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忘れ給うな、白百合よ  作者: 月這山中


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火薬の里

 発火する。

 爆発する。

 肉と骨が弾ける。

 その瞬間を想う。


「かあちゃん、川行ってくっ」

「ん」

 スミは土間の土と木炭とを混ぜる。

 山の硫黄を混ぜる時もある。

 子供が火あそびをして納品物を掌一杯、ダメにしたこともあった。

 その時になくした右目がうずく。


 この隠れ里は火薬を売って稼いでいる。

 外からは島津の買い付け以外、来ることはない。

 流れ者は殺す様に言われている。


「かあちゃん」

 子供たちがスミを呼びに来た。

 村の境の川に、脚を折った女が這いずって現れたのだという。

「待ち」

 スミは言って背負い紐を用意した。


 女は全身傷だらけで、ひどい状態だった。

 放っておけば衰弱して死ぬだろうと思われた。

「坊……」

 しかし彼女の口から出た言葉を聴いて、スミは背負い紐を本来の使い方で巻いた。


 スミは家へと運んでくると、女を治療し粥を与えた。

「あいがとさげもす」

 意識を取り戻した女は礼を言った。

 スミの夫は三年前に戦へ行って死んだ。

 スミは女に子供の相手を頼んだ。

「むぜかぁ」

 女は笑って言った。


 どうして村へ流れ着いたのか、スミは女にたずねた。

「お大名様の行列の前に、息子が出ていってしもうた」

 女は語り始めた。振り上げられた刀から息子を庇い、背中を切られたが、間一髪で命を拾った。ひたすらに謝ったが郷には居ることができず息子と共に出立したが、関所で離ればなれになったと。

「その脚は」

 スミがたずねると女は答えた。

「関所で殴られた」

 女の息子は家に戻され、女は石と棒で打たれ川へと落とされたのだという。

「名は」

「え」

「おはんを呼ぶに名がいる。エ、でいいんか」

「アサ」

「アサ、これ砕き」

 スミは乳鉢に入れた木炭を渡した。


 村長がスミの家を訪ねた。

「スミ、流れ者が来たそうだな」

「ああ」

「いつ殺す」

「どこでん出て行けんに殺す必要はなか」

 スミは村の者に説明した。

「掟にかかわる」

「アサはすでに一度死んでおる。二度も殺してどうなる」

「………」

 長老は去っていった。

 木炭を砕きながら会話を聴いていたアサは、スミの顔を見て頭を下げた。

「あいがとさげもす」

「おはんのためでない。子供らのためじゃ」

 スミは言った。


 発火する。

 爆発する。

 肉と骨が弾ける。

 その瞬間を想う。


 子供たちは危ない遊びをやめてアサと遊ぶことが増えた。

 アサの脚はよくならなかった。

 スミはそれに安心していた。


 北の家のスエが狂った。

 火薬で死んだ者たちが憑いているので、供養塔を立てると住職は言っていた。

「わしらの金が欲しいだけじゃ」

 スミは呟いた。アサは木炭を砕きながらくすくすと笑った。

「なんでん」

「スミも怖がるこつあるんじゃ」

「怖がっとらん」

 アサは笑うことをやめない。

「死んだかて何も残らん」

 その言葉がスミの心に引っかかる。

「おはんの夫はどげんした」

 アサは笑うのをやめ、ふう、と息を吐いて、なんでもないように答えた。

「あてが殺した」


 その夜より、スミはアサを求めるようになった。


「わしも夫を殺した。戦へ出る前の日に火薬を湿らせといたのよ」

「やるね」

「おはんは?」

「毒やなぁ。毎日汁に混ぜといたら、寝たきりになって死んでいったと」

 月明かりの下、天井を見上げたままアサは言った。

 スミはアサの白い手が、味噌と共に毒を混ぜ込む様を想像した。

「なして殺した」

「つもる恨みもある」

「たしかにな」

「忘れん、決して」

 スミはアサの肩を抱き寄せる。

「あの人が生きとったら、息子つれて逃げんでよかったつろか」

 アサが呟いた。

「息子を斬ってくれたんつろか」

「したら、殺した」

「じゃね」

「同じじゃ」

「かもね」

 朝が来る。


 発火する。

 爆発する。

 肉と骨が弾ける。

 その瞬間を想う。


 スミは土間の土と木炭とを混ぜる。

 アサは木炭を砕く。

 二人は火薬を作り、飯を食い、夜は共に寝て、日々を暮らした。

「忘れんよ、スミのこと」

 夕餉の時に、急にアサが言った。

「忘れん」

「今生の別れか?」

「かもね」

 スミは汁の香りを確かめてから、すすった。


 ある夜。

 スミが寝たふりをしているとアサが身動ぎする気配を察した。

 肩を抱き寄せようとすると、すう、とアサが立ち上がった。

 なんでもないことのように。

 アサは戸から外へ出て行った。

「……アサ?」

 スミが呼び掛ける。応えはない。


 その夜以来、アサは戻ってこなかった。



 スミは木炭を砕き、土間の土と木炭とを混ぜる。

 子供たちは川で遊んでいる。

 スミは猟銃の手入れをして、火薬を詰め、弾丸を滑り込ませた。


 村長がスミの家を訪ねた。

「おはんはアサを殺さんかった」

「ほうじゃな」

「ここも終わりじゃ。引き払うど」

「わかった。待っとうせ」

 スミは猟銃を手に取ると、銃口を自分の口にくわえて足で引き金を引いた。

 肉と頭蓋が弾ける音がした。


 この隠れ里は火薬を売って稼いでいる。

 外からは島津の買い付け以外、来ることはない。

 流れ者は殺す様に言われている。




  了

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