ガラスの心
倉田マキは中学生、焼酎蔵の娘だった。
店で使うグラスを探しに、町を歩いていた。
「おっ、知らん工房」
見知らぬ看板をマキは見つける。古民家を改装した店構えだった。
そこでは繊細な切子細工をほどこされたグラスが光を反射し、店内を彩っていた。
店の中央に、女性が居る。
切子の反射した光に照らされた、ガラス細工のように繊細な横顔だった。
「こんにちは。この店の子?」
入店したマキは彼女に話しかける。名札には『石田キリ』と書かれていた。
「これにうちの焼酎、入れたらよかぁ」
マキは手のひら大のグラスに指先で振れた。
「気安かね、おはん」
キリの繊細な横顔から出て来たのは拒絶の言葉だった。
「買う気ないなら出ていっとうせ」
彼女の言葉は割れたガラスのようにマキの心に鋭く刺さった。
「私、あんたみたいな子好きじゃ」
マキは言った。
「は?」
恋は始まった。
毎日マキはキリの店に足を運んだ。
「キリちゃん、一緒にご飯いこ!」
「気安か」
「気安いのなにが悪いとぉー。いいから来っ!」
「変な子じゃ。おごりや」
キリも悪い気はしないのか、逃げることはなかった。
近くの喫茶店でトーストとコーヒーを頼んだ。
「キリちゃん店番つろ、ないごてあんななん?」
「……冷やかしが多いけ。うんざりしとった」
「あーおるよねぇ。うちも試飲だけしてさっさと帰るおっちゃんおって困っとう」
「おはんも似たようなもんじゃ」
トーストを齧りながらキリは呟く。
「今度うちにも来とうせ。持て成すけ!」
マキは地図の入った名刺を差し出す。
「あて未成年やけど」
「焼酎以外にもあるけ!」
キリは名刺を頼りにマキの実家へと足を運んだ。
「キリちゃん来てくれたとー!」
「営業じゃ」
キリの手には鞄が吊り下げられていた。
マキは祖母と一緒にキリを出迎える。
「ゆくさおさいじゃした」
「……どうも」
流石に営業先では彼女の割れたガラスのような言葉は出なかった。
応接間に入り、畳に置かれたソファに座ると鞄の中から箱を取り出す。
「新作」
箱から出て来たのはまばゆいばかりの輝きを放つグラスだった。藍色のベースが美しい。
「綺麗……」
思わずマキの口からこぼれていた。
「あいがと」
キリが礼を言った。その頬が赤く染まる。
「え、もしかしてキリちゃんが作ったと?」
「悪か」
「悪かないと! すごかぁ!」
マキの祖母も目を丸くして手を叩いていた。
「こい、店に置いたらお客さん増えると! おばあちゃん!」
「そうやねぇ。買おか」
祖母が頷く。
「え、買うてくれると」
キリは意外そうな声で言った。
「あたりまえじゃ。こげん綺麗なグラス、そうそう見んけねぇ」
「……あいがとさげもす」
キリは頬を染めたまま頭を下げた。
その日は二人とも休日だった。
喫茶店でトーストとコーヒーを頼んで、ゲームセンターで遊んで、海岸を歩いた。
「マキ」
「キリちゃん」
二人は同時に声をかけた。ふと立ち止まって、お互いの顔を見つめる。
「おはんからでいい」
「気になるわー、でも、言う」
「なんね」
「私ね、学校いけんと」
潮風に髪をなびかせながらマキは言った。
「友達と思とった子に挨拶したら、あんた気安か、気持ち悪いね言われて、学校いけんくなったと。でも、次同じことあったら『好き』って伝えよう思うとって……」
「………」
「私、県外の通信制行くことなったと」
キリは黙って聴いていた。
「キリちゃんと会えてよかった。私のトラウマ、洗い流してくれたけ」
「……ん」
キリは頬を染める。
「どこでんおっても、私ら、ずっと友達じゃ」
キリの恋は砕け散った。
「キリちゃんが言いたいこと、なん?」
「……ない」
「キリちゃん?」
「元気で」
キリはその場を立ち去った。
キリが店に立つことはなくなった。彼女も中学校へ通うようになったからだ。
それからしばらくして。
「キリちゃーん」
フェリーから降りたマキは、キリの姿を見つけて手を振る。
「迎えにきてくれたとぉ。うれしかぁ」
「ん」
キリは彼女の荷物を持つ。
「大丈夫やぁこれくらい」
「妊婦さんが無理せんで」
マキは大学で知り合った彼氏と結婚し、今は県外に住んでいる。
「キリちゃんが忘れんでくれて、よかった」
「忘れんわ」
約束通り、二人はずっと友達だった。
了




