この青だけが本当
交代に船を降りて来た乗客の鞄から、ひらり、と白い影が落ちていく。
「あっ、ハンカチ」
アオイは歪む視界で、それを咄嗟に拾った。
青い指同士が触れる。
「おはん、藍染めしとうと?」
アオイは思わずたずねた。自分と同じ青い指先。
「うん、徳島でやっちょる」
「うんだぁ、鹿児島にも藍染あるとよ。あてはこん工房で……」
アオイはTシャツのロゴを見せる。
「あ、そこよ。ウチが見学しにいくとこ」
「ほうけ!? 電話くれてた、えっと……」
呼びあぐねていたアオイを見て、彼女は微笑む。
「ウチはミドリ。藍染めなのにミドリよ」
ミドリは軽快に笑った。
アオイはミドリを案内した。
「フェリーへなにしに来よったん?」
たずねられて、アオイは少し考えて答えた。
「ええと、友達、見送っとったと」
「ああ、それで泣いちょったんね」
「ん……」
「なんねぇ、いまさら緊張しよる」
ミドリが肩を組んだ。アオイは体を固くする。
「あっと、ごめん」
「……よかと」
肩に回した手をアオイは引っ張る。青い指がまた触れ合う。
その光景が不思議になまめかしくて、ミドリは咳払いをした。
どちらから引くこともできず、肩を組んだまま二人は歩きづらそうにしていた。
アオイの工房へ到着した。
「うわぁー……!」
工房へ入るなり、ミドリは深呼吸する。
「うん、ええ匂い」
「藍の匂いわかると?」
「ウチは鼻が利くき、匂いでええ工房かどうかわかるのよ」
ミドリは悪戯っぽく微笑む。
「すごかぁ……」
「嘘」
ミドリは笑って工房の奥へと入っていった。
「ひどい」
アオイも笑っていた。
「家族でやっちょるん?」
ミドリが作品を見渡しながらたずねた。
「ううん。おじいちゃんから藍甕分けて貰うて、あてが一代目」
「すごっ」
「すごかないよ。毎日わからんことだらけで……」
アオイの目から涙がこぼれる。
「ご、ごめん、どないしたん?」
「なんでんなか。……友達とこいに話しとったなぁて」
「ああ、そっか。友達と」
ミドリはなんとなく気まずくなって、鞄から白いハンカチを取り出した。
「これ、ここで染めてみてもええ?」
「いいの?」
「元よりそのつもりだったんよ。ちなみに、元カレのプレゼントな」
悪戯っぽく笑う。
「本当?」
「嘘よ」
「だと思った」
「ほんまは元カノのプレゼント」
アオイが、はっ、と顔を上げる。
「友達いうの、嘘やろ」
「うん、嘘」
二人は顔を見合わせる。
「嘘つくの慣れてしもうとったと。世間の目、気にして」
アオイは藍甕を混ぜながら呟く。落ちた前髪を上げる時に、青い線が目じりに入った。
「気にせんでもええのに。いまどき珍しいことやないで」
「鹿児島じゃちごっ。都会みたいには行かんと」
「そがなもんかね」
ミドリはハンカチに糸を巻き付けて、しぼりを作っている。
ぐるぐる巻きになったハンカチを持って、藍甕に近付く。
「入れるよ」
アオイは頷く。発酵した藍が溜まった甕の中に、とぷり、とハンカチが浸かっていく。
深い藍の色を湛える甕が白いハンカチに色を着せていく。
「この瞬間好きやわ」
「あても」
二人は顔を見合わせる。同時に笑った。
しばらく漬けたあと、ハンカチを取り出して空気に触れさせた。
酸化がはじまり青く変化していく。
「この瞬間も好いとうと」
「当たり」
アオイの言葉にミドリが答えた。
アオイはハンカチを絞り、洗っていく。
彼女の後ろからミドリが手を出して、青く染まった指を絡める。
「アオイの元カノ、どんな人なん?」
ミドリはたずねた。アオイは少し考えてから、答える。
「優しい人」
「なんで別れたん」
「優しすぎたと」
「そっかそっか」
「ミドリのは?」
アオイはたずねた。ミドリは天井を見上げて、答える。
「ろくでなしやったなぁ」
「嘘やろ」
「嘘よ。優しかった。だから別れた」
ミドリの頬を涙がつたった。アオイはそれをみて、青い指先で拭う。
「ありがと」
「ううん」
二人は身を寄せ合いながら、ハンカチを洗っていた。
糸を解いて、洗浄を終えて、白かったハンカチに綺麗な絞り染めの花が咲いた。
「うん、ええ出来」
ミドリは満足げにハンカチを叩く。乾燥が終わればここを去るつもりだった。
「また来とうせ」
しかしアオイが言った。
「そのつもりやったよ」
ミドリは嘘をつき、青い小指を差し出した。それにアオイは自分の小指を絡める。
「忘れんよ」
「ん、あても忘れん」
指切りをして、二人はお互いの嘘に笑う。
一年後。
船を降りて来た乗客の鞄から、ひらり、と青い影が落ちていく。
「あっ」
アオイはそれを咄嗟に拾った。
青い指同士が触れる。
「……こんにちは」
「……忘れとったと?」
アオイはたずねる。ミドリは悪戯っぽく笑う。
「そうかも」
それから二人は鹿児島で一緒に暮らし始める。
小さな嘘をつきながら、それでも幸福を手にするだろう。
了




