探偵は薩摩に咲く
夜な夜な現れては示現流を繰り出して去っていくという薩摩武士の亡霊の調査依頼が舞い込んだ。
霊能探偵サクラとその助手ヒメは大正浪漫を駆け巡る。
ちなみに二人は付き合っている。
薩摩武士の亡霊を呼び出した。
「で、なんでこんなことしてるの」
「おいは田中新兵衛、愛する先生を守り切ることができず無念なり」
亡霊は素直に自供した。しかし納得いかないサクラ。
「それなら京都に出なよ」
「田中新兵衛と言えば京都で活躍した人ですものね、先生」
ヒメの言う通り。田中新兵衛とは薩摩から京都へ渡ったあと、武市瑞山という土佐勤王党の首魁と懇意の仲になり天誅を繰り返した人斬りである。最後は裏切りにあい町奉行の前で割腹をしてみせたという。その活動の中心は京都である。
「おいは田中新兵衛、愛する先生を守り切ることができず無念なり」
「それはもういいから」
「この薩摩に先生の名が轟かぬうちは消えること叶わず」
随分な注文を付けて来た新兵衛に、サクラは腕を組む。
「こりゃだめだ。完全に土佐もんにいかれてら」
「殺人だーッ!」
事務所のドアが開いた。入ってきたのは生身の依頼人。
「サクラ先生、殺人です!」
サクラとヒメ、新兵衛は現場へ向かう。
後頭部を殴られ殺されたのは百歳を超える長寿者。薩摩の生き字引と言われた田中勝利である。
「ん、田中?」
「新兵衛さんの御親戚ですか?」
ヒメがたずねると田中は黙って首を振る。よくある苗字だ。
「とりあえず被害者に聴いてみよう。むんっ」
霊能探偵サクラの特殊能力はあらゆる霊を呼び出すことである。
田中勝利の霊が呼び出された。
「うんだもしたんおいはどげんしたと」
訛りがかなり強かった。
サクラが肩をすくめて諦めようとしたところ、新兵衛が前へ出る。
「おめさけしんみゃしたとよ」
「うんだたまがったあ」
「だいにうっころされたかわかっとうと」
「みないごてねえうしとからじゃったし」
しばらく話してから新兵衛はサクラの方を向いた。
「下手人は見ていないようです」
「誰か近くにはいたでしょ。付き人とかいないの?」
サクラが言うと新兵衛はまた勝利と話す。
「つきびとはおらんとね」
「まってかおこいさんがおらんな」
「おコイという者が近くに居たようですが、姿を消してると」
サクラは頷いて、ヒメと指を絡める。
「よし、聞き込みだ」
おコイはすぐに見つかった。
勝利の通帳と印鑑を持って死亡届が受理される前に現金一億を引き出し、港に来ていた。
「ついカッとなって」
犯人自供により事件は解決したかと思われた。
「殺したのは私じゃありません。田中さんが突然倒れたのでびっくりした私は銀行に逃げ込んだのです」
「だとすると殺しの犯人は一体誰だ?」
サクラは頭をひねる。
「チェストが聴こえました」
サクラとヒメは新兵衛を見上げる。
「おいではござらん」
サクラは頭をひねる。
「チェスト魔だーッ!」
港に悲鳴が響いた。全身に痣を負った犠牲者が散り散りに逃げていく。
「チェストさせい、おいにチェストをさせい」
ブツブツ呟きながら歩いてくるのは薪ざっぱを持った男だった。上半身ははだけて見事な筋肉を晒している。
「危ない、ヒメ!」
サクラは助手をかばう。新兵衛が前へ出た。
「チェストォ!」
チェスト魔の男が襲い掛かって来た。それを新兵衛が霊体で受け止める。
「なにっ」
「チェストがなっとらん! こいじゃ!」
新兵衛は腰の刀を抜いて男に切りかかった。
「知恵捨ぉおおおおおおお!」
「うぎゃああああ」
霊体の刀に切られた男は魂を失ったかのようにその場に倒れた。
探偵事務所。
「今日もお手柄でしたね、サクラ先生」
ヒメが珈琲を淹れる。
あのあとおコイは現金を口座に返し、正当な手続きをもって勝利の遺産を相続した。
「はたして勝利を殺したのはあのチェスト魔だったのか」
「先生、なにを気になさっているんですか?」
「いやね、霊には私にもわからない特性が多いんだ。たとえば一人の霊が同時に複数個所に現れるなんてこともありえるかなって……」
部屋の隅に居た新兵衛が窓の外を見た。
「チェストじゃ」
「なんだって?」
外からチェストの声が聴こえた。それは二つ、三つと数を増やしていく。
「………」
「……新兵衛、今なら君の願いが叶うかもしれないよ」
サクラは言った。
その夜、武市瑞山の名前が鹿児島に轟いた。
了