ……」

 呼吸が、荒い。


 右腕が――動かない。

 力が入らない。

 血が、指先から滴っていた。


(……まずい……)


 視界の端で、影が動く。


 ――二体。


 残りのエンマ。


 左右に開き、

 獲物を包むように回り込んでくる。


 逃げ道は、ない。


「……くそ……」


 短剣を、左手で握り直す。


 震えている。


 腕も。

 脚も。

 心も。


(……もう、限界だろ……)


 一瞬、

 諦めがよぎる。


 そのとき。


 視線が――


 自分の右腕に落ちた。


 裂けた袖。


 露わになった皮膚。


 そこに――


 黒い線が、浮かび上がっていた。


 胸の奥が燃えるように熱い。


 絡み合う紋様。


 消えない印。


 刺青。


 ――村の夜。


 火の匂い。


 太鼓の音。


 痛みに耐えた、あの時間。


『これで、お前も一人前だ』


『生きて、戻ってこい』


 父の声が、

 胸の奥で蘇る。


 ユウリは、無意識に――


 指で、その印に触れていた。


 ぬるい。


 血で。


 そして――


 少しだけ、温かい。


(……そうだ)


(俺は――)


(これを背負って、ここまで来たんだ)


 獣に追われた夜も。

 吹雪の山も。

 死にかけた狩り場も。


 全部。


 越えてきた。


「……まだだ」


 小さく、呟く。


 だが、声は震えていなかった。


 エンマが、唸る。


 低く。


 殺気を孕んで。


 二体同時に、

 地を蹴った。


 ――来る。


 ユウリは、左手の短剣を構え直す。


 背筋を伸ばす。

 逃げない。

 退かない。

 正面を見る。

 

「……さあ来い」


 血に濡れた口元で、

 微かに笑う。


「絶対に――」


「生きて帰る」


 その瞬間――


 空気が、震えた。


「――伏せろ!!」


 聞き覚えのある声。


 直後。


 ――ドォンッ!!


 轟音。


 光。


 爆風。


 視界が、白く染まる。


 エンマたちが、

 悲鳴とともに吹き飛んだ。


「……な……」


 ユウリが目を見開く。


 霧の向こう。


 そこに立っていたのは――


 蒼翼。


 魔法陣を展開するネーブル。

 杖を構えるミレイア。

 そして。


 剣を携えた、レオン。


「……よく耐えたな」


 低い声。


 戦場を睨み据えながら、

 そう告げる。


 ユウリは――


 その場に、崩れ落ちた。


 安堵とともに。


 ◇


 ……遠くで、声がしている。


 誰かが、話している。


 けれど――

 意味が、分からない。


 ただ、うるさくて。

 少し、安心する音だった。


「……」


 まぶたが、重い。


 開こうとしても、うまくいかない。


 体が、鉛みたいに重かった。


(……生きてる……?)


 ぼんやり、そう思う。


「……ユウリ?」


 聞き慣れた声。


 すぐそばで。


「……ユウリ……!」


 ユウリは、ゆっくりと目を開けた。


 白い天幕。

 簡易寝台。

 医療道具。


 ――仮拠点だ。


「……あ……」


 喉が、ひりつく。


「大丈夫!? 分かる?」

 リナが、身を乗り出す。


「……急にテストするなよ……」


 かすれ声。


「っ……!」


 ラグナが、ほっと息をつく。


「やっとかよ……」

「どんだけ寝るんだ、お前」


「……半日くらい?」

 ユウリが、ぼんやり返す。


「丸一日」

 リナが即答した。


「……え……」


「医者が“奇跡”って言ってた」

 ラグナが肩をすくめる。


 ユウリは、小さく笑った。


「……生きてたんだな」


「当たり前」

 リナが、即答する。


「死なせないって、決めてた」


 その言葉に、

 ユウリは何も言えなくなる。


 しばらくして――


 天幕の入口が、静かに開いた。


 背の高い男が、入ってくる。


 レオンだった。


 鎧は外しているが、

 表情はいつも通り、引き締まっている。


「……起きたか」


 低い声。


「……はい」


 思わず、背筋が伸びる。


 レオンは、ベッドの脇に立ち、

 一瞬だけユウリを見下ろした。


「……よく、生きて戻った」


 それだけ。


 だが、

 重い言葉だった。


「無茶をしたな」


「……すみません」


「いや」


 レオンは、首を振る。


「やるべきことは、やった」


「誇れ」


 短い評価。


 だが、ユウリの胸に、

 深く刺さった。


 その後ろから、もう一人。


 ノエルが、静かに現れる。


「……目、覚めたのね」


「……はい」


 ノエルは、少しだけ視線を落とす。


 ユウリの右腕。

 包帯。

 その奥。


「……無茶な戦い方だった」


 淡々と。


「でも……助かった人間がいる」


 少し間を置いて。


「……礼を言う」


 ユウリは、驚いた。


「……いえ……」


「俺は……」


 言葉に詰まる。


 ノエルは、それ以上は求めなかった。


「……今は、休みなさい」


「現場に戻るのは、まだ先」


 静かな声。


 リーダーとしての、配慮だった。


 二人は、それ以上長居せず、

 静かに出ていく。


 天幕の中に、

 再び、三人だけが残った。


「……すげえな、お前」

 ラグナがぼそっと言う。


「団長とノエルさんに挨拶されるとか」


「……俺が一番、びっくりしてる……」


 リナは、くすっと笑った。


 そして。


 そっと、ユウリの右腕を見る。


 包帯の隙間。

 覗く、黒い線。


 ――刺青。


 一瞬だけ、

 自分の腕を、無意識に押さえる。


 だが、何も言わない。


「……もう少し、寝なさい」


「体、まだボロボロ」


「……うん」


 ユウリは、ゆっくり目を閉じる。


 外では、風が吹いている。


 森は、静かだ。


 戦いは、終わった。


 少なくとも――

 今は。

 

 

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