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第1話 青髪の赤子

「……なんだ、あれは」


 ある日。引退した元冒険者の老人、ゼルフ・ストレイルは、家の近くにある木の下に見慣れないカゴが置いてあるのを見つけた。

 近寄っていくと、カゴの中で何かがもぞもぞと動いているのが見えてくる。


「おぉ、なんと」


 カゴの中には、まだ生まれてから1年も経たないような状態の赤子が入っていた。

 赤子は青い髪と青い瞳を持ち、カゴの中で興味深そうに手足をゆっくりと動かしている。


 赤子はカゴの中を覗き込んだゼルフに気付き、少しの間じっと見つめると、やがてキャッキャッと笑い出した。

 その様子を見て微笑むゼルフだったが、同時に頭の中では疑問が生じていた。


 ゼルフの住んでいる場所は、度を越した田舎である。

 冒険者を引退してからは人目に触れない場所で生活したいと思い、一番近い街からでも一週間は歩かないと辿り着かないような、へんぴな場所に居を構えたのだ。


 だからこそ、こんなド田舎に赤子を捨て去っていくような者がいるとは思えない。

 この子は一体誰が、どのように捨てていったのか……。

 しかし、赤子のキョトンとした顔を見て、ゼルフは我に返る。


「……いや、今はそんなことは置いておこう」

「あー、あー!」

「おぉ、そうかそうか。一人で心細かったろう」


 ゼルフは赤子にニコリと微笑み返すと、そのまま赤子を抱きかかえた。


「ここで出会ったのも、何かの縁だろう。ちょうど引退して暇をしていたところだ。連れ帰ってやろう」


 あやすようにしばらく抱いた後にカゴへと戻し、カゴごと赤子を持ち上げる。

 その時、ゼルフはカゴの中に何かが入っているのに気づき、探って拾い上げた。

 それは文字が書かれた一枚のカードだった。


「ルーク……そうか、それがお前の名前か。よろしくな、ルーク。儂はゼルフだ」


「あー!」


 意図が伝わったのか、赤子……ルークは元気よく返事を返した。

 ゼルフはそのまま和やかに話しかけながら、カゴを携えて家へと戻った。


 ― ― ― ― ―


 ゼルフとルークが出会ってから、七年が経った。

 ゼルフと出会った時は赤ん坊だったルークも七歳となり、そこそこ体の動かせる少年にまで成長していた。


 ルークにとってゼルフとの二人暮らしは穏やかであり、そしてとても楽しいものだった。

 どうやらゼルフは、ルークと出会う少し前から山の麓に居を構え、自給自足の生活を送っていたらしい。


 家の横には小さな畑があり、そこで野菜や麦などを育てている。

 肉が欲しくなった時は山へ入り、動物を狩ったり川で魚を釣ったりして持ち帰る。

 晴れの日は食物を得るために精を出して働き、雨の日は家の中でゆっくり過ごす……正しく晴耕雨読の生活を送っていた。


 ルークは四、五歳ほどの時に、「なんでこんな田舎で一人暮らしをしていたの?」と聞いたことがあった。

 するとゼルフは、


「昔は冒険者という仕事をやっていてな。それこそ世界中を飛び回っていたんだが、疲れてしまった。だから、今は引退してこんなとこに引きこもっているわけだ。いわゆるスローライフというヤツだな」


 と、ボソボソと自分の過去を話してくれた。

 あまり語りたくない過去なのか、ゼルフ自身から冒険者の話を聞くことはほとんどなかったし、ルークも話をせがむことはなかったが、それでもたまの食事時に話してくれる冒険者の話は、ルークにとって心躍るものだった。


 ルークとゼルフの生活は、基本的にゆったりとしている。

 勿論ルークにも日課はあるので、起きてからはまずそれらを済ませる。

 具体的に言うと、ゼルフの薪割りの手伝い・衣服の洗濯・皿洗いなどがルークの担当分だった。

 しかし、それらを終えれば後は自由時間である。


 自由になると、ルークは本を読んだり野山を駆け回ったりして遊んでいた。

 山の中には気性の荒い魔物が住み着いている箇所もあるため、そういう所は避けるものの、それ以外のほぼ全てがルークの遊び場と化していた。


 ……そして今日も、ルークは山へ来ている。


「よし、ここなら爺ちゃんにも気づかれないか」


 周囲を見回してゼルフがいないことを確認すると、ルークは両手を前に出した。

 そして、自然体のまま体に少しずつ力を込めていく。

 

 すると、周囲に透明なオーラが段々と立ち上り、ルークの体を覆ってしまった。

 そのオーラを両手に集まるよう念じ、さらにその色を青色へと変化させていく。

 次の瞬間。


「……はぁっ!」


 ルークの両手から、小さな青い火球が放たれた。

 それはゆっくりとしたスピードで木に当たると、瞬く間に燃え移った。

 この炎は一定時間経つと消えるため、森の中でも気兼ねなく撃つことが出来る。

 青い炎に焼かれる木を見つめつつ、ルークは呟いた。


「うん、スキルを操るのも大分慣れてきたな」


 『スキル』……それは、人体に流れている『魔力』を変換することで起きる超常現象のことである。

 ルークは家の本棚にあった冒険者にまつわる本を読んだことで、スキルとは何なのかを学んでいた。


 『スキルは練習すれば誰でも使える』と知った日から、ルークは山で魔力を操る訓練を積み重ね、スキルを発動できるよう練習していたのだ。

 そしてつい先日、ルークは青い火球を放つスキルを使えるようになった。


「爺ちゃんがこれを見たら、きっと腰抜かすだろうな! もっと練習して、完璧に操れるようになったら見せてみよ」


 最初はゼルフに隠すつもりなどなかったのだが、遊びも兼ねてスキルの練習をしていくにつれて、ルークにはちょっとしたサプライズ精神が芽生えていた。


 元冒険者であるゼルフも、スキルを操ることの難しさは知っているだろう。

 そのことから『自分がスキルをある日突然使えるようになったら、めちゃくちゃ驚いてくれるんじゃね!?』という根拠のない予感がルークにはあったのだ。


 うしし、とルークが悪い笑みを浮かべる横で、青い炎は次第に消えていった。

 練習のためもう一度青い火球を出そうと、ルークは再び両手に魔力を込める。


 しかし魔力を炎に変換しかけた時、事は起こった。


「おーいルーク……って、お前は何しとるんじゃ」


「う、うわぁ!? 爺ちゃん!?」


 スキルを出そうと精神を集中させるあまり、ルークを探しに来たらしいゼルフの存在に気付くのが遅れてしまった。

 両手から今にも火球を出そうとしているルークを見たゼルフは、信じられないようなものを見る目でその場に立ち尽くしていた。


「まさか、それはスキルか?」


「……」


「答えなさい」


「う、うん。そうだよ」


「そうか……まさか、お前ほどの歳でスキルを扱えるようになるとはなぁ」


 ゼルフがやたら感心したような目で見つめるので、思わず気恥ずかしくなったルークは炎を消してしまった。

 まだまだスキルを完璧に扱えないルークは、唐突に自分の技を見せるのが恥ずかしくなってしまう。


「ん、やめてしまうのか? 一回ぐらい儂にも見せてくれ」


「な、なんだか爺ちゃんに見せるのって恥ずかしくて……今までずっと隠して練習してきたし」


「恥ずかしがることなんてない。その歳でスキルを使えるのはまさに天才の所業だ。誇った方が良い」


「そ、そう? じゃあもう一回」


 ルークは先ほどと同じように、両手に魔力を集中、そして青い炎に変換して撃った。

 再び木々を燃やす炎を見た後、ゼルフはルークに近寄った。


「ふむ、スピードは改良の余地アリだが威力は申し分ない。しかし、少し気になることがあるな」


 ゼルフはルークの手首をつかむと、少し持ち上げて手に残った魔力の残滓を丹念に見つめる。


「……これは竜の魔力、それも流星竜の魔力に近しい。思えば今の青い火球も、流星炎(メテオ・ブレイズ)という流星竜のスキルに似ている」


「へ?」


 いきなり変なことを言われたので、ルークは奇妙なものを見るような目でゼルフを見つめる。


「流星竜って、何?」


「流星竜は、この世界に生息する魔物の中でも、最上級の強さを持つ魔物……ドラゴンだ。そしてその流星竜と似たような魔力が、お前には流れている。いや、でもこれは一体……どうなっているんだ?」


 どうやらルークには、最強種に近しい竜の魔力が流れているらしい。

 人間に竜の魔力が流れているというのも不思議なことだが、ルークは出自からして親も不明の身である。

 出生に秘密があるのだろうが、そんなことはルーク自身知る由もなかった。


 手首は放してくれたものの、その後もゼルフはジロジロとルークの全身を舐めまわすように見つめていた。


「あ、あの、爺ちゃん?」


「こんなド田舎で赤ん坊のお前を拾った時から、何かある子だとは思っていたが……いやはや不思議なこともあるものだ」


 あまりジロジロ見続けては怖がらせるかもしれない、と思ったのかゼルフは目線をそらすと、ルークの肩に手を置いた。


「お前、そのスキルをもっと扱えるようになりたいか?」


「え、う、うん。そりゃ勿論」


「それじゃあ、今日から儂がお前を鍛えてやろう」


「えっ!?」


「前にも言っただろう? 儂は昔、冒険者だった。スキルの扱いには多少なりとも心得がある。お前を強くしてやることも可能なはずだ」


 その言葉を聞いて、ルークの心が踊らなかったと言えば嘘になる。

 しかし、今まで『一人で扱えるようになろう』と隠してきたことだったのに、それが急に教えを請うことになったので、正直喜びよりも気が抜けた方が大きかった。


「じゃ、じゃあよろしく爺ちゃん。俺、強くなりたいよ」


「やはりお前もそうか。儂も昔はそうだった……よし、儂が教えられるありったけを伝授してやろう」


 さらに強くなるため、ルークはゼルフという師匠を頼ることにした。


「……しかしお前。スキルは使う才能はすごいのに、魔力の扱い方が恐ろしく下手だな。まずは徹底的に魔力操作から教えることにしよう」


「はは……え、俺って魔力操作が下手だったの?」


「うむ。スキルが使えているのが不思議なくらいだ。逆にそれも才能かもしれんな」


 師匠を作ってからたった数十秒で判明する新事実。

 そのことにズッコケながらも、ルークは人に頼ることの大切さを覚えた。


 そしてその日から、ゼルフの下で過酷ながらも充実した修行の日々が始まった。

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