夜市をまわる
食べ歩きが好きだ。友達に言ったことはないけれど。
夜市をまわる。オレンジ色の電飾が食べ物を照らし食欲をそそらせる。ここでしか食べられないというのも、狩猟本能を刺激されるのかも知れない。
熱いたこ焼きを頬張って、口の中をやけどする。そんな瞬間も好きだった。
ふと、視線を感じた。
振り返るとたこ焼きを食べ歩く私をじっと見ている女の子がいた。
年明けに霧島神宮で巫女のバイトをしていた夢子だ。
「やっぱり」
彼女は厳かに呟いた。
私はたこ焼きを彼女に分けた。
「これでご内密に……」
「いいでしょう」
夢子は同じ高校に通っているはずだが、そこで見かけたことはない。私たちとは住む世界が違うのだろう。それでも口止めはしておくに越したことはない。
きっと知られたら「一緒にまわろう」と誰かが言い出して、自分のペースで食べ歩きができなくなる。
「あつっ」
夢子も口の中をやけどしたらしい。私は口をつけてないほうのかちわり氷を渡す。
「一人でこんなに食べるんですか」
「部活で消費するし」
私は夢子に言いながら、自分にも言い聞かせる。焼きそばをすする。
「部活はなにを」
「陸上」
「わたしは茶道部です」
通りで見かけないわけだ。
「よければまた、お話させてください」
夢子はそう言った。
彼女も一人で夜市をまわっているらしい。なにかを探しているようだった。
「手伝おうか?」
私は立ち去ろうとした彼女を追って肩を叩いた。
夢子はふるふると頭を振った。
「いいえ、大丈夫ですよ」
結局そこで彼女とは別れた。
◆
「チーちゃん、走り込みせんと?」
地区大会で優勝したこともあって私はそこそこ有名人で、動きづらいのだが、どうしても夢子のことが気になった。
「ごめん、行くとこあるわ」
私は茶道部を探した。
「茶道部の部室ならB棟だな。なんだ、掛け持ちか?」
先生に聴いてみたら意外に早く見つかった。
部室の周囲は静かで、ここだけが世界から切り離されているような、不思議な感覚があった。
「こんにちは」
背後から話しかけられた。夢子だった。
「びっ……くりした」
「こちらの台詞ですよ。見学ですか?」
「うん」
私は頷く。彼女は部室の扉を開いて、上履きを脱いだ。
「どうぞ」
普通の教室の扉の向こうに、蹴上げがあって畳がある。やっぱりここは異空間だ。
「おじゃまします……」
私は一言言って上履きを脱いだ。
夢子はお湯を沸かし始める。
「部員は私一人なので、掛け持ちしてくれると助かります」
「え、それって存続できないんじゃ」
「記名だけの方が六名。半分ほど卒業されますが」
彼女は静かにお茶をたてた。
どうして茶道部は、そんなことになったのだろう。
「どうぞ楽になさってください」
言われたので、痺れてきた足を崩す。
今夜も夜市がある。
◆
夜。
私は食べ歩きをしながら、夢子を探した。
「いた」
やはり彼女は来ていた。なにかを探している。
目が合った。
「ええと」
「千恵。チーちゃんでいいよ」
「チーさん」
「なんか変」
私は笑った。彼女も、くすくすと口元を隠して笑う。
「……探しているのは、女性なんです」
夢子は言った。
彼女が探しているのは出店の店員だった。古ぼけた写真を見せてもらった。子供を抱き上げて笑う姿。明るい髪色で快活な雰囲気。
「この人、夢子にとってどういう人?」
私はたずねた。
彼女は指を唇の端に当てて、私の耳に近付けた。
「初恋の人」
写真の女性を探しながら、夢子は言った。
「茶道部がなんでああなったかというと、わたしのせいでして」
そのまま語り始めた。
「先輩に告白してしまったんです」
「良いことじゃん」
「フラれました」
夢子は立ち止まる。視線を下げて、落ちた食べ物で汚れた地面を見る。
「そのうえ、彼女は噂を広めてしまいまして。わたしが女性とみれば見境なく、好きになるだとか」
立ち止まったまま、私は涙をこらえた。
「ひどい」
「わたしがですか」
「違うって、その先輩が! なんでそんなことするかな!」
私は憤慨してかちわり氷を握り締めた。
「……なんで私には話してくれたの?」
彼女の心の傷を考えれば、相当な覚悟だったはずだ。
「たこ焼き」
「え」
「たこ焼き程度で、口止めできると思わないでくださいね」
夢子は唇に指をあてて、しぃー、と息を吐いた。
写真の女性は見つからなかった。
「ここには来てないのかも知れません」
夢子は言った。
「各地を転々としてると言ってましたから」
「……よしっ」
私は決意した。
「食べ歩き範囲、拡大する」
「はい?」
「来週も別の地区で花火大会あるんだ。そこも探そう」
夢子は目を丸くして、私を見ていた。
「ありがとうございます……」
「絶対見つけよう!」
どうしてここまでしてくれるのか、彼女は不思議だったのだろう。
「おいしいぃ」
「食べ歩きが目的だったんですね」
「いやいや、絶対見つけるから!」
私たちは食べ歩きをしながら写真の女性を探した。
地区が違えば食べ物も違う。私は箸巻を齧りつつ、店員さんを一人一人見てまわる。
「そういえば、この写真けっこう古いよね」
「もう十二年前ですから」
「もしかして、この女の子って夢子?」
女性に抱えあげられたちいさな子供を指さす。
「はい」
「そういうことかぁ。じゃあ見た目もちょっと違うわけだ。気をつけないと」
「お願いします」
私たちは夜市をまわる。
空が一瞬、明るくなる。
花火が打ちあがっていた。
「おー」
私は思わず声を出す。
「………」
夢子も空を見上げる。
結局女性は見つからなかった。別の夜市へ足を運んだ。
「これもおいしいぃ」
「………」
「夢子もはい、あーん」
「あーん」
ベビーカステラを彼女の口に入れる。
「どう?」
「おいひいです」
口元を隠して夢子が言う。
花火が打ちあがる。
「夢子ちゃん?」
彼女に誰かが声をかけた。振り返ると、エプロンをかけたお爺さんが居た。
「夢子ちゃんだ、やっぱり」
「源さん」
私は二人を交互に見る。
「え、この人は」
「初恋の人のお父さん」
また耳元に口を近づけて夢子は言う。
「ああ、一足遅かったね」
「源さん?」
空がまた明るくなる。
源さんと呼ばれたお爺さんは、涙を流していた。
「裕子は、もういないんだよ」
◆
私たちはお墓参りに来ていた。
「がん、でね。気が付いたら手遅れだった」
線香を立てて、夢子のほうへ振り向く。
彼女は両手を合わせていた。
「そんな気がしていました」
「夢子ちゃん」
源さんは夢子の肩に手を置こうとして、止まる。
「ようやく、お別れが言えました」
私は両手を合わせたまま、夢子の横顔を見つめていた。
◆
夜市をまわる。
熱いたこ焼きを頬張って、口の中をやけどする。
ふと、視線を感じた。
振り返るとたこ焼きを食べ歩く私をじっと見ている夢子がいた。
「こんばんは」
「……たこ焼き、食べる?」
私は彼女に分けた。
「あつっ」
私は口をつけてないほうのかちわり氷を渡す。
「裕子さん、お別れを言うために探してたの?」
「そうですね。初恋だったので」
夢子の手が私の手に重なる。
「次の恋のために」
彼女の頬が赤く見えた。電飾のためではない。
「……へっ?」
私は思わず声が出た。
食べ歩きは一人で行けなくなった。
けれど、悪い気はしない。
了




