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いざ、封印解かれる

「何とも見苦しい所をお見せしました」千寿は顔を赤らめて頭を垂れる。

「いやいや、神主様も性欲旺盛な動物でいらっしゃるからな。仕方がない仕方がない。興奮させてもらいましたぞ」ユンケルが心底嬉しそうに破顔する。

「千寿さん。本当にこのエロ魔法使いの侮言の数々、お許し下さいね」ケイトが刺すようにユンケルを見殺す。

「神に奉仕する立場とは言え、あまり生真面目にならず、時には息抜きも大切ですぞ」ラッセルが頬を緩めて説諭する。

「ありがとうございます。龍聖様があなた方をお遣わし下さったのです。お陰で山は泰平となりました」

 一行は山民の平安を願って、ほどなく社を辞去した。

「そう言えば僕たち、何の旅をしていたんだっけ?」

「あなた、若ボケしたの?犬狗を探すのよ」

「あ、そうだった。でも全然見つからないなあ。この山にはいないようだし。手がかりは皆無。本当に実在するのかな。やっぱり架空の伝説なんじゃないの?」

 ラッセルが打ち消して喝破する。

「伝説ではない。犬狗族は歴史上、確かに実在した。ハロイドが調べ上げたんだ。間違いはない」

 一同が山を下り切る間際に、もう一つ小高い山腹が現れた。

 そこは古木の生い茂る自然が、とても静謐な空気を醸成していた。

 しばらく行くと、行き違いにざまに行商人が一人、闊達な足取りで一行に近づいて来た。

 風呂敷袋を背負い、旅路だと言うのに、不思議にも高下駄を履いている。

「おうっ、これは大所帯で、賑やかですな」行商人は奇策に話し掛ける。

「大変ですね。こんな山で商売ですか?」フェルナンが笑いで応じる。

「はい。何も売れませんがね。道楽みたいなもんですよ。この辺は山深いですから、どうか気をつけて」

 そう言って行商人は手を上げて歩き去ろうとした。

 しかし、ユンケルが何かを嗅ぎ取った。

「待つんだ。お前さん、ただの商人ではあるまい。強い霊気を感じるぞ」

「えっ、あの人が?」フェルナンが驚いて見る。

「はてはて。勘違いではござらんかな」振り返った行商人は、惚けたように苦笑いする。

「いくら商人を装おったところで、私の目は騙せん。正体を見せろ」

 一同は、すらりとした立ち姿の行商人に視線を集めた。

「バレましたか。さすがの慧眼」

 すると行商人は、超人的な飛躍力で高木の枝に飛び上がった。

「きゃっ!あの人の、人間じゃないの?」ケイトが動転する。

「我が里に何の用向きかな?」

「そなた、犬狗の隠れ里をご存知かな?」ラッセルが高所を見上げて問う。

「犬狗は身共のことだが」

「ラッセルさん。見つかりましたね」バクシンが安堵の声色で言う。

「ついに、ついに見つけたー!」

「これでやっと、覇者さんたちを助けられるわ」

 行商人が地表に飛び降りる。

「怪しい輩ではなさそうだな。我々を探してここまで来たのか?」

「そうだ。神魂玉を創ったのはお主たちだな。さっそく封印を解いてもらいたいのだ」ラッセルが帽子を脱いで乞い願う。

 犬狗族の男は高下駄を鳴らしながら山道に分け入って行く。

 一行はそれを追いかけて後に続く。

 やがて道は絶えて獣道となった。

「まだですか?随分、辺鄙な場所に住んでいるんですね」

「余程用心深いか、人間嫌いなのかしら」

 男が足を止め、振り返る。

「正直、両方ですかな。私共の土地は聖地ですからね。こうして案内するのも、滅多にないことなんですわ」

「それはありがたい。我々を信じてもらえた訳だな」ラッセルが好意的に言う。

「要するに、アンタたちは世捨て人。そもそも世界平和へ貢献する気はないんだろうな」ユンケルが軽蔑の語調で言い捨てる。

「魔法使いの御人は率直ですな。私共犬狗族は、誰に組する事も肩入れする事もない。ただ自然事象と運命を共にするまで。おっしゃる通り、世界平和も世間の戯れ言。興味はござらん」

 そう言明すると、男はくるりと回転し、再び歩き出した。

 幾時かが過ぎ、視界には濃い霧が立ち込めていた。

「旦那方、着いたよ」男は早足で霧の奥に入って行く。

 霧の僅かな切れ間に、集落の概形が見えた。

 一行が男の後を追って行くと、霧の中から人影が立ち現れた。

 高い鼻に獣毛の生えた顔。それはまさに字面通りの犬狗であった。

「おい、皆の衆。こちらは正義の使者御一行だ」男が声高に紹介した。いつの間にかその顔は、人面から獣面になっている。

「それがおじさんたちの素顔なんだ。やっぱり犬狗というだけあって、個性的だね」フェルナンが愛想笑いをして言う。

 集落の中程まで入ると、霧は晴れて一望が開けて見えた。

 岩木で造られたお洒落な家屋が多数あるが、その幾つかはなぜか木の上にある。

「わー、素敵。ツリーハウスじゃない」ケイトが感嘆する。

「幸せは住居にありというのが、身共たちの格言でしてね。暮らしに一工夫するのが楽しみなんですわ」男が自慢げに説明する。

 そして驚くべきは彼らの跳躍力だった。

 大地から木の家まで、登るのではなく、一気にジャンプしてしまうのだ。

「犬狗は人間じゃありませんからね。言ってみれば、自然妖怪とでも言いましょうか」バクシンがその挙動を観ながら喩える。

「旦那方の頼み。長老に会って聞くといいですわ」

 一行はその長老宅に案内された。

「確かに。これは神魂玉」長老は繁々と透明玉を眺める。

 内部にはミニチュアと化した三大覇者が封じ込められている。

「この神獣を封印した使い手は、本当にラングルを支配しようとしておるのか?」

「いかにも。気まぐれな気分屋で、とても説得には応じてくれませんのでな。この神獣の神力で何とか奴めを母星に強制送還してやらねばならないのです」ラッセルがキッパリと断じる。

「この神玉は天界の神気で作られた聖物。存命の一族でこの封力を解けるものは」長老は目を瞑り黙考する。

「誰もおらんとは言わせんぞ。此処まで辿り着くのにどれだけの難渋をしたことか。手ぶらで帰るわけにはいかんから、そのつもりでな」ユンケルが脅迫まがいの圧力をかけて言い迫る。

「一人だけ可能性のある者はおるが。神代より伝わる奇術を施せるのは奴しかおらぬ」

 長老の言を受けて、一同はその者の家に赴いた。

「貴方がサキョウさんですね。この神魂玉の封印を解除して欲しいんです。お願いします」フェルナンが丁寧に懇願した。

 サキョウは壁を向いて横臥したまま気の無い返事を寄越す。

「知らんな、そんなもん。おいらにはできんよ」

「お前さんならできると、郷長が言質をくれたんだ。しらばっくれると、ただじゃ済まんぞ」ユンケルが凄みを利かせて通告する。

「いくら長老の依頼でも、できぬものはできんのよ。大人しく帰んな」

「世界の命運がかかっているんだ。何が何でもやってもらうぞ」バクシンも高圧的な態度で命令する。

「是非も無い。ならば魔法で貴様を野狐にでも変えてやろう」ユンケルが例の杖を差し向け威圧する。

「犬狗は脅しには屈しない。魔法など怖くもないな」

「ねえ、お願い。私は清く正しいレディよ。もし封印を解いてくれたら、デートしてあげてもいいわ」ケイトが色気たっぷりに甘く囁やく。

「お生憎、その手にも乗らんよ。犬狗は異種に対して一切の色情を抱かん。ほらほら、帰った帰った」サキョウは一顧だにせず、寝たまま手を振る。

「よし。なら、私から国王に頼んで莫大な報奨金を払うように便宜を図ろう。世界の危機を救うためだ。例え汎空国の国庫が空になろうとも、投資は厭わないはず」

「犬狗を見くびるな。おいらたちは欲を捨てた行者なんだぜ。金など紙屑同然だな。そんなもんいらんよ」

「何!な、なら宮廷武官に任用してやろう。いや、参謀でもいいぞ」

「フッ。傍ら痛いな。地位名誉など、どこ吹く風。詰まらん詰まらん」サキョウは身体を丸めて、さらに眠りの体勢に入る。

「もうー。何て強情な犬天狗なんだ。教授、せっかく里を発見したのにこんな風じゃ。どうします?」フェルナンが降参の溜息を漏らす。

「サキョウ殿。これはラングルの民全ての人生を左右する問題でな。お主らは天の遣い。これまでも人間の窮地を救い、ラングルを永続せしめた偉大なる神族だ。例えお主の心が背いても、その魂は知っておるぞ。お主は人間を助けたい。これは魂の本性であり叫びでもあろう。さあ、今こそラングルに光をもたらす時ではないかな?」

 サキョウがクルッと此方に向き直った。

 初めて一同にその顔を晒した。鼻高の獣面は他者と共通しており、目立つ特徴としては口が裂けるほどに長い所だ。

「老師。奇異なことを言うもんだな。使命、歴史、本能。おいらが好きな概念だよ。ちくしょう。そのツボをイジられちまったなあ」サキョウがピョンと床から飛び出る。

「貸してみな」フェルナンから神魂玉を掠め取る。

「どうだ。できそうかな?」ラッセルが側に寄る。

「面倒くさいけど。やってみるしかないねえ」

 そう言って、サキョウは燭台を運んで来て、そこに玉を置いた。

「この玉は強大な神の聖気のバリアで守られている。コイツを破るには邪気しかない」

「邪気?何か不穏な言葉ですね」

「要するに聖に対して、邪なのかしら?」

 サキョウが深く頷く。

「そうさ。陽には陰。善には悪。封印を破るには壮大な邪念が必要になるねえ」

 サキョウは懐から何かを出し息を吐くと、一同を睨め回した。

「とんでもない事が起こるかも知れんが、皆さん方、覚悟はいいかい?」

「今更後には引けぬわ。やって見ろ。封印が解ければこっちのもの。三体の神獣は超オメガクラスだ。邪神の一体二体が現れようとも、倒すのは容易い」ユンケルが決然たる目で断言する。

「致し方あるまい。危険なのは承知した。ラングルのためだ。やってくれ給え」ラッセルが決意の籠った表情で応諾する。

「仕方ねえな。やってみるか」サキョウが今一度息を吐く。

 先程取り出したのは、虫眼鏡のような小道具だった。

「こいつは千眼鏡っていう、犬狗の始祖伝来アイテムだ。この世の魔という魔を、全部呼び集めることができる。しかし、どんな魔者がやって来るかはおいらにも分からねえ」

 そう忠告すると、サキョウは千眼鏡を神魂玉に当てた。

 そして、何やら古代語らしき言葉を熱心に読誦し始めた。

 すると、千眼鏡から眩しいまでの光線が発生し、神魂玉に注がれた。

 サキョウは玉を取ると、駆け足で家屋から外に飛び出す。

 一同も急いで屋外へ駆け出る。

 サキョウは地面に玉を置き、千眼鏡を向け続けた。

 放たれる光線は玉の表面反射によって、空高く昇る黒い蒸気へと変換されていくのだった。

 しばらくすると、蒸気は大きく膨れ上がり、もくもくとした不気味な暗雲となって、集落の空一帯を厚く覆っていった。

「客人、現れるぞ。得体の知れぬ強大な悪の化身だ」サキョウがようやく翳していた千眼鏡を袂に仕舞う。

 墨滴のような空に猛風が発生し、凄まじい圧迫感を持つ不穏な何かの凶悪な気配が生じた。

「何と言う猛烈な霊気。大魔法使いとなってからこの方、ここまで強い邪気を感じたのは初めてだな」ユンケルが顔に汗をかいて眉根を狭める。

「何が、何が近づいて来ると言うんだ?」バクシンも表情の無い蒼い顔で空を凝視する。

 すると、紫紺の光波が天空に集まり、何かの巨影を形作った。

 光の点滅に照らされ出現したその正体は、まさにこの世の邪と悪を凝集したかのような、おぞましい凶神だった。

 あらゆる汚穢な夾雑物で構成されているかの如き、醜く焼き爛れた肢体。 

 目視者の眼を潰してしまわんばかりに全体から発せられる、邪悪な紫紺の発光体。

 それは他でもない、地上最強の魔の権化である。

「さあてと、お望み通り呼んでやったぞ。後は野となれ山となれだな」サキョウが居直った調子で失笑する。

「サキョウさん!で、どうやって封印を解くんですか!」フェルナンが身震いしながら詰め寄る。

「さあな。そこまでは知らん。解くには邪気が必要だってことしかよ」

「そんな無責任な!」

「何なら、あの魔物に聞いてみな」

 圧倒的な暴威の前に、一同は足を根にして立ち尽くす。

「あんた、何者なの!悪の大魔王?」ケイトが肝っ玉女子力を発揮して問い掛けた。

「我が名はイビルゴルゴン。生命誕生以来、この世界の全ての悪を蒐集してきた。私を目覚めさせたのは貴様らか?」

「そうだ。お主の邪悪な力が入り用だ」ラッセルが勇ましくゴルゴンを正視して返答する。

「そうか。私の力でこの世界を破滅と絶望に陥れたいのだな?」

「そうではない。この神魂玉に閉じ込められた神獣たちを解放したいのだ」

「神獣?奴らは我が仇。生かしてはおけん」

 そこへフェルナンが恐る恐る玉を手に取り、震え声で煽てる。

「そうなんです。そうなんですよね。ゴルゴンさんの天敵なんだったら、倒さなくちゃいけません。だから、この玉のバリアを何とかして下さいよ」

 イビルゴルゴンは獰悪な呼吸音を響かせて、神魂玉を睥睨する。

「長らく戦いに飢えていた。聖なる魔獣は滅ぼさねばならん」そう言うと、口から霧状の紫紺のブレスミストを吐き出した。

「うわー!」フェルナンが神魂玉を投げ捨てて逃げる。

 霧の吐息は大地に舞い落ち、瞬く間に神魂玉を取り包んだ。

 そしてその時。施されたバリアが弾けるように硝煙が上がり、玉がバリンっと破裂した。

 すると、その中から光の球が三つ、上空へと上昇して行った。

 光球はどんどん拡大し、やがて三つの神体を浮かび上がらせた。

 ルシード、ゼロン、コゲスの三大覇者だ。


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