表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

10話 折れない心、アンディとの出会い


 連休明けの朝。


 学院の正門前は、いつもより少しだけ騒がしかった。


「まだ眠い……」

「課題、結局ギリだったわ」


 気の抜けた声が、あちこちから聞こえる。


 ユウリも、人の流れに混じって校舎へ向かっていた。


 魔海での出来事は、

 すでに数日前のことだ。


 血の匂い。

 消えていく魔影。

 短剣の感触。


 ――確かに、戦えた。


(……悪くなかった)


 胸の奥に、わずかな自信が芽生えている。


 根拠はない。

 けれど、消えもしなかった。


「おー、ユウリ」


 後ろから、ラグナの声。


「連休どうだった?」


「……まあ、普通」


「“普通”で済ませる狩りじゃなかっただろ」


 小さく笑う声。


 ユウリは、視線を逸らす。


「……悪くなかったよ」


「――ほらよ」

 ラグナは銀貨を数枚投げてよこした。


「お前の取り分だ……また行こうぜ」


 ラグナは、それ以上踏み込まなかった。


 それが、ありがたかった。


 ◇

 

 午前の実習。


 演習場には、すでに魔法陣が展開されている。


「今日は顕現を含む総合演習だ」


 セオドールの声が響く。


「個別同期から、順に試す」


 空気が、わずかに引き締まる。


 誰かが、息を呑む音。


 誰かが、拳を握る音。


 ユウリも、無意識に指を動かしていた。


(……いけるかもしれない)


 狩りの時の感覚が、まだ残っている。


 踏み込む速さ。

 迷わない判断。


 あの時の“冴え”。


(あれが、使えるなら)


 順番が回ってくる。


「次、ユウリ・カミナギ」


 名前を呼ばれ、前へ出る。


 視線が集まる。


 いつも通り。

 何度も経験してきた光景。


 ――怖くはない。


 魔法陣に立つ。


 深呼吸。


 魔力を流す。


 線が光る。


 同期、開始。


 端末に数値が走る。


 安定。

 許容範囲。


 問題なし。


(……よし)


 いける。


 そう思った。


 意識を、奥へ沈める。


 呼びかける。


 繋ぐ。


 待つ。


 ――返答は、ない。


 静かだった。


 あまりにも、静かすぎた。


 風もない。

 熱もない。

 気配もない。


 “空白”だけが、そこにある。


(……来い)


 もう一度、魔力を込める。


 刺青の奥が、

 わずかに熱を持った――気がした。


 だが。


 それだけだった。


 何も、起きない。


「……」


 沈黙。


 数秒。


 十秒。


 教室が、ざわつき始める。


「……解除しろ」


 セオドールの声。


 淡々とした調子。


 ユウリは、黙って術式を解いた。


 光が消える。


 何も残らない。


「次、カイン・アンダーソン」


 すぐに、次の生徒が呼ばれる。


 まるで、

 最初から何もなかったかのように。


 ユウリは、列に戻った。



「――成功だ」


 セオドールの声。


 一拍遅れて、

 小さなどよめきが走る。


「……すげ」


「ほんとに出た……」


「やったじゃん、カイン!」


 誰かが、小さく拍手する。


 カインは、

 呆然としたまま立っていたが――


 やがて、はにかむように笑った。


「……できた」


 震える声。


 嬉しさと安堵が、

 混ざった声だった。

 

 (また一人……先に行ってしまった)


 胸の奥で、

 小さく、何かが崩れる音がした。


 ――戦えたのに。


 ――動けたのに。


 ――なのに。


(……ここじゃ、ダメだ)


 理由は、分からない。


 ただ、それだけが、

 はっきりしていた。

 

 ◇


 昼休み。


 中庭のベンチは、昼の光に包まれていた。


 ユウリは、端末も開かずに座っていた。


 視線は、足元の石畳。


 何も考えていない――

 ふりをしていただけだった。


「……ユウリ」


 聞き慣れた声。


 顔を上げると、

 リナが立っていた。


「ここにいると思った」


「……なんで?」


「なんとなく」


 隣に、すとんと座る。


 お互いのローブが少し触れる。


 しばらく、沈黙。

 

 ユウリは、視線を上げなかった。


 風が、木の葉を揺らす音だけがする。


「ねえ」


 リナが、ぽつりと言った。


「この前の狩りさ……どうだった?」


「……急だな」


「ずっと気になってたんだって!」


 身を乗り出す。


「魔影ってどんなの?」

「ほんとに消えるの?」

「血とかすごい?」


「……順番に聞いて」


 苦笑しながら答える。


「普通の獣みたいだった」

「血も出たし、鳴いた」


「え、なにそれ」

「普通じゃん」


「普通じゃないけど」


「で!?強かった!?」


「……まあ」


「ほらー!」


 勝ち誇ったように指を差す。


「やっぱユウリすごいじゃん!」


「そういう話じゃ……」


「そういう話です!」


 即否定。


 少しだけ、間が空く。

 

 それから、声を落として。


「……失敗したって聞いたけど」


 ユウリは、言葉に詰まる。


「……うん」


「でもさ」


 リナは、にっと笑った。


「狩り行ける人が、ダメなわけなくない?」


「……雑すぎない?」


「雑だけど正しい!」


 胸を張る。


「だからさ」


 一拍。


「次、私も連れてって」


「……は?」


「だってずるいじゃん!」


「シャオも行ったんでしょ!」


「……危ないぞ」


「知ってる!」


 即答。


「でも行く!」


「見たいし!」

「体験したいし!」


「……止めても?」


「無理!」


 きっぱり。


 ユウリは、思わず笑ってしまった。


「……相談はする」


「よし!」


 満足そうに頷く。


「約束ね!」


 そう言って、立ち上がる。


「じゃ、シャオにも言ってくる!」


 走り去っていく背中。


 ユウリは、しばらく見送ってから、


 小さく息を吐いた。


 胸の奥が、

 さっきより少し軽くなっていた。


 ◇

 

 その日の夜。


 寮の部屋の明かりは、すでに落ちていた。


 それでも、

 ユウリはベッドに戻らなかった。


(……もう少しだけ)


 昼の失敗。

 リナの言葉。

 胸に残る、微かな熱。


 全部を抱えたまま、

 演習場へ向かう。


 誰もいない廊下。

 冷たい床。


 照明の下で、

 ひとり、魔法陣を描く。


 ――今度こそ。


 そう思っていた。


 昼間と同じ魔法陣。


 同じ位置。


 同じ手順。


 ――変わらない


 何も起きない。


「……はぁ」


 小さく息を吐いた、その時。


「……っ、くそ……!」


 奥から、かすれた声が聞こえた。


 ユウリは顔を上げる。


 端の方。


 一人の男子生徒が、膝をついていた。


 額から汗が滴り落ちている。


 息が荒い。


 見るからに、限界だった。


「……大丈夫か?」


 声をかけると、


 相手はびくっとして振り返った。


「えっ……あ、ああ……たぶん」


 たぶん、じゃないだろ。


「倒れる前に休め」


「いや……まだ……いける……」


 ふらつきながら立ち上がる。


 魔法陣を展開。


 光が揺らぐ。


 数秒後――


 霧散。


「……くそ」


 その場に座り込む。


 ユウリは、少し迷ってから言った。


「……魔力、使いすぎだ」


「分かってるよ……」


 苦笑。


「でも、やらないと……追いつけない」


 沈黙。


「……アンディ・タイソンだ」


 ぽつりと名乗る。


「ユウリ」


「知ってる」

「顕現できない人だろ?」


 直球すぎる。


「……そうだ」


「でもさ」


 アンディは、息を整えながら言った。


「君、降霊術なんか無くても強いよな」


 意外な言葉だった。


「見ればわかるさ」


「正直……羨ましい」


 ユウリは黙る。


「俺はさ」


 アンディは空を仰ぐ。


「夢があるんだ――

 いつか自分の手で、ド派手な魔法を撃ってみたい」


「……可笑しいだろ?」


 アンディは、自嘲気味に笑った。


「理論学部なら首席取れるって言われてるのにさ」

「こんなことして、毎晩ぶっ倒れて」


 床に視線を落とす。


「でも――諦めたくないんだ」


 ユウリは、しばらく黙っていた。


「……向いてないって、言われた?」


「百回くらい」


 即答だった。


「家でも、先生にも」

「『お前は頭脳派だ』って」


「それ、褒めてるんだろ」


「知ってるよ」


 苦笑。


「でもさ……それじゃ、嫌なんだ」


 拳を、ぎゅっと握る。


「俺は、自分で撃ちたい」

「誰かの理論じゃなくて」

「自分の魔法をさ」


 ユウリは、その言葉を聞いて――


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


「……俺も」


「ん?」


「向いてないって、言われてる」


 アンディが目を瞬かせる。


「え?」


「顕現、できないから」


「……ああ」


 少し気まずそうにする。


「でも、さっき言っただろ」


 アンディは真っ直ぐ見る。


「君、強い」


「俺よりずっと」


「……関係ない」


「関係ある」


 きっぱり。


「できないなら」

「できないなりに、別の形を探せばいい」


 ユウリは、少し驚いた顔をした。


「……理論派っぽい言い方だな」


「失礼だな」


 アンディは笑った。


「でも、本気だ」


 少し間。


 夜風が吹き抜ける。


「……なあ」


 アンディが言う。


「また、ここ来る?」


「……たぶん」


「じゃあさ」


 にっと笑う。


「一緒にやろうぜ」


「最弱コンビで」


「……最悪だな」


「だろ?」


 二人は、小さく笑った。


 その夜。


 ユウリは、初めて――


 「同じ場所で足踏みしている仲間」を見つけた。


 ◇

 

 演習場を出たあと。


 夜風に当たりながら、アンディはゆっくり歩いていた。


 身体は、相変わらず重い。

 腕も、脚も、まだ震えている。


(……やりすぎたな)


 いつものことだ。


 倒れるまでやる。

 倒れてから後悔する。


 何度、同じことを繰り返してきたか分からない。


 ふと、さっきの会話を思い出す。


『……また、ここ来る?』


『一緒にやろうぜ』


 思わず、口元が緩んだ。


(……なんだよ、それ)


 今まで、何度も言われてきた。


「向いてない」

「やめとけ」

「別の道に行け」


 善意なのは、分かっている。

 心配してくれているのも。


 でも――


 それを聞くたびに、

 胸の奥が、少しずつ削れていった。


(諦めろって、言われなかったな……)


 今日。


 初めてだったかもしれない。


 否定されなかったのは。


 笑われなかったのも。


「無理だ」って言われなかったのも。


 代わりに言われたのは、


『向いてないって、言われてる』


 同じ場所に立ってるみたいな、

 そんな言葉だった。


(……変なやつだよな)


 顕現できないのに。

 戦えるのに。

 悩んでるのに。


 それでも、投げてない。


(……負けてらんないか)


 小さく、拳を握る。


 胸の奥に、

 久しぶりに熱が戻っていた。


 明日も、来よう。


 倒れてもいい。

 失敗してもいい。


 ――少なくとも。


 一人じゃない。


 そう思えた夜は、

 いつぶりだっただろうか。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ