終末を映し出す水晶
「カオスフレアは我らオメガクラスが魂を結び合って起こす史上最強の集団戦法。この世のあらゆる物質を核エネルギーで破壊する最終手段だ」白虎が勇ましく説諭する。
「なんてことに。アルヌス、死んじゃったの?」フェルナンが赤ん坊口調で戦慄する。
「あの自惚れ屋。油断したわね」ケイトが悔やむようで喜ぶような面持ちで呟く。
「負けたか。やはりオメガ大勢が相手では、さしもの超オメガを持ってしても」スオンが杖に寄り掛かる。
「まだ我々人間が健在だ。諦めるわけにはいかんぞ」ラッセルが気丈に立ち振舞う。
黄泉の魔獣たちは弱りきってはいるものの、生身の常人を殺すくらいの余力は残っている。
「今日よりこの世界を黄泉に橋渡す。人間は我々に隷属するのだ」コンドルの魔獣が仰々しく宣言する。
世界の終わりか。そう絶望しかけた時。
「ハッハッハ!下らん。まさに退屈な野望だぜ」目の錯覚ではなかった。空中にアルヌスが凛然と浮かんでいる。
「馬鹿な。カオスフレアをまともに!」恐竜魔獣が驚倒の叫びを上げる。
「効かねえな。そんな線香花火は」
「不死身!無敵!超オメガは宇宙一なんだ!」フェルナンがジャンプ喝采狂喜する。
「とんでもない化け物を呼んじゃったようね」ケイトは血圧低下でフラフラとよろめく。
魔獣たちは血相を変えて山頂に開いた黄泉の境い目に敗走した。
「深追いする気も起きないぜ。弱すぎだ」アルヌスは不機嫌そうに埃を被った服を気にしながら着陸する。
「さ、後はどうしようかな」詰まらなそうに一同を睨め回す。
誰もがその奇跡的な強さに度肝を抜かれて、平伏してしまいそうだった。
「あの、これからのご予定は?」フェルナンが平身低頭で訊いた。
「そうだな。この世界をとっくり見物させてもらうかな」
「で、それからは?人間を滅ぼそうなんて予定はあるんですか?」
「さあな。気に入れば贔屓にしてもいいし、気に入らなければ始末するという手もあるがよ」
「え、始末!そんな!善なの、悪なの!」
一同はその歯に衣着せぬぶりに、惑乱するよりなかった。
「俺はまだこの世界の人間なるものが、どういう族なのかを知らん。ちなみに俺はマズダという世界の住人だ。俺たちの星では善はなく、悪もない。能力と才気が全てさ」
「血も涙もないのね」ケイトが悄気げた顔で嘆く。
「このラングルを支配するのがうぬら異星人の目当てか」スオンも敵愾心溢れる表情で言い捨てる。
「見たところ、お前たちは情や憐憫で動く些末な生き物のようだ。支配する価値はないかもな」アルヌスは鼻を摘んで退屈そうに答える。
「お主。自分の惑星を平和ならしめんという志はないのか」ラッセルが疑問を総括して問い掛けた。
「そんな志は屁みたいなもんだな。俺は自分自身が太平楽でさえあれば、他人のことなんかどうでもいい。平和なんぞ考えるだけ無駄損だぜ」
交渉は決裂してしまいそうだった。黄泉の魔物は現世支配を実現できず去った。世界を救ったその救い手は、他でもないこの超オメガアルヌス。
しかしその張本人の手によって世界が滅亡するかも知れない。
惑星ラングルはいまだ超緊急事態宣告下にあった。
「ま、そういうことだ。どんな食い物があって、どんなイカシタ女がいるか。楽しませてもらうぜ」アルヌスはそう言って、流星のような華麗な光波を輝かせて遥か彼方に飛び去ったのだった。
「大丈夫ですよ。アイツはそんなに悪い奴じゃなさそうだし。な、ケイト」フェルナンが奇策に振る舞って和ます。
「でもこの世界に居座ってる以上、人類の危機だわ。善悪を知らないんだものね」
「世界の行く末は危うい」
「仙人。水晶にその答えを聞いて見るしかありませんな」ラッセルが言う。
「ついにこの時が来たか」スオンが徐ろに額の瘤を握った。
すると、瘤はにゅっと額から離れた。手にしたそれは、なんと水晶そのものだった。
「うわ、頭から水晶が!」
「ずっと顔に埋まってたの!」
「タケルの水晶の魔力で、わしは不老不死を得た。だがもう生きるのには飽きた。今こそ、真実を映し出す時じゃ」
水晶は透明な色調の光沢を帯びている。そこには様々な事象の映像が霧に巻かれたように見え隠れしている。
スオンは力無く倒れた。
「仙人さん!」フェルナンたちが介助に集まる。
「旅の賢人たちよ。後は頼んだぞ。水晶の語る真実をしっかりと心に刻むのじゃ」するとスオンの身体から薄い影が抜け出し、幽体となって空に昇った。
「これは、霊?死んだのね」ケイトが初体験の心霊現象にまごつく。
その時、何とも場違いな素っ頓狂な声が響いた。
「まだまだ。勝負はこれからだ、オカマオメガ野郎!」声の主は猿だった。
「あらまあ、お猿さん。生きてたの?」
「当たり前よ。あんなトリックぐらい屁の河童だよん。あれ、誰もいないけどどうした?」
事情を聞いた猿は勘違いも甚だしく地団駄を踏んで悔しがる。
「畜生め。出番はなしかよ。敵同士仲良く共食いいなんてなあ、まあ奴ららしいな」威張った調子で笑い飛ばす。そこへ声が入った。
「お主。心を入れ換えて重責を果たす自信はあるか?」幽体となったスオンが猿を眺め下ろす。
「なんのことだい」
「虎猿山の番人を引き継いではくれぬか?黄泉の境界の守り人としてじゃ」
猿は思わぬオファーに棚から牡丹餅とばかりに舞い上がる。
スオンは杖と水晶を譲る旨を誓約し、猿は自惚れも甚だしく勇んで了承した。
「こいつは立派なもんだ」猿は両手で繁々と水晶を見遣る。
それを見届けたスオンの幽体は天空へと昇りつめて見えなくなる。
「よかったわね、お猿さん」
「仙人と呼びな。おいらはこの山の支配者だぞ」高らかに笑い声が山間に反響する。
その時。水晶が激しい明滅を起こした。
「なんだ!」猿の身体に雷電が走って、水晶が地面に落ちた。
呼応するかの如く山頂一帯に黒い雲が出現し、辺りは暗幕が下りたように漆黒となった。
「我々の未来が映し出される」ラッセルが息を潜めて水晶を見つめた。
タケルの水晶が人類の行き着く先を映した。
群がる人間に魔物たちが襲いかかり、矢継早に殺していく。そこにはとても正視できない阿鼻叫喚の無間地獄が炙り映されていた。
「嘘でしょ。これが真実なの」
「酷すぎるよ。こんな事」
人類はモンスターの前に為す術なく血祭りにされる。これは変えようのない結末なのか。
「ありゃま。人間完全終了ってか」猿が皮肉るように失笑する。
水晶の硝子体に最後に映ったのは絶望と荒廃の光景だった。
焦土に成り果てた世界に、猛り狂う魔物たちの醜い姿。人類は壊滅し、世界は魔物の領土と化す。何とも悲惨な終焉だ。
「こんな未来にしちゃ駄目だ。何か方法があるはず」フェルナンが悲壮感を押し殺して言う。
「でも水晶の予言は絶対なんでしょ。変えられるのかしら」ケイトは縋るようにラッセルを見た。
「予言は外れることもある。まだ未来は決まったわけではない。できることはある」
タケルの水晶はいつまでも人間の陰惨な運命を映し出し続けた。
虎猿山には依然不気味な黒い雲が蔓延り、一同を闇の膜で占領せんと垂れ籠めていた。