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5 吸血衝動と記憶の狭間

冷たい霧の中で手にしたシルバーミストの花。

涼音はそれを調香室の机の上に丁寧に並べ、瓶詰めされたエキスを前に深く息をついた。

その香りを嗅ぐたびに、彼女の心には奇妙なざわめきが生じる。

それは、忘れ去りたい衝動――吸血鬼としての本能だった。


「この香りには、何か特別なものがある。」

涼音は呟きながら調合に取り掛かる。

シルバーミストの香りを中心に、他の香料を慎重にブレンドしていく。


試作が終わり、一滴を手首に垂らす。

その香りが立ち上る瞬間、涼音の頭に鮮明な記憶が蘇った。


まだ人間だった頃、庭に咲き誇る青白い花々の間で遊んでいた記憶。

母が柔らかい声で名前を呼ぶ音、温かな日差しが頬を撫でる感覚。

その幸福な記憶が一瞬彼女を包む。


だが、同時にその香りが吸血鬼としての本能を刺激する。

喉の奥から湧き上がる衝動が、まるで彼女を喰らおうとするかのように襲いかかる。


涼音は額に汗を浮かべながら、カウンターに手をつき、必死に耐えた。

「これではダメ……。このままでは、この香りは危険すぎる。」


その夜、彼女は再び古書を開き、シルバーミストの香りについての記述を調べ始めた。

香りが呼び起こす記憶と本能の二重性について、何か手がかりがあるはずだと考えたのだ。


記述の一節に目が留まる。

「シルバーミストの香りは、心に眠る記憶を解き放つ力を持つ。しかし、その香りが強すぎると、本能を呼び覚まし、持ち主を支配する危険性がある。」


涼音はページを閉じ、静かに考え込む。

「本能に支配される前に、香りを制御する方法を見つけなければ……。」


翌日、調香室を訪れたのは、以前に出会った情報屋の男だった。

彼は笑いながら、傷だらけの自分の腕をさすりつつ、カウンターに腰を下ろす。


「どうだい、シルバーミストは役に立ったか?」

彼女は短く頷く。

「役には立ったわ。でも、この香りは簡単には扱えない。」


彼は興味深げに眉を上げる。

「どういう意味だ?」

涼音は調合中の香りを嗅ぎながら言った。

「この香りは、記憶を呼び覚ます力を持っているけれど、同時に吸血衝動を引き出す危険性もある。私だけでなく、他の吸血鬼にも同じ効果を及ぼす可能性が高い。」


男は考え込むように視線を落とす。

「つまり、あまりに強い力を持つってことか。逆に、それをコントロールできれば……何か特別なものが作れるんじゃないか?」


涼音はその言葉に少し驚き、彼を見た。

「特別なもの?」

「例えば、吸血鬼たちを救う香りだとか。自分を縛る力を解き放つ香りだとか。」


涼音はその可能性に目を細めたが、同時にその危険性も理解していた。


彼女は再び香りの調合に戻り、配合を変えては嗅ぎ、また変える。

その中で、ある香料が衝動を和らげる効果を持つことに気づく。

「この組み合わせなら……。」


香りの中に潜む危険性と可能性を探る涼音。

記憶を呼び覚ます力を利用して、人間らしさを取り戻すための香りを作り出せるかもしれない――。


だが、その香りが完成するには、さらなる挑戦と、新たな素材が必要であることを彼女は痛感していた。




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