炎の君に会いに
桜島には木花之佐久夜毘売を祀る社が存在する。
私・田中灯火はとある調査のために桜島を登った。
火山活動のため一般人の登山が禁止されているこの場所で、私はどうしても知りたいことがあった。
母が探していたもの。
『お山に登れば、会えると』
晩年まで母が呟いていた。あの言葉の真相を掴むため、私は桜島に来たのである。
月讀神社は五社大明神社とも呼ばれ、御祭神は月読命、邇邇芸命、彦火火出見命、鵜草葺不合命、豊玉彦命、木花咲耶姫命が祀られている。このうち木花咲耶姫命が木花之佐久夜毘売にあたり、その夫が邇邇芸命、息子が彦火火出見命とされる。
私はここに母のルーツがあるかと考えて、参じた。
「田中ハナさんですか。存じ上げませんね」
「ここに巫女として勤めていたなんてことは」
「名簿も確認してみます。……すみません、それらしい名前はひとつも」
手掛かりは見つけられなかった。
『お山に登れば、会えると』
母の言葉通り、桜島を登らなければわからないのか。
日本書紀では海幸彦と山幸彦(山幸彦は彦火火出見命の別名である)の母として木花之佐久夜毘売は描かれているが、古事記によればこの二人の真ん中に第二子がいるとされている。その名は火須勢理命という。
炎が最も燃え盛っている時に生まれたというこの子供が、なぜ日本書紀に登場しないのかは諸説ある。
私が気になるのは、この火須勢理命が不具だったからではないかというものである。
伊邪那岐と伊邪那美の子供にも水蛭子という棄てられた神がいる。こうした要素の繰り返しは、神話の呪術的な意味合いを強化すると考えられている。
私は桜島を上る。少し揺れた。噴煙が斜面を降りていくのが見える。私はガイドと共に防塵マスクとゴーグルを締め直し尾根を往く。
北岳に上がって南岳を見つめる。ガラス質の砂塵をはらんだ灰が舞っている。
桜島には南岳の大きな火口と、その隣に開いた昭和火口の二つの火口がある。
かつては数年おきの噴火だったのが、昭和10年以降は毎年のように噴火を繰り返し灰を降らせるようになったという。
降灰はもはや鹿児島の風景の一部となり、風物詩となっている。
「南岳に近付きたい」
「無茶です」
ガイドの津島さんは撤退を提案したが、私は進むことを選んだ。
「危険なら、私一人でもいい。津島さんは帰りなさい」
「私にも先生を無事にお連れするお役目があります。わがままばかり言わないでください」
彼女に叱られながら、私は南岳へと向かった。
火口の端にたどり着く。噴煙が視界をはばむ。
断熱ジャケット越しに、熱気が上がって来たかのように錯覚する。
その時、噴火がはじまった。
足場が揺れて立っていられなくなった。私は四つん這いになり、噴火口を覗いた。
炎が。
マグマが上がる。
炎が吹きあがる。
山が最も燃え盛る瞬間。
火須勢理命。
煮えたぎるマグマ、炎の向こうに、人影が見えた気がした。
「先生!」
津島さんが私を掴んだ。手を伸ばして落ちそうになっていた私を命綱ごと引っぱり上げて、下山道へと退避させた。
マグマの流れはある程度予測されている。私たちの帰る道とは逆側を流れていく。
麓は避難警報が鳴り響いていることだろう。
「帰りますよ。先生」
「はい」
私たちは下山した。
『お山に登れば、会えると』
山を登っても、母の言葉は解明できなかった。
あの人影はなんだったのか。極限状態によって見せられた幻覚だったのだろうか。
「私はまた桜島を登るだろうね」
その時はまた頼みます。と、津島さんに頭を下げた。
彼女は笑っていた。
「先生も物好きなもんで」
避難所で津島さんはコーヒーを淹れてくれた。
「お山に登れば、会えると」
「誰に」
「我が子ら」
母の我が子は私だけのはずであった。
しかし母には、以前に産んだ子供たちがいたという。
私は養子である。実子である兄あるいは姉への羨望がなかったかと問われれば、否と言うしかないであろう。
私は言った。
「また噴火している時に来たい」
津島さんは目を丸くして、私の肩を叩く。
「命がいくつあっても足りませんよ」
「それでも来たいよ。命をいくつ捧げてもね」
私は長い髪を指でくしけずった。
もしも、あの火口に。
もしも、あの桜島の火口に、火須勢理命がいるのだとしたら。
私は彼女に恋をしたのである。
了




