覆面の謎ランプ
「自ら創って自ら壊す。人間というものは身勝手な野獣だな」ラッセルが諦観口調で嘆息する。
生き残った人造モンスターから埋め込まれていた生体チップを外し、その作動を停止させた。
科学者たちはもう機械ロボットには頼らない旨の決心をしたのだ。
「ありがとうございました。感謝の申し上げ用がありません」アゾナロが一同に会釈して礼を告げる。
「よかったですね。やはり人間が主役じゃないと」フェルナンが元気を取り戻して言う。自分とチカの傷は、研究所の治癒薬で無事完治した。
「せっかく平和が到来したんだから、もう変な研究はしないでね」ケイトが叱咤を込めて願った。
「これからは挑戦的な研究ではなく、平和的な研究に変革していくつもりです。不治の病の治療薬開発や安全な技術に基づいた人工物開発等に励んでいきます」アゾナロは反省と精進を誓って公言した。
解放された科学者たちは心機一転、自らの過ちを猛省し、新たな研究実験の船出へと邁進することになった。
人造モンスターは永遠の眠りにつくのか。はたまた別の野心家によって息を吹き返す時が来るのか。
いずれにしても、人間の心次第だろう。恒久平和は人間が欲望を制御できるか否かにかかってくるのだ。
「あんたたち、これからどうするんだい。戦闘能力のない人間だけの旅は危なっかしくて見てられない。あたいたち暇だからガイドしてやるよ」
「チカさん。ついて来てくれるの」フェルナンが頼もしいと言わんばかりに活気づく。
「それはまかりならんな。お主には自分たちの自然を守るという使命があるではないか。お主とレオマンモスがいなくては、故郷の自然は誰が守るのだ」ラッセルが諭すように言い募る。
「爺さん」チカが寂しそうな面持ちで俯く。
「そうよ。チカさんはレオ君と一緒にコレザス平原の守護者でいなきゃね」
「ケイトの言う通りだ。残念だけど」フェルナンがチカに寄り添い、優しく肩を抱く。
「フェルナン」涙ぐむチカに皆が温かいエールを送る。ささやかな恋人だった二人は柔らかい抱擁を交わした。
「凄いな。こんな飛び道具があるなんて」
「鳥になるのは初めてだわ」
一行は旅の翼として、バルマー社屈指の高性能気球を賜わったのだった。
「これならば、モスルンまであっと言う間だな」ラッセルも童心に帰った風に笑顔だ。
長旅を全うした三人は、一旦自宅のある母国までとんぼ返りすることにした。
「チカさーん!」フェルナンの呼ぶ声が地を伝って、水平線の彼方を行くチカたちに向かって放たれた。平原の守護者は遥か先に霞むばかりだった。
「いいの、本当に?あなたのお嫁さんに最適だと思うのは私だけかしら」
「ど、どういう意味だよ!彼女は人間を捨てたもののけだよ」
「いいじゃない別に。動物と人間の架け橋になれば。ねえ、教授?」
楽しげな二人のやり取りに、ラッセルは微笑ましい視線を置く。
空飛ぶ遊覧船は雲を突き抜け山を越え、旅疲れに微睡む三人を乗せて、たった一日で温暖湿潤の平穏な町モスルンに到着した。
トレジャーハンター三人の仕事場は、町の北の畑に囲まれた小さな煉瓦造りの建物だ。
二階建ての一階奥には約一万冊の書物が所蔵されている。
事務机に取り憑くように座るラッセルは、歴史家にして大冒険家メースクインの手記を辿り、次なる冒険の準備に取りかかった。
「やっぱり我が家が一番いいですね」フェルナンが大きく欠伸をして、鹿革製のソファに身体を倒す。
「決めたぞ。タケルの水晶だ」
「えっ、何ですかそれ?」
「全知全能を知る太古の聖物。手にした者はこの世の全てを見ることができる」
「なんじゃそりゃ。ガセじゃないんでしょうね」
「メースクインは真実しか記さない」
「でも。何かまた大変な事が起こりそうだな。出版社生活が懐かしい。もう退路を塞いじゃったからな」
時刻は正午を回っていた。
「空腹だと頭も働きませんね。ケイトまだかな。また経費で余計な買い物してるんじゃ」
そこへ事務所のドアが開いた。
ケイトかと思いきや、見知らぬ男だった。青いフードを覆面の要領で被り、仕立ての割に良い旅装を着用し、引き締まった体型をしている。
「何か御用ですか?」フェルナンが訝しげに尋ねた。
「お初にお目にかかる。あなたがたが冒険家だと伺い、手持ちのアイテムを買って頂きたく参ったのでござる」
「アイテムですか」そう言えば歴戦を終えたばかりで、残るのは究極必殺菩薩の勾玉とゴーレムのマントだけだった。
「そうか。丁度旅支度にかかろうとしていたんだがな。いくらかな?」ラッセルが本を閉じて立ち上がった。
「六万ギルにござる」
「そんな。そんな大金ありませんよ。僕たちは出来立てホヤホヤの零細なんです。というか、会社じゃなくて、実質自営業なので」
「それなら、物々等価交換はいかがで」
「ほう。アイテムで代金を払えというんですな」ラッセルが興味ありげに言う。
「はい。何か価値のあるモノはお持ちで?」
「龍神の魔石でどうかな」
初見から相手を不審がっていたフェルナンだったが、ラッセルに半ば強制されて魔石を男の前に持って来た。
「確かに。これは優れた発掘品でござる」
「それには使用期限があるので早めに使って貰わなくてはならんが」
「それを差し引いても高価値でござるな」フードで表情は不明だが、男は繁々と魔石を目利き鑑定する。
「で、どんなアイテムと?」フェルナンが疑わしそうに凝視する。男は腰袋から取り出した。
「これは。ムルジンという魔法のランプでござる。敵前で呼びかければ、アトランダムに様々な幻獣が現れる仕掛けでござる。何が現れるかはその時のお楽しみ。三回、使用可能でござる」
「なかなか魅力的なランプですな」ラッセルが手にして見遣る。金色で宝石のような輝きを具備した不思議なアイテムだった。
フェルナンがこっそり耳打ちした。
「いいんですか。こんな不確かなアイテムと交換して。魔石は何度も僕たちを助けてくれたんですよ」
「旅には攻撃アイテムが必要だ。ハロイドの家まで行く訳にもいかんし、他に入手手段がない。背に腹は変えられんだろう」
交換は成立し、男はしたり顔で帰っていった。
そんなこんなで、タケルの水晶を巡る一大冒険の幕が開かんとしていた。