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裏切りの人間狩り宣言

そんな事情で、一行はマンモスの変種レオという緊急交通手段を得て、東にある目的地へと旅を再開したのだった。

「どうだ。いい乗り心地だろ?」チカは先頭に座り、気持ちよさそうに青空を見つめる。

「ええ。景色も最高よ」

「ほんと。レオ君の背中の肉付きが良くて、お尻がふわふわだ」

 風が穏やかに吹いて、平原は新緑シーズン真っ盛りといった時節だ。雄大な自然が広がる中を、マンモスはゆったりと進んでいった。

「言って置くが、人間への恨みは捨てないよ」

「え?どうして」フェルナンが心配げにチカを見やった。

「あたいは、幼い頃にジャングルで迷子になった。で、動物に拾われ育てられたんだ」

「そうなの。大変だったんだ」ケイトが同情を示して言う。

「あたいの育ての親は人間に殺された」チカは恨みの念を込めて一同を注視した。

「人間がジャングルを切り開いたせいで、あたいたちは住む場所と食べ物を失った。だから生まれ故郷を離れなければならず、路頭に迷ったんだ。新しい住処を見つける旅の途中で親は病になって死んだ。人間のせいだ」

 一同は慰める言葉が見つからなかった。

「ごめん。代表して謝るから許して」フェルナンが頭を垂れる。

「ごめんなさい。私たちの責任ね」ケイトも涙ぐんで言う。

「分かる。よく分かるぞ。しかし、人間と動物が手を結ばねば世界を救うことはできん。人間を信じてはくれぬか」ラッセルが痛切な声色で願い出る。

「嫌だ。今のあたいには許せない」チカは目を反らしてレオの頭を撫でる。

 そのまま沈黙が降り、一行を乗せたマンモスは東へ東へと向かっていった。

 やがてバルマー研究所の外観が眺められた。

 ハイテクな建築構造の建物群が、広大な敷地にずらりと乱立している。

世界有数の王立研究施設として名高く、有能な学者が各国から集められ、最新のテクノロジー開発に執心しているのだった。

 一行は南の通用門より中に入った。だが、その言い知れぬ静けさに違和感を覚えた。

まず先導するチカが持ち前の野性勘を発揮して、異変を察知した。

「変だよ。物音ひとつしない。何かあったみたいだね」

 これだけ設備コストのかかった施設であるのに、今や常備が当たり前の人工ロボット、キューアイの稼働する姿が見えないのは、どう考えても不可解だった。

「そうね。人っ子一人いないわ」

「みんな研究熱心で建物に引き篭もってるんじゃないの。つまりは、象牙の塔ってやつ」

 手がかりがないか、ケイトとフェルナンはあちこちを丁寧に観察する。

「やはりきな臭いな」ラッセルも何時になく胸騒ぎを感じていた。

「爺さん。これはもう事が起きた後かも知れないよ」チカが周囲に野性アンテナを張り巡らせて言う。

「チカさん、どういうこと?」フェルナンは鈍感力を表明するように漠然と問う。

 内部を一周りしたが、何処にも誰も居らず、無機質な建材の臭いだけが鼻についた。時刻は既に夕方になり、道端には夕日を浴びた建物の幻影が伸びている。

「ハロイドさんの言ってた通り、何かあったのかな」そう言って、ケイトが建物の扉をノックしようとした。

「待ちな!」チカが不意に鋭く口走った。

 とその時、不穏な殺気が一同を取り囲んだ。

 夕焼けに影を落としたそれらは、人ではなくモンスターだった。

「何をしている。人間め、この研究所は渡さんぞ」一体の巨軀を誇るゴリラが迫って来た。

「何なの、いきなり」フェルナンが動転して後ずさる。

「あなたたちこそ、こんな研究所で何してるの?」ケイトが蒼白の相貌で言う。

「そうか。お前らこの研究所の魔物だな」チカが言い放つ。

「とすると、噂は真実だったのか」ラッセルが相手を凝視する。

「教授。何ですか、噂って?」

「バルマーで人工モンスターの極秘開発が行われているという風説だ」

 ゴリラが不敵に笑って応じた。

「よく知っているな。そうだ俺たちは人間が作った人造モンスターさ。まあ、今は俺たちが人間を飼い慣らしているがな」

「人間を!」

「どういうことなの!」助手たちは怖じ気づいて茫然となった。

「お前ら、人間に復讐するんだな」チカは複雑な思いでいた。自分と同じ動機を有し、怨恨を支えに生きる同志が目の前にいる。

「やめときな!文明の利器を壊すのはいいが、生身の人間を殺めるのは駄目だ!」チカが声を大にして吐き捨てる。

「ほざくな!人間に思い知らせやる。俺たちは奴らの操り人形ではないことをな!」

 モンスターたちは呼応するように、一斉に叫び声を上げた。

 夕日に照らし出されて明るみになったのは夥しい数の魔物群だった。

「よし、こっちだって。え、えっとどのアイテムがいいかな」フェルナンが慌ててリュックをまさぐる。

「よせ。多勢すぎる。ここは大人しく投降しようではないか」ラッセルが理知的判断を下だして言う。

「あたいは戦う。こんな血の通わない雑魚に馬鹿にされてたまるか」姉の気迫に、巨獣レオも猛り声を放って敵を威嚇する。

「チカさん。やめるんだ。気持ちは分かるが、勝てはせん。私はこの者たちの話しを聞いてみたい」

「爺さん」チカの不満げな顔に、ラッセルが微笑みを注ぐ。

 結局一行はモンスター軍に捕まり、牢に押し込められた。

「話してどうかなる奴らじゃないよ。面をみりゃあ分かるだろ」チカがぼやきながら喝破した。

「僕たち、ここから出られますかね」

「また弱気の虫。いざとなれば、私たちにはアイテムがあるわ。それにチカさんたちもいる」

 牢には科学者たちが拉致監禁されていた。

「そうか。革命を起こされたと」ラッセルたちは科学者たちから顛末を聞き取った。

「恥ずかしい限りです。当初は素直で従順な動物だったのですが。欲に煽られて知能開発を大胆にやり過ぎました。でもまだ支配権を取り返すチャンスはあるんです」失望に暮れる科学者ばかりの中、このアゾナロという若い男は希望を保ち続けていた。

「私には透視能力があります。あいつらの行動考えも逐一把握できる」

「それは心強いわ」

「そうなんですね。ならアイテムも有効に使えるし、こりゃ何とかなりそうですね」落胆していたケイトとフェルナンが水を得たように笑う。

「そうと分かったら、さっさとぶちのめそうじゃないか」チカが膝を叩いて、レオにしがみつく。

 人造モンスターたちは科学者たちを幽閉し、自らは建物内に潜んで、秘かに打倒人間帝国の決起の静かな狼煙を上げていたのだ。

 一同が拘束されている牢屋は、四方にかなり長く設計されていて、牢のある通路を超えた場所に広いスペースが作られていた。

ラッセルらはアゾナロたちと共に頭脳を駆使して作戦を練った。

「よし。勝てるよ、きっと」アイテムマスターことフェルナンが拳を握る。

「広い空間に敵を集めて一気に叩く。これしかないでしょう」アゾナロが意気盛んに首肯する。

「さあ、それじゃ。まず監獄を粉砕しないとね」ケイトが高揚した口調で言う。

「それならコイツだ」フェルナンは羅王丸を引っ張り出した。

「なんて言えばいいのかな。えっと。ら、羅王様、お願いします!」唱えると、空気が軋むような音が鳴り、忽ち烈風が巻き起こった。

 そしてその渦巻く中心に、角の生えた半身半獣の生き物が浮かんでいた。

「お呼びかな。我が名はラオウマル。風の申し子なり。何がお望みか?」

「まあ素敵。錠前を外したいの」ケイトがその美顔にうっとりして懇願する。

 ラオウマルは片手で竜巻を発生させると、強力な風圧で牢の扉そのものを鮮やかに打ち砕いて見せた。

「さすが風の神様だ。すごいや」フェルナンが拍手で賞賛する。

 すると見張り番のモンスター数体が、たちどころにやって来た。

 しかしそれも無駄足。ラオウマルが風の刃であっけなく吹き飛ばし、敵を気絶させる。

「やるじゃないか。あんた、派手で面白い魔獣だな」チカが初めてきちんとした笑いを洩らした。

 牢獄の入り口は完膚無きまでに吹き飛んでしまい、粉砕物が床に高く積もった。

「ありがとう」フェルナンが謝意を述べた。

「またの再会を楽しみにしている」そう言って風の申し子は消え去った。

「では作戦開始だ。よいか」ラッセルが号令をかける。

「アゾナロさん、いいかしら?」ケイトが覗き込みながら促す。サイキッカーは透視を行うべく頷き、目を閉じる。

「モンスターが広間に集結しています。ダイナマイトを持った奴が十。火炎放射機が八。催涙弾もあります。一番厄介なのは魔犬ケルベロスです。奴は研究所の最終ボディガードとして造られた傑作です」

「あんたたちイカレ学者の開発したイカレ品が、あんたたちを殺そうとしてるんだよ。恥を知りな!」チカが冷厳に一喝する。

「巻き添えにしてすみません。自分たち科学者が巻いた種だ。私たちが刈り取らなくてはならないのに」

「もうこんな愚かな事がないようにしてください。今回は僕たちが尻拭いしますから」フェルナンが慰めるように見遣る。

「状況は分かった。行くぞ」ラッセルが改めて一同を鼓舞する。

 初陣を切ってチカとレオが、猛然と通路を走り、広間へと踊り込んだ。

 唐突な先制攻撃に、モンスターたちは面食らうかたちとなった。

 チカの操るレオが巨体を活かして、戦車の如くに敵軍を跳ね飛ばして快走する。

 すっかり虚を突かれたモンスターたちはいいように翻弄されてしまう。

「怯むな!武器を使え!」軍団長らしき敵が司令を出す。

 そこへフェルナンとアゾナロが参上し、アイテムゴーレムのマントが投げ放たれた。

そのマントから出現したのは、剛健な岩を纏った戦士ゴーレムだ。敵前に立ちはだかり、宣誓した。

「主よ。この身体、自由にするがいい」

「ゴーレムマン!予想通りのバカデカさだね。最高!」

 敵はダイナマイトと火炎放射機を投入して反撃を始めた。

 しかしゴーレムの鉄壁が悉く二人を完全ガードする。

 チカも素速いレオを駆って、攻撃を敏捷に掻い潜る。

「守るだけではやられてしまう」戸惑うアゾナロにフェルナンが笑みを返す。

「大丈夫。これからが本番だから」リュックから出したのは緑の凝灰岩。

「あと一回か。決めてくれ。出でよ、火の鳥!」ゴーレムの防壁から飛び出して叫ぶと、燃え滾る炎とともに光輝なる怪鳥、朱雀が現れた。

「悪に淀む魔物。我が火炎で土に帰るがいい」朱雀はそう言うと、モンスターめがけて炎熱を繰り出した。

 敵軍は容赦のない攻撃に焼かれ、逃げ惑う者も幾多を数えた。

 その火勢は甚大で、一気に敵の半分が壊滅してしまった。

 床面には倒れ堕ちたモンスターの武器が転がっていたが、それを見定めたラッセルが科学者たちを引き連れ一斉に広間へ駆け参じた。ダイナマイトに火炎放射機、催涙弾を回収し、武器を奪い取る目論見だった。

「私たちも」アゾナロが立ち上がる。

「うん。行きましょう」フェルナンも覚悟を決めて言う。

 雪崩れ込んだ一同は、危険物を回収し敵の武器を拾って人造モンスターに肉弾戦を挑んだ。敵軍は半減したため、数的優位な状態で相まみえる恰好となった。

「勇ましい人間を見るのは快感だ。己の手で平和を勝ち取るがいい」朱雀は勇姿を見届けながら中空に去って行く。

 すっかり正義と勇気に取り憑かれた一同は、多勢を利用して統率のとれた戦いを展開した。

 身体能力の突出したモンスターたちであったが、炎の散弾でダメージを負っているため、動きは緩慢だった。

 ほどなくして、ラッセル軍の勝利が確定した。

「やったじゃない。素人戦士なのに頑張ったわね」ケイトが激戦を労う。

「意外とチョロいもんだ」フェルナンは降参したモンスターを見下ろしつつせせら笑った。

 しかし、アゾナロは依然曇った表情で立ち尽くしている。

「まだ喜ぶのは早いぞ」ラッセルが戒めて言いやる。

「このモンスターたちは本当の戦闘要員ではありません」アゾナロが神妙な眼差しで言う。 

「え?だって敵は全部押さえましたよ」

「フェルナン。呑気を貫くのもいい加減にしろ」ラッセルが能天気な弟子に苦虫を潰す。

「ケルベロスです。問題は」

「あっ、そうだったわね」ケイトにアゾナロの緊張が伝播する。

「で、どこにいるんだい。そのヘンテコな名前のやろうは」チカが辺りを見回す。

 アゾナロは目を瞑り集中した。

「あそこだ。あの箱!」

 指し示す先には、棺桶のような箱があった。モンスターが戦闘に際して運び入れたものらしかった。

 その時。一本の首が箱板を突き破って、ニョキニョキと這い出てきたのだった。

 するとさらに首が二本、板を破壊して現れた。

「三頭身の魔物。伝説ではなかったようだ」ラッセルが黙念と凝視する。

 ケルベロスは箱を押し破り、狂暴な息づかいで一同の面前に立ちはだかった。

「恐れるな。人間の意地をみせるのだ!」ラッセルの号砲を合図に、一同は臨戦の構えを作る。

「人間が我々を造った。だが虚仮にした。我々は家畜ではない。人間こそ傲慢で非情な家畜。これからは我々が人間を飼うのだ。もう言いなりにはならない」ケルベロスが首を如意棒のように伸ばして、たじろぐ一同を襲った。

 その運動能力は群を抜いていた。魔獣の攻撃にラッセル軍は手も足も出ない。堪らず、ゴーレムの盾に避難した。

「あんたたちは隠れてな。あたいたちだけで戦う」チカがそう言ってレオを操縦し、敵に正面衝突を仕掛ける。

 レオの巨体が敢然と特攻するや、ケルベロスは術師のチカに飛びつきかかって、引摺り落とした。

 そして、その腕に喰らいついた。

「あー!」チカは悲鳴を発してもんどり打つ。

「チカさん!」フェルナンが反射的に走り出す。

「いけない!」アゾナロか叫ぶ。

 フェルナンはケルベロスの首に乗っかり引き離そうとする。しかし、もう一つの首が敢え無くその肩に噛み付いた。

「うわー、くそっ!」

「フェルナン!何で来るんだ馬鹿!」チカが自棄っぱちで咎める。

「フェルナン!」ケイトが乙女ゆえの非力に地団駄を踏む。

「ごめんチカさん。木偶の坊で」

「本当に馬鹿だよあんた。でもありがと」二人は気恥ずかしそうに見つめ合う。

 ケルベロスの歯が二人の出血をさらに倍加させる。

 だが次の刹那。ケルベロスが宙に舞い上がった。レオだった。右頰の角がぐさりと敵の背中を刺し抜いていた。

「レオ!」チカが生気を回復する。

 レオはそのままケルベロスを壁に思い切り振り投げた。

「やったわ!」ケイトが期せずはしゃいだ。

「いや。あれくらいで倒せるモンスターじゃありません」アゾナロがなおも真剣に観察する。

「この邪魔者が。人に魂を売ったまやかし動物」ケルベロスが起き上がって怒りの念を滾らせる。

 そしてすかさず、口から青緑色の痰のような粘液を吐いた。それはレオの両前足に付着した。 

「ウガー、!」粘液は足の自由を奪うものだった。

「貴様、何を!」チカが罵倒する。

「フッフ。もうコイツは歩けん。ウドの大木だな」ケルベロスが醜悪に嘲笑う。

「チカさん。逃げて」

「あんたこそ逃げるんだよ!」双方抱きかかえ合って迫りくる敵を射殺す。

「今トドメを刺してやる。まずは学者からだ!」フェルナンめがけ、ケルベロスの首がロケットのように延びる。

「フェルナン!」チカが庇うが間に合わない。

 しかしどういうわけか、不意にフェルナンの五体が高く浮遊した。

「あれ、身体が」背中が熱い。リュックの中から光が出ている。 

「光?そうか、魔石!」

「持ち主の危機に登場するとは、何とも便利なものだな」ラッセルが眩しそうに微笑む。

 空中から俯瞰したケルベロスは、地底で蠢く地獄の獄卒獣と形容すべき醜怪さだった。 

 傷口が炙られたように痛む。フェルナンは最大の胆力を絞り出してリュックを外すと、最後のカードを切った。

「よし今しかない。本日二回目、お願い。羅王丸!」唱えるや、烈風を巻き起こして、心強い半身半獣が姿を現した。

「またの召喚か。相手はこのヒドラ犬なんだな」ラオウマルは平然と対峙して言う。 

「そう。頼んだよ」

 ケルベロスは挑発的な比喩をされ、敵意を丸出しにする。

「何者だ。人間に与する者は屑同然の掃き溜め。血祭りにするだけだ」

 そんな戯言を聞くこともなく、ラオウマルは強烈な風の砂塵を打ち放った。

だがケルベロスは僅かばかりのタイムラグで上空に跳び上がって回避すると、続けざまに相手の間合いに入り、三頭の歯でその脳天にがぶりと噛み付いた。

 一瞬で勝負が決着してしまったのか。一同は愕然と事態を眺めた。

「そんな、頭が・・」フェルナンが落胆してのけ反る。

「奴は稀代の風使いのはずだ。大丈夫」ラッセルが遠巻きに見つめる。

「他愛も無い青二才の魔術師め。このまま噛み潰してやる」ケルベロスは確信を込めた嘲笑で、息の根を止めるべく顎に力を加えた。

 しかしその時。風の刃が噴き上がり、勢いよく敵を吹き飛ばした。

「甘かったな。あいにく私を捕食することはできない」ラオウマルが自信たっぷりに言い放つ。

 そして敵が体勢を正す間を与えず、立て続けに烈風を発射させた。

 風圧がジリジリと相手を圧迫する。ケルベロスは身動きが取れない。形勢逆転か。

「いいわよ!頑張って、素敵な王子様!」ケイトが追っかけファンのように声援を贈る。

「いけ、ラオウマル!」フェルナンも勝ちを信じ切って応援する。

 しかし、ケルベロスが徐々にあたかも風への耐性を獲得したかの如く、自然な姿勢で歩き始めたのだった。

「この程度の風で俺を倒すことはできない」

 風がさっきよりも次第に弱まっている。

「いけない。頭部に受けたダメージのせいで風の威力が低下している」アゾナロが心配そうに解説した。

「なるほど。ただの噛み付き野郎じゃなかったみたいだな」ラオウマルが自嘲して苦笑いする。

 するとケルベロスが風を突っ切って突進した。

 ラオウマルの身体ごと数メートル弾んで、ドサリと覆い被さった。

「手こずらせやがったな。今度こそ、始末をつけてやる!」ケルベロスは三つの頭で容赦無くラオウマルを袋たたきにする。固い鉄のようにできた頭が肉感のある胸元を強打する。

「駄目だ。ラオウマルが!」フェルナンが悲痛に叫ぶ。

 その時。一陣の影がケルベロスの背中に乗り移った。

 チカだ。

「くたばりやがれ、化け物!」レオが刺した背中の傷にチカが強引に噛みついた。

「チカさん、危ない!」フェルナンがよろめきながら立ち上がる。

「貴様!死に損ないのメスブタが!なぜそこまでして科学者に加担するのだ!」

「あたいだって人間は嫌いさ。でもこの人たちは仲間だ。殺させはしない」

「人間は弱く愚かだ。これからは知能モンスターが人間を支配する」

「お前たちこそ愚かな、木偶人形じゃないか!」

「なんだと!我こそは人間を凌駕する神だ!」

「違うね。生き物どうし殺し合うのは愚の骨頂だよ。あたいもあんたみたいに、人間を恨んでる。でも全部じゃない。この人たちと出会って、人間にも捨てたもんじゃない奴がいるって分かったんだ。偶々悪徳人間に造られたあんたは、とことん可哀想な奴だ」

 ケルベロスの首がチカに巻き付き、背中から引き剥がすと、そのまま後方へ投げ飛ばした。

「ああー!」フェルナンの足元に着地したチカが絶叫して気を失う。

「チカさん、しっかり!」

 その途端、なぜか風が急速に威力を回復した。

「人間か。いい度胸を見せてもらった。我々風神一族の威信のためにも私は役目を全うする」

 ラオウマルは総力を上げて風を敵に結集させると、これまでにない強靱な烈風を浴びせかけた。

 ケルベロスは枯れ葉のように何度も空中を回転して、メキメキと背骨を捩らせた。

 そしてまるで襤褸雑巾のようにズタズタになった無惨な身体で地に逢着した。



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