11話 特訓の日々
雲一つない青空。
木陰が心地良い季節。
アンディとの出会いから二週間。
入学して、もう三ヶ月が過ぎていた。
それでも、顕現ができないのは変わらなかった。
変わったのは――
一緒に頑張る仲間ができたことだけだった。
降霊術学科の日常は変わらず、今日もガルドが騒いでる。
「みんな聞いてくれ!すごい発見をしたんだよ」
「この制服のローブ……
着ていたほうがむしろ涼しいんだ!」
しばしの沈黙。
「おい、誰か相手してやれよ」
すぐに、クラスメイトたちが口々に言った。
「簡易な遮熱結界が付与されてんだよ」
「制服が配られた時に説明されたわよ」
「いざという時は非常食になるらしいぞー」
口々にツッコミを入れる。
「そうなのか?」
ガルドは不満そうに呟いた。
流石に食べれないだろ……。
日常は変わらないが、クラスメイト同士の距離は縮まっていた。
「ユウリ、今日も特訓?」
リナが、いつもの調子で聞いてくる。
「そのつもり」
「……昨日も遅かったよね」
「バレてたか」
「演習場、毎晩明るいもん」
「アンディが無茶するから」
「また倒れてた?」
「二回」
「少なっ」
「この前は四回だったのに」
「比較するな」
小さく笑う。
「この前みたいに、私も行く?」
「いや……運ぶ係は足りてる」
「ひど」
「でも助かってる」
「でしょ」
胸を張る。
「……続いてるんだね」
リナが、少しだけ柔らかく言った。
「うん」
「いいじゃん」
それだけで、十分だった。
◇
放課後。
夕焼けに染まる演習場には、ほとんど人がいなかった。
「……いくぞ」
「待て、まだ息が――」
「三秒」
「鬼か!」
文句を言いながらも、アンディは立ち上がる。
魔法陣を展開。
魔力を流す。
光が、揺れる。
数秒後。
――霧散。
「……っ」
「はい、六回目」
「記録更新だけど、嬉しくねえ……」
そのまま、ばたりと倒れ込む。
仰向けになり、空を睨む。
「……死ぬ……」
「死んでない」
「今から死ぬ」
「却下」
ユウリは、端末を確認する。
「……昨日より、ちょっと上がってる」
「は?」
「魔力量。0.3……誤差レベルだけどな」
アンディが、跳ね起きた。
「……マジで?」
画面を覗き込む。
「……ほんとだ」
しばらく、じっと見つめて。
小さく、息を吐いた。
「……上がってるな」
「微々たるもんだけどな」
「十分だろ!」
拳を握る。
「やっと……努力が報われた感じする」
ユウリは、少しだけ笑った。
◇
休憩を挟んで、今度はユウリの番。
魔法陣の中央に立つ。
深呼吸。
同期、開始。
数値は安定。
問題なし。
――そこまでは、いつも通り。
意識を沈める。
呼びかける。
繋ぐ。
……返答は、ない。
静寂。
“空白”。
「……やっぱ、来ないな」
アンディが呟く。
「な」
ユウリは、額の汗を拭った。
二人で、地面に座る。
「同期はできてる」
「流し込みも問題ない」
「……なのに来ない」
「来てないっていうか」
アンディは、考え込む。
「……来させてない、感じだな」
ユウリが顔を上げる。
「……ブロック?」
「たぶん」
アンディは頷いた。
「無意識に、何かが止めてる」
「……守ってる、とか?」
ぽつり。
ユウリ自身も、驚くほど自然に出た言葉だった。
「……ありえるな」
アンディは、真面目な顔で言う。
「ちょっと降霊術について勉強してみたんだが――」
「魂側からしたら……嫌がってるのかもな」
ユウリは、胸の奥が少しざわつくのを感じた。
「……感心だな」
不意に、背後から声。
二人は同時に振り返った。
エルヴィンだった。
「毎晩やってるとは思っていたが」
「ここまでとはな」
「……見てたんですか」
「まあな」
腕を組み、二人を見る。
「無駄じゃない」
「少なくとも、お前らは」
「入学時より、ずっとマシだ」
アンディの目が、わずかに見開かれる。
「……ほんとですか?」
「ああ」
即答だった。
エルヴィンは、ユウリを見る。
「特にお前だ」
「……何か、ズレてる」
一瞬、空気が張り詰める。
「だが――」
ふっと、笑った。
「悪くないズレだ」
それだけ言って、背を向ける。
「続けろ」
「潰れない程度にな」
去っていく背中。
しばらく、沈黙。
「……今の、褒められたよな?」
「たぶん」
「やば……」
アンディは、嬉しそうに笑った。
◇
夜。
演習場の照明が落ちる頃。
二人は、並んで座っていた。
「なあ」
アンディが言う。
「俺さ」
「魔力、ちょっとでも増えたら」
「もっとやれるよな」
「……ああ」
「お前も」
「問題、見えてきたし」
「そのうち、絶対いける」
ユウリは、空を見上げる。
星が、いくつか瞬いていた。
「……ああ」
静かに、頷いた。
倒れても。
失敗しても。
二人は、絶対に諦めない。
それだけは、決まっていた。
◇
「……ここにいたのね」
背後から声。
二人が振り向く。
茶髪の少女が立っていた。
制服をきちんと着こなしている。
姿勢がいい。
「「アイリス?」」
ユウリと同時にアンディが少し驚いた声を出す。
「探してたの」
「話があるって言ったでしょ」
自然な口調。
友達同士のようにも、
そうでないようにも聞こえる。
「へ?」
(……知り合いなのか)
ユウリはそう判断した。
(二人とも、確か貴族だよな……)
「まだ、こんなことしてたのね」
「……こんなこと、って」
「無理な訓練よ」
きっぱり。
迷いのない声だった。
それから、ユウリを見る。
「……あなた」
「え?」
突然、矛先が向く。
「あなたが、その気にさせたんでしょ」
「……はあ?」
思わず間抜けな声が出た。
「一緒に練習して」
「できるって思わせて」
「期待させて」
「……いや、俺は別に……」
「違う?」
鋭い視線。
言葉に詰まる。
「アイリス……やめろよ」
アンディが割って入る。
「俺が勝手に――」
「勝手?」
アイリスは首を振る。
「違うわ」
「あなたは、ずっと無理してる」
「昔から」
アンディは、黙り込んだ。
視線を落とす。
「……理論なら、あなたは誰にも負けない」
「理論学部に行けば」
「将来だって保証されてる」
「王国の役にも立てる」
一歩、近づく。
「それが、正しい道よ」
「……正しい、って」
アンディが、かすれた声で呟く。
「じゃあ……俺のやりたいことは?」
「……」
アイリスは、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……夢より、現実を見るべきよ」
沈黙。
重い空気。
アンディの拳が、小さく震えていた。
「……俺」
ぽつり。
「間違ってるのかな」
「向いてないのに」
「無理して」
「……馬鹿みたいだよな」
ユウリは、その横顔を見ていた。
かつての自分と、重なっていた。
「……なあ」
静かに口を開く。
二人が見る。
「俺もさ」
少しだけ、間を置いて。
「向いてないって言われてる」
「ずっと」
「顕現できないし」
「期待もされてない」
アンディが目を見開く。
「でも」
ユウリは、はっきり言った。
「やりたいんだよ」
「理由なんて、それで十分だろ」
「向いてるかどうかより」
「諦めたくないかどうかだ」
風が吹き抜ける。
アイリスは、黙って聞いていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……二人とも」
「本当に、頑固ね」
視線を落とす。
「私は……」
声が、少しだけ揺れた。
「失うのが、怖いだけ」
「あなたが倒れるたび」
「……胸が痛むのよ」
アンディは、ゆっくり顔を上げる。
「……心配してくれてたんだな」
「当たり前でしょ」
そっぽを向く。
少し赤い。
「だから……」
「無茶は、しないで」
「……約束する」
アンディは、小さく笑った。
「でも、やめない」
「……分かってるわよ」
「それじゃあ――特訓再開だ」
アンディは浮かない表情で、そう言った。
アイリスはユウリの方に向き直る。
「あなたはとっとと諦めたら?
――それが王国のためよ」
そう言い残して演習場を、後にした。
アイリスの足音が、遠ざかっていく。
やがて、それも聞こえなくなった。
演習場には、
風の音だけが残った。
「……」
「……」
しばらく、誰も喋らなかった。
アンディは、
床を見つめたまま動かない。
「……やっぱさ」
ぽつりと、ユウリが言う。
「優しいよな、あいつ」
「……え?」
アンディが顔を上げる。
「心配してなきゃ」
あんな言い方、しない」
「……そう、かな」
「そうだよ」
即答。
「嫌いなら」
もっと簡単に切り捨てる」
アンディは、少し笑った。
「……昔からさ」
「俺が無茶すると」
ああやって怒るんだ」
「子供の頃から」
「じゃあ、尚更だろ」
ユウリは言った。
「期待されてるってことだ」
「……でも」
アンディは、拳を握る。
「正しいのは、アイリスだと思う」
「俺は……効率悪いし」
「才能もないし」
「王国のためって言われたら」
「……反論できない」
ユウリは、少し考えてから言った。
「なあ」
「王国ってさ」
「俺たちが幸せになるために
あるんじゃないのか?」
アンディが瞬く。
「俺は、そう思う」
「夢を捨てさせるような国なら」
「……こんな発展はしてないと思うんだ」
アンディは、
しばらく黙っていた。
やがて。
「……ずるいな、お前」
「え?」
「そんな言い方されたら」
「諦められないだろ」
小さく笑う。
「……続けるよ」
「派手な魔法」
「絶対、撃ってやる」
「おう」
ユウリは、頷いた。
「俺も」
「顕現、できなくても」
「絶対に逃げない」
二人は並んで、
演習場の奥を見る。
夕焼けが、
床を赤く染めていた。
(……王国のため、か)
ユウリは、胸の奥で繰り返す。
(それでも)
(俺は――俺の道を行く)
そう、決めた。
◇
翌日。
午後の合同講義が終わり、
生徒たちが一斉に校舎から流れ出していく。
中庭は、いつもより少し騒がしかった。
「疲れた……」
「長すぎだろ、あの講義」
そんな声が飛び交う中。
ユウリは、アンディと並んで歩いていた。
「……今日は、きつかったな」
「理論部分は楽しかったけどな」
アンディは苦笑する。
その時――
「……アンディ」
聞き覚えのある声。
二人が振り向くと、
アイリスが立っていた。
いつも通り、
背筋を伸ばしている。
「少し、話せる?」
「……ああ」
周囲の生徒が遠ざかり、
三人だけが残る。
中庭の噴水の音だけが響く。
短い沈黙。
先に口を開いたのは、アンディだった。
「……昨日の続きだよな」
アイリスは、黙って頷く。
アンディは、息を吸ってから言った。
「俺――」
一瞬、視線が揺れる。
それでも、逸らさなかった。
「やめない」
「攻撃魔法学科も」
「この道も」
「諦めない」
ユウリは、少し驚いてアンディを見る。
アイリスも、目を細めた。
「……まだ言うのね」
「言うよ」
アンディは、静かに続ける。
「向いてないってことも」
「無理してるってことも」
「全部、分かってる」
「でも――」
拳を握る。
「それでも、自分で撃ちたい」
「誰かのための理論じゃなくて」
「自分のために」
噴水の水音が、一瞬だけ大きく聞こえた。
アイリスは、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと。
「……王国はね」
「優秀な人材を、無駄にしない」
「あなたみたいな人は」
「特に」
「守られるべき存在なの」
アンディは、首を振った。
「守られるだけは、嫌だ」
「役に立ちたい」
「前に立ちたい」
「……それが、俺のやり方だ」
ユウリは、思わず口を挟んだ。
「……間違ってないと思う」
二人が見る。
「アンディは」
「逃げてない」
「逃げずに選んでる」
アイリスは、ユウリを見る。
少しだけ、厳しい目。
「……あなたは」
「自分のことも、まともにできないのに?」
ぐさり。
「……それは、否定できない」
即答。
アンディが吹き出しかける。
アイリスも、わずかに表情を緩めた。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
「本当に、似た者同士ね」
視線を戻す。
「……分かったわ」
「止めない」
二人が息を呑む。
「でも」
指を立てる。
「倒れたら、許さない」
「逃げても、許さない」
「最後までやりなさい」
アンディは、目を見開いてから――
ゆっくり笑った。
「……うん」
「約束する」
アイリスは、背を向ける。
「……後悔だけは、しないで」
そう言い残して、
人混みに紛れていった。
ユウリは、隣を見る。
「……よかったな」
「ああ」
アンディは、空を見上げる。
「やっと……」
「認めてもらえた気がする」
ユウリも、同じ空を見る。
(……俺も、負けてられないな)
胸の奥に、
静かな火が灯っていた。
◇
夕方。
授業が終わり、
校舎の影が長く伸びていた。
ユウリは、一人で廊下を歩いていた。
さっきの中庭でのやり取りが、
まだ頭に残っている。
(……宣言、か)
アンディの真っ直ぐな言葉。
アイリスの覚悟。
全部が、胸に引っかかっていた。
「――あっ、いた!」
後ろから、元気な声。
振り向くと、
リナが小走りで近づいてくる。
「探したんだけど!」
「……何で?」
「何でって顔してる」
呆れたように言う。
「最近ずっと特訓してるでしょ」
「放課後、ほぼ消えてるし」
「……見てたのか」
「そりゃ見るよ」
当然みたいに言う。
二人は並んで歩き始めた。
校舎の外へ向かう道。
「あのさ」
リナが、前を向いたまま言う。
「アンディと、うまくいってる?」
「……まあ」
「まあって何」
「そこは“順調です”でしょ」
「……順調、です」
「よろしい」
満足そうに頷く。
少し間。
「ねえ」
今度は、少しだけ真面目な声。
「ユウリってさ」
「最近、前より……怖がらなくなったよね」
ユウリは、足を止める。
「……そうか?」
「うん」
リナも立ち止まる。
「前はさ」
「失敗すると、すぐ引っ込んでた」
「“俺は無理だから”って顔して」
「……そんな顔してたか」
「してた」
即答。
ユウリは苦笑する。
「……今は?」
「今は――」
少し考えてから。
「転んでも、立とうとしてる顔」
「ダサいけど」
「必死で」
「……ダサいは余計だ」
リナは、じっと見る。
「必死な人、嫌いじゃない」
夕陽が、二人を照らす。
「ねえ」
リナが続ける。
――その時。
「おーい!!」
やたら元気な声が飛んできた。
二人同時に、びくっとする。
「ユウリぃぃぃ!!」
遠くから全力で走ってくる影。
見覚えしかない。
「……ラグナだ」
「うわ、最悪のタイミング」
リナが小声で呟く。
息を切らしながら、
ラグナが二人の前で止まった。
「よっ……はぁ……はぁ……」
「やっと見つけた……!」
「……何事だよ」
「いい話だぞ!」
満面の笑み。
「大規模依頼だ!」
空気、粉砕。
「……は?」
「一人じゃ無理なやつ!」
「だからお前が必要!」
指を突きつける。
「……急すぎだろ」
「急じゃない!」
「チャンスだ!」
リナが腕を組む。
「……危ないやつ?」
「まあまあ」
「“まあまあ”って何」
「魔影の群れ!」
「……アウトじゃん」
即答。
ラグナは気にしない。
「でも報酬いいぞ?」
「結構」
「かなり」
「――破格」
ユウリの眉が動く。
「俺たちの給金半年分」
「……行く」
「早っ!」
リナが突っ込む。
「即決すぎ!」
ラグナがニヤリと笑う。
「決まりな」
「準備しとけ、明後日出る」
「……ちょっと待て」
リナが前に出る。
「私も行くから」
「え?」
「約束したし」
「……え?」
ラグナが交互に見る。
「……お前ら、付き合ってんの?」
「「違う!」」
即答。
しばしの沈黙。
ラグナが吹き出す。
「ははっ、なんだそれ!」
「ま、いいや」
肩をすくめる。
「とにかく人手は欲しい」
「歓迎する」
夕焼けの中。
三人の影が重なる。
静かな時間は終わり、
次の戦いへ――
物語は、動き出していた。




