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英国より愛を込めて


 夢子は一人、誰も飲まない茶をたてて今日の部活を終えた。

 顧問の教師には話をつけている。夢子が卒業したら、この茶道部は廃部となるだろう。

 ふと、扉を叩く音がした。三回、リズミカルに。

「どうぞ」

 夢子が言うと扉が開く。

 最初に見えたのは青い瞳。空の色のような。赤い縁の眼鏡の向こう。

 次にそばかすの目立つ白い肌。

 見事な金髪を頭の左右でまとめて、ツインテールをなびかせている。

「茶の湯部はこちらデスカ?」

 金髪の少女は言った。


「ワタクシ、マリー。グレートブリテンから留学来まシタ。夢子さんは、部長さんデス?」

「一応、そうですね」

「他の方ハ?」

「すみません。他の部員は来ないんです」

「ゴースト部員デスカ?」

 片言の日本語で話し、キョロキョロと部室を見渡す。

 夢子はたてなおした茶を、マリーに差し出す。

「粗茶ですが」

 青い目がキョトンと見開いて、白い指が器を包み込む。

 マリーは器を回し、しばらく香りを楽しんだ後、抹茶を口にした。

「………」

 器の口を指で拭う。

「ケッコウナオテマエデ」

「………」

 夢子は頭を下げる。

「茶の湯は武士の教養デス」

 マリーは眼鏡を直して語り始めた。

「かつて薩摩とグレートブリテンは戦争をしまシタ」

「……まえんはまいっさ」

「悲しい歴史デスが、これがあってワタクシたちは深く友好関係を結べたのだと思いマス」

 マリーは言うと、鞄からなにかを取り出した。

「こちら、お近づきのシルシ」

 ちいさな、セロハンに包まれたチョコレートだった。

「日本の物なんですね」

「ハイ。大好きなんデス」

 マリーは歯を見せて笑った。


 夢子しかいなかった部室に、翌日もマリーは現れた。

 茶菓子の皿に勝手にチョコレートを乗せている。

「気になりませんか」

 ある時、夢子はたずねた。

「何がデスカ?」

 マリーの返答に夢子は頭を振る。

「知らないのでしたら、かまいません」

「夢子さんが女性が好きだという噂デスカ」

 マリーは言った。夢子の動きが止まる。

「グレートブリテン、差別、多いです。そうした女性、小説やコメディの中だけのモノという考え持つ人、沢山いマス。怖がる人もいマス。ワタクシも留学決めた時に同級生に言われマシタ。『日本なんかに行ったらゲイになるぞ』それの何が怖いのデショウ」

 マリーはセロハンを引っ張って、チョコレートを回転させた。

「ワタクシは信じてます。女性同士の恋愛はリアルでシリアス。違いマスカ?」

「そうですね」

 夢子はそれだけ答えた。

 マリーは微笑んだ。そして身を乗り出す。

「夢子さん、お付き合いされてる人いマスカ?」

「いますよ」

「素敵デス」

 マリーはチョコレートを口に入れる。

「こちらの部室、任せてもよろしいでしょうか」

Pardon(なんですか)?」

 夢子は彼女に向き直り、手を揃えて頭を下げる。

「あなたにでしたら部長の座、お任せできます」

「……え、いや、ワタクシ留学生」

「お願いします」

「まだ一年生ダシ、日本語まだ上手くないし、それにそれにこういうノッテ、三顧の礼と言いマスカ」

「お願いします」

「ウェー……」

 夢子は最後の部活を終えた。


 西日が強くなった頃に、夢子は部室をあとにした。

「おつかれさま」

 校門で待っていたのは千恵だった。夢子は彼女と手をつなぐ。

「可愛い後輩ができました」

「それって、どっちの意味で」

 夢子は口元を隠して微笑む。

「嫉妬してるんですか?」

「いや、いやいや、気になるじゃん」

「じゃあ、秘密です」

 悪戯っぽく笑って、夢子は言った。


 夢子たちが卒業した後の入学式。

「茶の湯部やってマス! ヨロシク!」

 そこには金髪の少女が、手書きのチラシを配り歩いている姿が見られたという。



  了


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