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忘れ給うな、白百合よ  作者: 月這山中


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22/24

神の目に

 今年も巫女の助勤が来た。

 その中に彼女は居た。


 彼女の今の名前は夢子と言った。


 夢子は私のことを忘れているようだった。

 無理もない。

 神主の父が仕事の手順を説明する。

 お守りの初穂料。甘酒の配り方。それに伴う所作。

「あとは火乃香に聞いとうせ」

 私は今世での名前を呼ばれて、ハッ、とする。

「頼んだよ、火乃香」

 私は頷く。そして助勤に来てくれた女性たちを見渡して、彼女を視界の端に置いて、言った。

「よろしくお願いします」


 私はその日も夢を見た。

 彼女と身を寄せ合う夢。

 彼女と唇を重ねる夢。

 彼女と眠る夢。

 私はひと時も忘れたことはない。


  ◆


 お守りの口を結びながら彼女たちは話していた。

 特に咎める気はない。このくらいは許せるほど退屈な仕事だ。

「彼氏欲しいわー」

「あたしもー」

「ね、夢子ちゃんは彼氏いるの」

 彼女に質問の矢が飛んだ。

「いますよ、好きな人」

 彼女は言った。私のことでは、ない。

「その人とは付き合ってるの?」

「いいえ」

「片思い?」

「そうですね」

 彼女はお守りの口を結びながら、淡々と答えた。

 周囲の助勤たちは騒ぎ立てる。青いね、なんて言いながら。

「じゃあ、ちゃんとけりをつけてきて」

 私は言った。

 どうしてそんなことを言ったのだろう。

 空気が静まり返る。

「はい、そのつもりです」

 彼女は物怖じすることなく、そう答えた。


 私はその日も夢を見た。

 彼女と炎に巻かれる夢。

 彼女と星を見る夢。

 彼女と別れる夢。

 私はひと時も忘れたことはない。


 彼女と私はかつて一つだった。


  ◆


 年越しの参拝者を待って社務所に寄り集まる。

「あ、ほら。今年の紅白出てるよ」

「あーライブ行きたかったぁ」

 俗な話題に入る様子もなく、彼女は石油ストーブにあたっている。

「隣、いい」

 私は彼女にたずねた。彼女は、こくり、と頭を下げて、座布団を寄せた。

「この間はごめんなさい」

「いえ」

 謝った私に、彼女は頭を振った。「あれはなんだったのか」とか「頭がおかしいのか」なんて聴くことはない。

「火乃香さんも、片思いですか」

 彼女は言った。

 私は頷く。

「じゃあ、けりをつけてきてください」

 彼女は残酷だった。何もかも忘れたまま、私にそう言った。

 年があける。


 お守りを授け、甘酒を配り、人々を案内する。

 神の目に私は、どう映ってるだろうか。

「火乃香さん」

 彼女が私を呼ぶ。

「火乃香さん、疲れてますか」

 言われて気が付いた。自分の頬に触れると、涙の粒が指についた。

 私は裏手にまわり、あとのことを彼女たちに任せた。


 彼女と眠る夢。

 彼女と別れる夢。

 あれが全て、嘘の記憶であったなら、どれほど幸福だっただろうか。


「火乃香さん」

 彼女が私を呼ぶ。

 私は山道へと向かう。

「火乃香さん」

 彼女の声を振り切るように、私は走った。

 白い袖を翻し、枝に引っかかった羽織紐を千切り取った。

「火乃香さん」

 彼女の腕が私を引いた。

 声は幻聴ではなかった。彼女は、私の腕を手に。

「――、戻ってきて」

 私の目を見て、彼女は言った。

「あ、え、覚え、て」

「覚えていますよ。あなたを」

「どう、して」

「別れようとしたんです。あなたと」

 夢子は、いいや、彼女は、言葉を続ける。

「そうしたほうが、ずっと思っていてくれるでしょう」

 木の葉でできた擦り傷が、頬に赤い印をつけている。

 熔けるような笑みで、彼女は。


  ◆


 三が日の終わり。

「はい、ご苦労さまでした」

 神主の父は勤めを終えた助勤たちに、奉仕料を配っていく。

 私は助勤に来てくれた女性たちを見渡して、彼女を視界の端に置いて、それが終わるのを待っていた。

 彼女が微笑んだ。

 奉仕料の袋を見てではなく、私を見て。

「みなさん、気を付けてお帰りください」

 私は父と一緒に頭を下げた。


 私はその日も夢を見た。

 彼女と山を駆ける夢。

 彼女と山を駆ける夢。

 彼女と別れる夢。


 彼女の思った通りになった。

 私はひと時も忘れたことはない。


  了

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