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置き手紙

 奥様ならばこの手紙を見つけてくれると信じていました。


 初めて会ったのは凍てつく北風を遮ったつかの間の休息、そんな小春日和でしたね。桜の綺麗な年でございました。

 慣れぬ仕事で奥様が大事になさっていた花瓶を割ってしまった時も、なによりまずわたくしに怪我のないことを喜んでくださいました。

 わたくしは奥様の優しさに心打たれ、生涯をかけてご奉仕することを心に決めたのでございます。


 旦那様がはじめてわたくしを見初めた時、奥様は気付いていらしたでしょう。わたくしも気付かれているとすぐに思いました。それでも関係を続けたのは、奥様がいたからでございます。

 幾度も夫婦の寝室に上がって、シーツを乱していた時を今でも思い出します。

 旦那様は喉を絞められることがお好きでした。わたくしはあの日、つい長く締めすぎてしまったのでございます。

 旦那様がぐったりとして息をしていないことに気付いた私は、かなり気が動転していたのでしょう。服も乱れたまま奥様、あなた様に見つからないことを祈って部屋の隅に隠れていました。

 しかしあなた様は見つけてしまった。わたくしは観念して全てをお話ししました。

 その時もあなた様は、花瓶を割った時と同じ表情で、怪我がなくてよかった。とわたくしを心配してくださったのです。


 わたくしは絶望しました。旦那様の気を引くことで、奥様の嫉妬を受けられると思っていたのですから。奥様がわたくしのことを四六時中考えずにはいられなくなるほど、わたくしを恨んでくれると願っていたのですから。

 最初の一度以外はすべてわたくしから誘っていました。旦那様を通してあなた様を感じることができて、溺れていったのです。

 ですが、あなた様は許してしまった。こんなわたくしを許さなくてかまいません。いいえ、決して許さないでください。そのためにわたくしは、あんなことをしたのですから。

 ああ、優しいあなた様。


 それからのことは忘れようとしても忘れられません。

 ぐったりと動かない旦那様を二人は車に積んで、裏山まで運びましたね。

 藪の根が這った堅い土を深く深く掘って、旦那様を埋めましたね。

 そしてあなた様は言いました。このことは二人の秘密、と。


 あなた様は、わたくしと秘密を抱えることを喜んでいらっしゃいました。あなた様の残酷な一面が見られてわたくしはつかの間、安心したことを覚えております。

 けれどもそれでは足りないのです。強欲なわたくしを決して許さないでください。

 この手紙は十二通、全く同じ内容のものを屋敷のあちこちに隠しております。あなた様が屋敷を売りに出すと言ったその時から用意していたものでございます。あなた様が忘れていなければ二人の思い出の場所に、十二通。すべて回収しなければ、屋敷を買った者が見つけるであろう場所に、隠したのでございます。

 あなた様の心にわたくしへの激情があるのなら、必ずや見つけてくださると信じて隠したのです。

 探すことに疲れたら屋敷に火をおかけなさい。わたくしはその立ち上る炎を見て命を絶つでしょう。あなた様の激情はその程度だったとわかったのなら、それ以上なにも求めません。


 あなた様の優しさを信じることができずに、その裏を夢想したわたくしの愚かさを。決して許さないでくださいませ。

 あなた様の残酷なまでの優しさこそを、わたくしは恐れたのですから。


 手紙は十二通。これは真実の数字です。一通足りないなどという意地悪はいたしません。必ずや全て見つけてくれると信じております。


 世界が炎に包まれても、私はあなたを忘れませんわ。



  了

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